「観光パンフレット」<エンドリア物語外伝41>
客が来ない。
オレがやっている古魔法道具店桃海亭は、店内で閑古鳥が鳴いているのはいつものことだが、客が1人も来ない日は珍しい。
それなのに昨日も一昨日も、1人の客も来ない。
今日も朝から1人の客も来ていない。昼飯を食べ終わったオレは、カウンターで商品の燭台を磨いていた。
食事の片付けを終えたシュデルが店に入ってきた。
「どうですか?」
オレは小さく首を横に振った。
桃海亭はガガという魔術師が開いた店だ。オレが引き継ぐ前から客はそれほど多くはなかった。いまでも、それほど多くないが、飢えない程度の売り上げはあった。
店の入口の扉が開いた。
「いらっしゃい………なんだ、ムーか」
右手にキャンディ、左手に小冊子を持っている。
「こんなものが落ちていたしゅ」
カウンターに小冊子を乗せた。
表紙に【ニダウ観光パンフレット・桃海亭】と書かれている。
「なんだ、これ?」
「店長が頼んだのですか?」
「そんな金はない」
「そうですよね」
多色刷りの高そうな作りだ。字の他にキャンディを持ったチビムーのイラストが入っていて、見た目も可愛い。
チビムーは、商店街でイベントを開いたとき、ムーをモデルに喫茶店のイルマさんが書いてくれたものだ。2頭身で飛び跳ねた白い髪やでかい瞳が強調されている。
「このパンフレットを作ったのはイルマさんなのかな」
裏をひっくり返した。
「はぁ?」
「どういうことでしょう?」
発行元、ニダウ観光推進協会。
「ニダウに観光推進協会なんてあったのか?」
「僕は聞いたことがありませんが」
表紙に戻り、1ページ目を開いた。
地図が書かれていた。
【桃海亭に行ってみよう】と書かれている。
地図はニダウの町を囲む城壁の門のところから、桃海亭までの経路がわかりやすく書かれている。
チビムーが書かれていて、吹き出しの中に台詞が書かれている。
『桃海亭は、小さな小さなお店だよ。見逃さないよう気をつけてね』
「小さくて悪かったな」
デフォルメされた桃海亭のイラストが書かれているが、なぜか灰色で斜めに傾いでいる。
次のページの最初に【桃海亭の人たち】と書かれている。
チビムーに吹き出しには『桃海亭には3人住んでいるよ』と書いてある。
その下に、ウィル・バーカー、ムー・ペトリ、シュデル・シュデルと書いてある。
ムーがプププッと笑った。
王室や魔法協会、警備隊などシュデルの出自を知っていなければならないところはシュデルの本名を知っているが、ほとんどの人は<シュデル>としか知らない。キケール商店街の人はシュデルが店に来たときの状況から、複雑な事情をもっていることは察しているようだが、問いただすようなことはしない。だから、シュデルは<シュデル>だけで姓を言わずにすんでいる。
「姓をどうしようか悩んで、こうなったんだろうな」
「わかるのですが、別の姓がよかったです。ここの部分、今からシュデル・クラヴェリとかになりませんか?」
「オレに聞くなよ」
「そうですよね。誰がこのパンフレットを作ったのでしょう?」
名前の順番どおりに、オレたち3人のイラストがあった。
2頭身でデフォルメされている。
ムーはいつものチビムーだ。違いはキャンディの代わりにクッキーとチョコレートを持っている。
「このイラスト、僕にそっくりです」
シュデルが微笑んだ。
黒髪が長めに書かれている。ちょっと切れ長つり目。ピンクのローブを着て、大きな壺を持っている。壺には青いバラが溢れるほどに入っている。
「これがオレだよな」
白いシャツに焦げ茶のズボン。
立っているが、全身脱力している。手には何も持っていない。
無表情の顔、目は丸く塗られているだけだ。
「そっくりしゅ」
「本当によく似ています」
シュデルが感嘆した。
「店長の特徴をこれほどとらえられるとは、素晴らしいです」
「そんなに似ているかな」
オレは首を傾げながら次のページを開いた。
【桃海亭は古魔法道具店です】
「当たり前のことを書くなよ」
「店長、この間のことを考えると、当たり前とはいいきれません」
「この間………何かあったか?」
「優秀な冒険者を手配して欲しいと頼まれましたよね?」
「あの戦士のことか?何を勘違いしたのか、桃海亭を非合法の冒険者紹介所だと思っていたんだよな」
「違うと言っても信じてくれず、困りました」
「そうなると、この見出しも必要…………のはずないだろ。誰だよ、こんなパンフレットを作ったのは」
「ニダウに観光推進協会しゅ」
「そうだった」
チビムーの吹き出しは、説明文が書かれている。
『古魔法道具店というのは、魔法道具の中古品を扱っているところだよ。壺とか石版とか色々あるよ。新しい品物はないから新品を買いたければ、魔法道具店に行ってね』
地図がのっている。
ガガ魔法道具店までの案内図だ。
「これって、もしかして」
「ガガさんですか?」
壊れた壺、割れた石版、チェーンが切れたネックレスなどが山積みになったイラストが載っている。
「このイラストの品物を売っていると思うと、買う気が失せそうですね」
「ガガさんに文句を言ってやる」
パンフレットを作ったのがガガさんかわからないが、一枚かんでいることは間違いない。
次のページを開いた。
【桃海亭の注意事項】
【1、ムー・ペトリは危険人物です】
「ボクしゃん、危険じゃないしゅ!」
オレとシュデルは同時に首を横に振った。
ムーが危険でないなら、危険と呼べる人間はこのルブクス大陸に存在しない。
赤い字で【危険】と書かれた札を首に下げたチビムーが言っている。
『チビだからと油断しちゃダメだよ。美味しそうなお菓子を食べていると近づいてくるよ。ニダウには美味しいお菓子屋さんはいっぱいあるけれど、食べ歩きはしないでね』
吹き出しの下にはピンクスイーツを筆頭にニダウのお菓子店の名前と住所がずらりと並んでいる。
「これではムーさんが観光客にお菓子をたかっているように思われます」
「ムー、菓子をもらってはいないよな?」
「もらってるしゅ」
尻をけっ飛ばした。
コロコロと2回転して止まった。
「イタいしゅ!」
「もらうな!」
「なんでしゅ!」
「桃海亭の恥だ!」
「ボクしゃん、可愛いからくれるしゅ!」
「可愛いじゃなくて、可哀想だからだろ!それに菓子の食い過ぎだ!」
「頭いっぱい使うしゅ!糖分がいるしゅ!」
「店長、少しくらいは」
「シュデル、考えて見ろ。観光客が善意でムーに菓子をやる。ムーが菓子の糖分で色々考える。結果、観光客があげた菓子の糖分が、世界を破滅に導く。心優しい観光客に悪いだろうが!」
「ムーさんの被害が店長に集中しているのはわかりますが、その考え方には無理があります」
「わかっているなら、止めるな。オレがムーのせいで命を失いかけたのは…………100回?」
「以上です」
「だろ?」
「わかりました。次にいきましょう」
【2、シュデルに話しかけてはいけません】
「何かしたのか?」
「特に心当たりはないのですが」
ホウキを持ったチビムーが言っている。
『シュデルはお仕事中だよ。とっても忙しいから話しかけちゃいけないよ。近くで見たい人は午後3時から5時の間に買い物に行くよ。そこで見てね』
起きあがったムーが、パンフレットを見てプププッと笑った。
「ゾンビ使い、見世物しゅ」
「見世物…………」
「ち、違う。気を使っているだけだ。そうだ、お前が忙しいから邪魔をしないように配慮しているんだ、うん」
「見世物…………」
「ほら、下に何か書いてあるから、読んでみろよ」
枠に囲めれた中に、赤い小さな字でビッシリと書いてある。
【シュデルへのプレゼントは桃海亭の扉の左側に置いてください。右側に置くと出入りする人の邪魔になります。食べ物は置いてもウィルとムーに食べられます。花は好きですが小さい店なので飾れる本数が限られています。ブレスレットやイヤリングなどのアクセサリーはつけません。もし、プレゼントを身につけて欲しければ、髪用の飾り紐をお勧めします。あなたのプレゼントがシュデルの黒い髪を彩ることになるかもしれません。アロ通りのピーコック・ジュエルでは、髪用の飾り紐を豊富に取りそろえております。ご来店をお待ちしております】
「それで最近、髪用の飾り紐が多かったんですね」
「昨日の朝、扉の左側に山積みになっていたよな。あれ、全部、髪用の飾り紐なのか?」
「はい」
「どうするんだ?」
「好意を無にするのも悪いので、有効に使える髪型でも考えてみます」
紐だらけの髪型。
「ここにピーコック・ジュエルへの地図が載っていますね」
「返品して金に換えるというのは………」
「しません」
【3、ウィル・バーカーに近づいてはいけません】
継ぎだらけのシャツをきたチビムーが言っている。
『ウィルは見分けがつかないよ。ウィルだとわかったら2メートル以内には近づかないこと。不幸を呼ぶよ』
ムーもシュデルも、何も言わない。
オレの顔をジッと見てから、うなずいた。
「次しゅ」
「次のページですね」
「待て!」
「ほよしゅ?」
「どうかしましたか?」
「なんで『こんなこと書くなんてひどい!』とか、言わないんだ!」
「どしてしゅ?」
「本当のことですから」
チビムーの横に青い字で書かれていた。
【歩いている貧乏そうな若者が、ウィルかわからない時は、近くのお店にお入りください。本物のウィルか教えてくれます】
「オレはばい菌かよ!」
「ばい菌よりタチが悪いと思います」
「貧乏神しゅ」
シュデルが次のページをめくった。
飛び込んできた見出しに、オレは怒りを隠せなかった。
「これだったんだな!」
【桃海亭に入ってはいけません】
包帯だらけのチビムーが言っている。
『危ないから、店の中に入ったらダメだよ。怖い怖いモンスターがいるよ。怪我をしないように外から見てね』
松葉杖をついているチビムーの足下には救急箱と担架。
「こんなパンフレットをばらまかれたら、誰も入らなくなるだろうが!」
怒っているオレとは違い、ムーもシュデルも冷静だった。
「そんなはずないしゅ」
「そうです。観光客の方は桃海亭には入られません」
指摘されて気がついた。
「そう言われれば、そうだよな。常連か、掘り出し物を買いにくる命知らずな魔術師だけだよな」
「そうです」
「だしゅ」
このパンフレットが原因でないとすると、別の原因があるのかもしれない。
ギシッと音がして、店の扉が開いた。
商店会会長のワゴナーさんが足早に入ってきた。
「こんにちは、会長。何かありましたか?」
「ウィル、デメドさんから連絡を受けた。店に客が入っていないようだということだが、本当かね」
丸い顔が心なしか青い。
「3日間、ひとりも来ませんでした」
「なんということだ。やはり、私がもっと反対するんだった」
「何かあったんですか?」
「ウィルは知らないと思うが、観光パンフレットが作られたのだ」
「もしかして、これですか?」
持っていたパンフレットをヒラヒラさせた。
「読んだかい?」
「はい」
「ひどいことが書いている」
ワゴナーさんは、悲しそうな顔でパンフレットを見た。
「私は反対したんだ。でも、キケール商店街以外の店からキケール商店街ばかり儲かるのはおかしいと言われてね。桃海亭に客が入らなくなったのは私のせいだ」
しょんぼりしている。
かける言葉を探しているオレは、扉の開く音にドアの方を見た。
「ぶはははっ」
笑いながら入ってきたのは、何も買わない常連客アレン皇太子。
「今や私の人気はニダウではうなぎ登りだ」
「何かいいことがありましたか?」
「そのパンフレットだ」
オレが持っているパンフレットを指した。
「そのパンフレットの監修制作は私がしたんだ」
「この内容はひどすぎる」
ワゴナーさんが皇太子に食ってかかった。
「桃海亭は真面目に一生懸命商売をしているのに、これでは客が寄りつかない」
胸が暖かくなった。
ワゴナーさんの優しさは、オレを何度も救ってくれる。
「私は嘘は載せていない。それに…」
皇太子はオレの紹介が書かれたページを開いた。
「ここの注意書きで、いままで観光客が入らなかった店にも人が入るようになった。キケール商店街以外の店から感謝されている」
皇太子が示した注意書きは、【歩いている貧乏そうな若者が、ウィルかわからない時は、近くのお店にお入りください】のところだ。
「貧乏そうな若者が来ると、観光客は近くの店に飛び込む。店に20人も飛び込んでくれば、その中の2、3人は何か買ってくれる。売り上げ倍増、私の人気は日々高まっていく」
「そのせいで桃海亭に客が入らなくてもいいとおしゃるのですか!」
ワゴナーさんの剣幕に、オレはパンフレットのせいとは限らないと言い出せなくなっていた。
「客が入らないのか?」
ようやく、アレン皇太子にワゴナーさんの怒りが届いたようだ。
オレとシュデルがうなずいた。
アレン皇太子は少しだけ考えた。
そして言った。
「それはマギカフェリアのせいではないか?」
「マギカフェリア?」
「あっ!」
「しまったしゅ」
オレはわからなかったが、シュデルとムーはわかったようだ。
「しまったしゅ、しまったしゅ」
特にムーは焦って、店内をグルグル回っている。
シュデルが額を押さえた。
「マギカフェリアというのは、10年に1度開かれる高位の魔術師の集まりです。下位の魔術師も見学に集まりますから、ニダウから魔術師がいなくなって客が来なかったんだと思います」
「2人とも、行かなくてよかったのか?」
「マギカフェリアは各国が持ち回りで開催します。今回はロラム王国なので僕は入れません。出席免除の通知が来ていました。ムーさんが行かなかったのは、非常にまずかったと思います」
「どうなるんだ?」
「位の剥奪もありえます」
ムーがピタリと止まった。
「考えたら、行く必要ないしゅ」
「このまま、何もしなければムーさんは魔法協会から除名される可能性が高いです」
「らっきー、しゅ」
喜んで両手をあげて、ヒョコヒョコと踊っている。
「どういうことだ?」
アレン皇太子が憮然とした表情で聞いてきた。
「先週、ムーは魔法協会からの脱退申請をしたんですが、申請書を受け取ってもらえなかったんです。これで除名になれば、ムーは魔法協会の制約なしに自由に動けます」
「わかった。大型飛竜を貸そう。至急、ロラムに投げ込んでこい」
「面倒くさいです」
「もう一度言う。行ってこい」
オレは言い方を変えた。
「皇太子、考えてください。今、ムーがロラムで大事件をおこすと大陸中の魔術師が天に召されるという事態がおきるかもしません。ムーが魔術協会を追い出されるだけなら、エンドリア王国には何の傷もつきません」
皇太子が考え込んだ。
その皇太子のワゴナーさんが近づいた。
「魔術師のお祭りのことなどよりも、今すぐに、このパンフレットを撤回していただきたい」
「聞いてなかったのか。この店に客が来ないのは祭りのせいだ」
不愉快そうに眉をひそめたアレン皇太子にワゴナーさんは怒りの表情を浮かべた。
「わかりました。そのような態度をとられるのですね。それでは、私はこれで失礼します」
オレの手にあったパンフレットをひったくると出口に向かった。
扉を開くと振り向いて、アレン皇太子に言った。
「いまから、王様にこのパンフレットを見せて、止めさせてもらうように頼んで参ります」
「待った!」
出て行こうとしたワゴナーさんの腰に皇太子がタックルした。
「待て、話し合いをしようではないか」
「王様に直接お願いいたします」
「わかった。そのパンフレットの配布は終了とする」
「本当ですか?」
「約束する。いまから、配布場所をまわって回収して、商店街の会議室に届ける」
「わかりました。私も同行します」
ワゴナーさん、鋭い。
お人好しの王様が見たら、たしかに怒りそうだ。
2人が出て行った後、オレとムーとシュデルが残った。
ムーは「やったーしゅ」と2階にあがっていった。
シュデルは「お客様がこない原因がわかってよかったです」と食堂に行った。
オレは、開きっぱなしの扉を閉めにいった。その時になって、マギカフェリアという祭典がいつまで続くのか聞き忘れたことに気がついた。
お客が来なかった原因はマギカフェリアだったらしい。
5日間客が来ない日が続いて、6日目に普通に戻った。常連や掘り出し物を目の色を変えて探す魔術師がポツポツと入ってくる。
パンフレットは回収されて、商店街の会議室に置かれている。紐で縛られて【持ち出し禁止】と書かれている。ワゴナーさんはパンフレットのイラストを喫茶店のイルマさんが書いているので破棄したくないようだ。
パンフレットの件をワゴナーさんは王様には言わなかった。だが、別の人が王様に教えたらしい。アレン皇太子は相当絞られたようだ。この間、桃海亭でグチっていた。
マギカフェリアをさぼったムーだが、特におとがめはなかった。祭典に出席した他の魔術師たちはムーがこなくてホッとしていたようだ。除名されなかったので、ムーはせっせと退会申請書を書いている。
シュデルは朝昼晩と3回、髪を縛る飾り紐を替えている。紐は大量にあるらしく、しばらくは続きそうだ。
オレは特に変わったことはない。
今日も桃海亭のカウンターで商品を磨きながら、少ない客を待っている。
次回更新は7月23日です。




