37. ルビング老師
「どうしたんですか、メチル?」
俺とちみっこのやり取りを聞いて、窓口の中、奥からもう一人現れた。窓口のちみっことは違い、お姉さんって感じの大人っぽい美人だ。
「あ、姐さん。ヤバいっす、なんか因縁かまされてるっす、警備隊案件っす」
「はぁ? そっちが話聞かないだけだろ!」
何言ってるんだ、このちみっこは!
「メチル、姐さんじゃなくて、エクシアって呼んでって、言ってるわよね?」
「うっす、姐さん」
「はぁ……うちの者がすみません、私は神殿事務所の管理を任されております、エクシアと申します。で、どうされたのですか?」
良かった、まともそうな人だ。やっと話ができる。
「はい、俺はコウと言います。実は、レイシィからエス・エリテで修行してこいと言われまして……」
「はい? すみません、今、何と?」
「? あの、レイシィからここで修行を……」
「レイシィ……とは、ひょっとして、ドクトル・レイシィ様のことですか?」
「はい、そうです。レイシィからここで……あの?」
エクシアと名乗った修道女は下を向き、何やらぶつぶつ呟いている。
「あの~、エクシアさん?」
「……あ、これは失礼いたしました。ここでは何ですので、事務所の方にどうぞ。ここから右手奥の方に、事務所の入り口がありますので、そちらの方へ……」
「はい、分かりました。では、そっちに行きますね」
窓口を離れ、言われた通り右手に進む。お、このドアか?
ドアを開けて中に入ると、すでにエクシアが待っていた。
「どうぞこちらへ」
案内されたのは応接室だった……応接室、だよな?
壁一面に棚があり、棚には色んな物が陳列されている。値札付きで……本だけでかなりの数だ。これは、経典とか聖書的な物なんだろうか? 銀や銅のカップとか、短剣? なんだろ、なんか買わされるのか?
「どうぞお掛けください」
エクシアに促されソファーに座る。
「コウさん、と仰いましたね。レイシィ様とはどのようなご関係で?」
「はい、弟子です。彼女に魔法を教えてもらいました」
「弟子? 弟子ですって? そんな馬鹿な……レイシィ様は、弟子はおとりにならないと仰ってらしたのに……私がいくら懇願しても決してお認めにならなかったわ、それをこんな貧相な者に……いえ、それより弟子ということは、レイシィ様が直接手取り足取り、くんずほぐれつ色々な……あぁ、何てことを……」
エクシアは下を向き、何やらぶつぶつ呟いている。
「あの、どうしました?」
「あ、いえ、失礼いたしました。しかし、おかしいですわね、レイシィ様はお弟子をおとりにならないと、公言してらしたのに」
「ああ、そうみたいですね。俺が弟子入りする時も、初めて弟子をとるって言ってました」
「初めて? 初めてですって? レイシィ様の初めては私のはずでしたのに……それより本当に弟子入りをお認めになったのですか? なぜですか? なぜ私ではなくこんな貧相な者を……毎日毎日レイシィ様と同じ空間で過ごし、同じ空気を吸い、手取り足取り、くんずほぐれつ色々な……はっ……どちらでしょうか? もし、あちらなら、これはもう……」
エクシアはまた下を向き、何やらぶつぶつ呟いている。
「あの……」
「あ、いえ、失礼いたしました。それでコウさん、どちらでしょうか?」
「はい?」
「いえ、一口にお弟子と言っても、色々ありますでしょう? 例えば……通いなのか、住み込みなのか……」
ん? これは何を聞かれてるんだ? なんか、良く分からんが……
「え~と、住み込みですね。レイシィの家に部屋を借りていたんで」
「……まぁ、そうでしたか……それはそれは……」
そう言いながら、エクシアは短剣を取り出し鞘から抜いた。いや、その剣どっから出した? いやいや、そもそも何で剣を抜く?
そして俺の首筋に剣を当て、一言、こう言った。
「ギルティ……」
「な~にがギルティじゃい!」
「きゃん!」
スパーン! と何者かがエクシアの頭を後ろから叩いた。
「まったく、客人が来たと言うから覗いてみれば……」
「ですけど、老師! この方、とんでもないことを……」
「とんでもないのはお主の頭ん中じゃい! 何で客人の首かっ切るんじゃ! もうさっさと仕事に戻らんかい!」
老師と呼ばれた老人に一喝され、エクシアはぶつぶつ言いながら部屋を出ていく。
「いやいや、うちの者がすまんかった」
「はぁ……」
「で、ですなぁ……あと十日ほど待ってもらえたら助かるんじゃが……」
「はい?」
「いや、北の方から運ばれてくる予定の上納金……いや、布施がのう、土砂崩れが起きたとかで、まだ届いておらんくてなぁ……なので、もう少し待ってはもらえんかと……」
「あの、何のことですか?」
「いや、だから返済をですなぁ……」
「あの……」
「んん~?」
しばしの沈黙のあと、老人が恐る恐る話し出す。
「あ~、アルボ商会の使いのお方では……?」
「アルボ商会って……ミラネリッテのですか? 違いますけど……」
「んじゃい! アルボの者かと思ったら違うんかい! エクシアめが剣抜いとったから、てっきり支払いの催促かと思ったわい……ん? ほしたら、お主はなんじゃ?」
「はい、コウと言います。レイシィからここで修行してこいと言われまして……」
「レイシィ~? ……聞いとらんぞ? ……いんや、そう言えば大分前にあやつから手紙来とったか……?」
て言うか、この人誰なんだ? 老師って呼ばれてたから、偉い感じの人なのは分かるけど……
「あの、あなたは……?」
「んん? わしはルビング・パステンじゃ。ここの責任者しとる。」
「ここの……神殿のですか?」
「いんや、エス・エリテじゃ」
! エス・エリテの責任者って……エリテマ真教のトップ!?
「お~い! 誰ぞ、おらんか~!」
ルビングは部屋のドアを開け人を呼んだ。
「老師、何か?」
うぉっ、何この修道士、デカっ!
「おう、デンバ。大分前にレイシィから手紙来とったよな、あれどこじゃ?」
「老師が、持ってる」
「うん? そうじゃったかいな? ほしたらわしの部屋か……デンバ、すまんがわしの部屋探して手紙持って来てくれぃ」
「入って、いいのか?」
「構わん。見られちゃまずいもんは持っとらん。多分……」
「分かった、探す」
「おう、頼むわいな」
ルビングは部屋のドアを閉める。
「しっかし、相変わらず無口なやつじゃな……」
そう言いながら、壁に陳列してあるワインと銀のカップを二つテーブルに置き、ワインを開ける。
「ちっと時間掛かりそうだしのぅ、これでもやりながら待とうぞ」
「いいんですか? それ、売り物じゃ……」
「こんなとこに置いとったって、だ~れも買わんわい。ワインなんぞ、飲んでこその価値じゃろい?」
ルビングはカップにワインを注ぐ。
「ほれ」
「では、いただきます……」
お、うまいな……
「どうじゃい、中々のもんじゃろ?」
「いやいや、うまいですよ。ちょっと酸味が強いけど、全然嫌じゃない」
「ほほぅ、お主いけるクチかい。これはここで作っとるんじゃ。観光客向けにのぅ」
そう言ってルビングもワインを飲む。
「ここで、ですか」
「そうじゃ、酒だけじゃなく、色んな土産物もな。宗教じゃ何じゃ言うたって、金がなきゃ生きて行けんからのぅ。この神殿から後ろっ側がわしらの居住区、一般人立ち入り禁止じゃ。そこで色んな物作っとる」
なるほど、随分俗っぽいなと思ってたが、トップの考え方がこんな感じなのか。いや、綺麗事ばっかりの宗教よりよっぽど信用できるな。
「して、お主はレイシィのなんじゃい?」
「はい、弟子です」
「弟子ぃ~? あやつ弟子とったんか。ほぉ~ん、ま、あやつも成長しとるってことかのぉ」
トントン、とノックの後、さっきのデカい修道士がやって来た。
「老師、あった」
「おう、ご苦労さん。どれどれ~?」
ルビングは手紙を受け取り中を開く。
「おうおう、書いとるわ。弟子が行くから面倒見てくれ、か。しかし、もちっと何かあるじゃろに……これしか書いとらん」
「あの、お師匠……レイシィは、ここにいたんですか?」
「んん~? なんじゃ、レイシィに聞いとらんのかい? あやつはわしが拾って、ここで育ったんじゃ。魔導学園入るまでな」
ここで……知らなかった。だから治癒魔法使えるのか。
「しっかし、あの跳ねっ返りがお師匠とはのぅ……」
ルビングは手紙をテーブルに置き、俺を見る。
「レイシィの弟子っちゅうことは魔導師じゃな、ちゅうことは、護身術学びたい訳じゃろ?」
「はい、それもそうなんですが、治癒魔法も身に付けたいと思っています」
俺のその言葉を聞くと、ルビングは急に渋い表情になる。
「治癒魔法のぅ……多分、無理だぞい?」
「は? え、何でですか?」
「う~ん、じゃあ、ちっとそのまま……」
そう言うとルビングは再び俺を見る……いや、何だこれ……俺を、見てるのか? 違う、何を見られてるんだ?
ルビングは間違いなく俺を見ている。が、見ていない。焦点が俺に合っていないというか、俺を通り越して俺の後ろを見ているというか、俺の中を見透かしているというか、何だ、この気持ち悪さ……
「うぉ……お主、すんごい魔力持っとるのぅ……」
「今……魔力を見てたんですか?」
「おう、そうじゃ。しかし、レイシィが弟子にとったのも分かるわい。こんだけの魔力持っとったら、自分で色々いじりたくなるのぅ。でもやっぱり、治癒魔法は無理っぽいぞい」
「……どうしてですか?」
「お主の魔力はな、すっかり魔導師向きの魔力になっとるんだわ」
どゆこと?




