死んだ顔
男がいた。男はこたつに入って、ノートパソコンを眺めていた。ときどきキーボードを叩く。パソコンにつないだマウスをくるくると動かす。大してやることはない。
パソコンの画面に、見知らぬ男の顔が現れた。男は驚きもしない。ネットサーフィンをしていると、こういうイタズラには出会うものだ。
パソコンの画面の男は言った。
「あなた死んだような顔をしていますね」
言ったといっても、実際に音が出たわけではない。画面にそう表示されたのだ。
男はありがたいと思う。音が出るのは何かと困るのだ。男は実家暮らしだった。
男はキーボードを打って、画面の男に返事をする。
「死んでいるのかもね(笑)」
(笑)と書いてはいるが、男の表情はぴくりとも動いていない。
画面の男が言う。
「どうせ死んでいるのなら、その体わたしに譲ってはくれませんか?」
「いいですよ。そんなことができるのなら大歓迎です」
男の口元が僅かにほころぶ。
その瞬間、ノートパソコンの画面は真っ暗になる。
男はノートパソコンを二つに折り畳み、こたつから出る。上着を羽織り靴を履き、外へ出る。
男の家族は思う。あいつが自分から外に出るなんて、珍しいこともあるものだと。
男は久しぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込み、駆け出していく。
女がいた。女はこたつに入って、ノートパソコンを眺めていた。ときどきキーボードを叩く。パソコンにつないだマウスをくるくると動かす。大してやることはない。
パソコンの画面に、見知らぬ男の顔が現れた。女は驚く。ネットサーフィンをしていて、こんなイタズラに出会ったのは初めてなのだ。
パソコンの画面の男は言った。
「あなた死んだような顔をしていますね」