海の上を駆けるみたい
少し短いです。
「さてー、どうしたものかなぁ。」
今、ノアは悩みを抱えている。それは、
「この島から出れねぇ。」
女神様のミスかは分からないが、転生先が木1本以外何も無い、小さな孤島の上だったのだ。全方角見渡しても、見えるのは透き通った綺麗な青い海だけ。水平線にも島ひとつ見えない。
(もう一度契約魔法使うしか無いか…)
契約魔法以外に他に手はなく、もう一度詠唱を始めようとした時、
『主様、この島から出たいのですか?でしたら私にお乗り下さい。』
側でノアを見つめていたハクから声が掛かる。
「いやでも、お前空…」
飛べないだろ。と言おうとしたが、言葉を遮る様にハクが飛び上がり、海に着水…と思いきや、ハクは海面の少し上で、静止した。
風圧で、海面は同心円状に静かに波打つ。音もなく、空中に足を付けてこちらを向いたハクは、ルビーの様に輝く瞳でこちらを見てこう告げた。
『私、水の上ぐらいなら歩けますよ?』
「…早く言ってよぉ………」
ノアから、ため息と同時にそんな声が絞り出された。
ハクは、思った以上に高スペックな狐だった。
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耳に聞こえるのは、風を切る音のみ。海面の少し上を空中を蹴って走っているので、足音は聞こえない。
「とにかく真っ直ぐ走ってくれ。」
ノアがハクにそう言って、孤島から離れて早1時間。
まだまだ島ひとつ見つけていない。
「ないな。」
『何もありませんね。』
そんな会話が堂々巡りしている。
しかし、何度目か分からない会話を経てから数分後。
『一度止まります。』
ハクがそう言って、急ブレーキをかけた。急に止まった衝撃で起こった風圧で、水飛沫が上がる。
「どうした?」
不思議に思ったノアが、ハクに問い掛けた直後。
ザッバァーーンッッ!!
数十メートル離れた水中から、大きな音を立て、巨大な何かが飛び出した。高く上がった何かは海の生物の様で、太陽の光を浴びて、鱗がキラキラと輝いている。
「でっか…なんだあれ…」
『あれは海蛇、海に住む魔物です。』
ノアの感嘆して出た呟きに、ハクが説明する。
しかし悠長な事は言ってられない。飛び上がった海蛇が体をしならせ、こちらに飛んでくる。
「ハク!!」
突然のことに叫ぶノア。反対に、ハクは冷静に言う。
『ご安心を。』
海蛇との距離は残り僅か。だが、ハクは微動だにせずに待つ。
そして一瞬。
パンッ!!
と、何かが弾けた音がした。こちらに飛んできていた海蛇はと言うと、一瞬で、空中に吹き飛ばされている。見ると、体中に大きな穴が空いている。それも、九つ。
「おいおい、ぜんっぜん見えなかったぞ。」
瞬きはしていない。目も逸らさずにじっと海蛇を見ていた。なのに、大きな音が聞こえ、見えたのは空中に吹き飛ばされ、体中に大きな穴の空いた姿のみ。
「ありがとう、助かった。」
『いえ、当然の事です。下級生物如きに、主様のお手を煩わせるなんてとんでもない。』
本当に今の海蛇が下級生物だったのかは知らないが、もう一度ハクに感謝を告げ、頭を撫でる。クゥン、と鳴いたハクは可愛かった。
『主様、起きてください。主様。』
「ん…あぁ、おはようって時間でもないが。どうした?」
太陽が昇りきり、沈むのを開始した、正午過ぎ。
海蛇と出会ってからもずっと、直進を続けた1人と1匹。途中出て来た魔物も、目視した瞬間ハクが穴を開けて吹き飛ばす、というのをずっと繰り返していた。
あまりに暇だったノアは、ハクの尻尾を枕に昼寝をしていた。
『前方に島です。しかもかなり大きな…恐らく大陸でしょう。』
「ついにか!」
体の上にかかっていたハクの尻尾をどかして、身を乗り出す。海の先にうっすらと見える島の影。
「はぁ、やっとかぁー。ハク、お疲れ様。」
長い時間自分を乗せて走っていた、ハクの頭を撫でて労う。
『いえ、当然の事ですから。』
ハクは少し嬉しそうに目を細め、言う。
数分後、海岸に到着したノアとハク。またハクの頭を撫でて、ノアは、ハクの上か砂浜に降り立ち軽く伸びをする。
「んーーふぁ…良し。」
ノアは辺りを見渡す。少し離れた所でハクが毛繕いを行っている。その間に周りを少し散策する。
分かったことは、海岸の周り一帯が1メートル程の高さの岩に囲まれていて、奥に森が続いていることだけだった。
「ハクーそろそろ行こうか。」
『はい、主様。』
ノアが声をかけると、すぐさまハクは側に駆け寄ってくる。
「さて、行きますか。」
本格的な異世界の旅は、まだこれから。