35. ゼルの野望
あの騒動から十日、俺はここミラネリッテにとどまり、ロイ商会で荷物整理などを手伝っている。
本当はすぐにでも、目的地であるイゼロン山へ行きたいところなのだが、ロイ商会の安全が本当に確保されているのか、確認しないことには旅立てない。アルボ商会とジョーカー、本当に手を引いたのか? 今のところ何事もなく平穏なのだが……と思っていたら、
「よう、兄さん! 元気そうだな」
……ゼルだ……なに、こいつ? あんなことあったのに、普通に来やがった……
「……あんたどういう神経してんだ? あんなことあった後で、よく普通に現れたな……」
「はっはっは、切り替えと立ち直りは早い方だ」
「……何の用?」
「おいおい、つれないなぁ、兄さん! 命のやり取りした仲じゃねぇか! まぁ、こっちが一方的に殺されかけたんだがな」
急に騒がしくなったのが気になり、ユージスが奥から顔を出した。そして状況を確認し「はぁ~」とため息をつく。
「あの、中入って下さい。倉庫前で物騒な話されるとあれなんで……」
周りを見ると、向かいや隣の倉庫の人達が、こちらを見ながら何かひそひそ話をしている。
「お、会頭さん、こないだは荒らして済まなかったなぁ! まぁ、こっちが一方的に荒らされたようなもんだけどな」
「ほら、いいから中入れっての!」
ゼルを引っ張って事務所の応接室に入る。こいつ、何しに来たんだ?
イスに座ると、リアンがお茶を用意してくれた。
コトッ と俺の前に、
コトッ とユージスの前に、
ダンッ とゼルの前に……
「はっはっは、嫌われてんなぁ」
やるな、リアンさん……
びちゃびちゃのカップとテーブルを気にする様子もなく、ゼルはクイッとお茶を飲む。
「う~ん、足りないな」
そりゃ、いっぱいこぼれたからな。
「姉さん、すまんがおかわりくれ~」
こいつも相当だな……
渋々、リアンがお茶を入れに来た。今度は普通に。何度も呼ばれたら面倒くさいだろうからな。
「で、今日はどのようなご用件でしょう?」
お茶をすすっているゼルにユージスが聞く。
「ああ、会頭さん、あんたに報告だ。アルボ商会と話がついた。こないだサインした誓約書通り、アルボ商会は今後一切ロイ商会には手を出さない。無論、ジョーカーもな。改めて、詫びを言う。騒がせて済まなかった」
「そうですか、分かりました。わざわざ、ありがとうございます」
「ああ。苦労したぜぇ、ジョーカーじゃなきゃできない交渉だったなぁ……」
ゼルはニィッと笑いながら得意気に話す……なんかイラッとする。
「どうだかな、弱味でも握ってたんじゃないか?」
「はっはっは……そんな訳ないじゃない……」
図星か……
「さて、それじゃあ……」
やっと帰るのか?
「次は兄さん、あんただ」
違った。ていうか、俺?
「俺にもなんか用が?」
そう聞くと、ゼルは珍しく(?)真剣な表情になる。
「兄さん、ジョーカーに入らねぇか?」
はぁ? 何言ってるんだ、こいつ?
「……なんでそんな話になるんだ?」
「そりゃあ、兄さんが強ぇからだよ。いや、コウ・サエグサ?」
!? なんでこいつが……?
「はっはっは、そこで黙っちまったら、認めるようなもんだぜぇ?
コウ・サエグサ。一年ほど前、東側のエルバーナ地方で起きたオーク襲撃事件の際、オルスニアのラスカって街をオークから救った、ラスカの英雄と呼ばれている男。雷を操る魔導師であり、ドクトル・レイシィの弟子、だろ?」
「なっ……本当ですか! コウさん!」
驚いたユージスは興奮気味に聞いてきた。
「いや~、まぁ、そう……なんですかねぇ……」
「彼女は弟子を取らないって、有名だったんですよ! スゴい……あのドクトル・レイシィの……」
ユージスの興奮は収まりそうにない。しかし……
「……どうやって……調べた?」
ゼルはニヤニヤしながら答えた。
「最近うちは東側に進出してな、その前に諜報部の連中が東側の情勢を詳しく調べてたんだよ。その報告書を確認してびっくりだ、会頭さんがコウって呼んでた兄さんは、このコウ・サエグサなんじゃねぇかってな。コウ、なんて名前のヤツ、そうそういるもんでもねぇし……
でもなぁ、だとしたら、あの強さも納得だ。大体雷ってなんだよ、あんなもん反則じゃねぇか」
そんなの知らないし……
「だからって、なんで俺がジョーカーに入らなきゃならないんだよ」
「……ちっと話変えようか。会頭さん、今のジョーカー……どう思う?」
ユージスは下を向き、しばし考える。そして、意を決したようにゼルを見る。
「正直に言っても?」
「ああ」
「怒らないで下さいよ」
「はっはっは、どんなヒドイこと言われんだ? ドキドキするねぇ。何でも言ってくれ」
「……今のジョーカーは、クソです」
おぉぅ、辛辣……
「はっはっは、そうか、クソかぁ。いや、正しい評価だと思うぜぇ。確かに、クソだわなぁ、自分でもそう思うわ……」
……なんだ、こいつ……
「俺も、今のジョーカーが正しい姿だとは思っちゃいない。こんなジョーカーを……望んじゃいない。全ては……エクスウェルだ」
「エクスウェルって、団長だっけ?」
ユージスさんが言っていたな、エクスウェルが団長になってから、ジョーカーがおかしくなったって。
「ああ。俺がジョーカーに入ったのは五年前だ。それ以前は、力と経験を得るためハンディルに登録してな、様々な依頼を受ける毎日だった。全ては十年くらい前の、黄金期って言われていた頃のジョーカー、その一員になるためだ。ところが、俺がジョーカーに入った時には、すでにエクスウェルが団長に就いていた。その頃にはもう、黄金期の頃のジョーカーなんて影も形もなくなっていた」
ゼルはグッとお茶を飲み干し、話を続ける。
「エクスウェルってのは金儲けが上手くてな、傭兵以外の依頼も積極的に受けるようになり、台所事情は随分改善されたんだ。でも同時に、チンピラやマフィアがやるような仕事も引き受けはじめた。
本業とも言える戦場ではどうなのかって言うと、金さえ積まれれゃどんなに理不尽で不道徳な戦も引き受ける。まぁ、戦争に道徳、ってものおかしな話だが、それでもジョーカーなりの矜持ってもんがあったはずだがなぁ……
で、気付けば会頭さんの言う、クソみたいなジョーカーになっちまってた、って訳だ」
「エクスウェルの判断に、異を唱える人はいなかったのですか? 私には、それが不思議でなりません。黄金期を支えたメンバーも、当然いましたよね? 一番隊のゼントスとか……」
「おお? なんだい、会頭さん、詳しいねぇ。ひょっとして、ジョーカーファンか?」
「昔のジョーカーは好きでしたよ……」
「そうか、そりゃあなんか、申し訳ないなぁ……
会頭さんの言う通り、エクスウェルに反発したヤツは大勢いた。ゼン爺……ゼントスとかな。そういう連中がどうなったか知ってるかい? 地方支部に飛ばされたり、追放されたヤツもいた。中には突然姿が見えなくなって、暗殺されたんじゃねぇかって……ま、そんな話もあったりな」
ゼルは腕を組み下を向く。
「反エクスウェルの連中が消えていく中、俺はここに残った。ヤツに尻尾を振る振りをしてな。マスターにまで上った。いざという時に、力がなけりゃ何もできないからな」
ゼルはスッと前を向いた。
「俺はな、ジョーカーを本来の姿に戻したい。尊敬と畏怖の念を抱かれ、誰からも愛され、恐れられたジョーカーに戻したい。このクソみたいなジョーカーをぶち壊し、黄金期の頃のジョーカーに戻したい。エクスウェルを……倒してな……」
このゼルという男、ふざけた言動で適当なヤツだと思っていたが、ひょっとしたらそれは、本心が表に漏れ出ないようにするための、演技だったのかも知れないな……
「だから兄さん、いや、コウ! 力を……貸してくれねぇか?」
……いや、でも……
「こっちにだって都合ってものがある。この件が落ち着いたら、イゼロン山に行かなきゃならないんだよ」
「イゼロン……てことは、エス・エリテか?」
「ああ。そこに行って修行してこいってお師匠……ドクトルに言われてるんだよ」
「エス・エリテ……はは、やっぱりどっか、繋がってるな」
ゼルはボソボソと呟いた。
「何?」
「いや、分かった。コウ、あんたはエス・エリテで修行してくれ。俺はその間に、エクスウェルを引きずり下ろすための工作を進める。準備が整ったら、改めてあんたに依頼しに行く」
「依頼?」
「ああ。ジョーカーに入れとは言わない。エクスウェルを倒すため、あんたに協力を依頼しに行く。報酬も用意する。働きに見合った、相応の報酬だ。仕事として、引き受けてほしい……」
う~ん、気持ちは分かるけどなぁ……
「それにな、ジョーカーとあんたは、すでに繋がってるんだよ」
「は? どういうことだよ」
「俺が目指してるジョーカーは、ドクトル・レイシィがいた頃のジョーカーだ。そしてコウ、あんたはドクトル・レイシィの弟子だ。な、俺達はドクトル・レイシィで繋がってんだよ!」
ゼルはニッと笑う。
「なんだそれ、無理矢理過ぎるだろ……」
「頼む、力を貸してくれ!」
……はぁ~、もう!
「俺は自分の都合を優先させるし、約束もできない。それでもいいなら……」
「構わねぇ、恩に着る!」
「約束はしないぞ!」
「準備ができたら、エス・エリテに迎えに行く」
なんか面倒くさいことになったなぁ……




