その7 選んだ人
一生懸命走り続けて、由綺の家の前についた
さて、ここからどうしよう。
少し遅い時間だから、チャイムを鳴らすのが少し躊躇われる。
ああ…… こんなことじゃ駄目だ。
由綺に会う為に、話す為に来たんだろう? 俺。
…………話す?
そうだ、電話してみればいいんじゃないか。
焦りすぎだろ、俺。
そして、電話を取りだして、由綺の携帯を呼び出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
誠司君の声だけでも聞きたいな。
もう一度電話をかけて―――――――――――
その時、一番待ち望んでいた着信音が鳴り始めた。
誠司君!
ベッドから跳ね起きて慌てて電話を取ると、少しの音も聞き漏らさないように受話口を耳に押し当てた。
「誠司君? 誠司君だよね?」
「うん、由綺。ごめん。いっぱい電話してくれてたのに」
「ううん、いいのっ、いいの。誠司君が電話くれたから」
電話が鳴った瞬間から潤んでいた目にたまった涙がこぼれ落ちた。
声も震えてる。
「ごめん、由綺を泣かせた」
「ううん、ううん」
見えない誠司君に向かって首を横に振る。
「由綺、今、俺、由綺の家の前にいるんだ、出てこられる?」
「え?」
慌てて窓に走り寄り、カーテンを開けるのすらももどかしく、窓を開けて外を見た。
「誠司君……」
誠司君だぁ…… 誠司君が居る…… すぐそこに誠司君が…… 夢じゃないよね?
「由綺-」
誠司君が私に手を振ってくれてる。 ほんとに夢じゃないよね?
涙が止まらない。 その涙が頬をつたわり落ちる感触が、これが夢じゃ無いと教えてくれる。
「すぐに、すぐに行くから待ってて」
「うん」
電話を切って、大慌てでブラウスとスカートに着替えると、部屋を飛び出し階段を駆け下りて、ドアのカギを…… なんで二つも鍵があってチェーンまであるのかと、普段気にもしていない仕組みに理不尽に怒りながらドアを開け、家から飛び出した。
「誠司君っ」
外に出て誠司君が見えた瞬間私は思い切り彼の腕の中に飛び込んでいって……
「誠司君っ、誠司君、誠司君…… うわ―――――――ん」
誠司君の胸に顔を押しつけるように泣きじゃくったのだった。
それから五分ばかりそうしていたら少し落ち着いてきて、こんな状況では人目につくと家の隣にある児童公園に移動して話した。
「ごめん由綺。俺に色々と勇気が無かったから由綺を悲しませて、泣かせて……」
「ううん。私が悪かったの。私が軽率だったから誠司君を傷付けた」
「由綺」
「はい」
誠司君が私の両肩に手を置いて、真っ直ぐに私の目を見て力強く言ってくれた。
「もう誰にも負けないから」
だから私も
「はいっ。私も負けません」
力いっぱいの返事で応えた。
そしてしばらく私たちは見つめあって……
彼が私に近づいてきてゼロ距離に……そのまま彼の腕が私の腰と背中に包み込むように回されて、私はそれに応えるようにそっと目をとじた。
私の唇に彼の柔らかな唇が触れる感触が、少しずつしっかりと強く重なって、二人が繋がったそこから彼の私を好きだって気持ちがいっぱい伝わってくるようで、私も彼を大好きな気持ちでいっぱいなっていった。
私も彼の背中に両の手を回してぎゅっと抱きついて、彼にもこの気持ちが伝わっていってたらいいな。伝わってるよね。
彼の気持ちと私の気持ちがいっぱいに詰まったこのキスが、誰が何と言おうと私のファーストキスだ。
大好きです…… 誠司。
ずっとこうしていたいけれど、いつまでもこうしているわけにもいかなくてお互いに身を離した。
そして、名残惜しさにじっと見つめ合って……あれ? 公園の常夜灯でも判るくらいに誠司の顔が真っ赤だ。
誠司も照れてくれてる。嬉しいな…… でもなんだか真っ赤すぎるような?
そう思ってたら、誠司が重そうに口を開いた。
「あの、由綺……」
「ん?」
「由綺が恥ずかしがると思って言わないでおこうかとも思ったんだけど、余りに無防備だから……」
「え? なに?」
「…………その、えーと……胸……」
え? 胸? ……………… あ……ああああ…………あああああああ!
ブラしてなかったっ!!
さっきまでテンパっていて気が回らなかった胸が揺れてブラウスに擦れる感触に一気に血の気が引いた。
私…… さっき誠司にぎゅっと…… あああああああああああ!!!
あ、慌てて出てきたからだぁ……
「ご、ごめん由綺…… 気付いたのさっきで……」
「あっ、あの、えと…………」
「由綺っ。まっ、また明日な」
「うっ、うん、また明日っ」
「おやすみ――――」
そう言い残して誠司は走って行ってしまった……
ううう、恥ずかしいよ……
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彼が帰って部屋に戻って、なんとか気を落ち着かせた私は、大野さんにメールを出した。
すると、すぐに了解のメールが戻ってきた。
明日の放課後、この前二人で会った喫茶店で大野さんと待ち合わせ。
大事なことだから、きちんと会って話さないと……
放課後、喫茶店に行くと、既に大野さんが待っていた。
ウェイトレスさんにアイスココアを頼んで一息つくと、大野さんが今日の用件を聞いてきた。
「由綺ちゃん、話があるって、何?」
私はすーっと息を吸って、努めてはっきりとした口調で話し始める。
「大野さん。私は先日、大野さんに彼と比較しろって言われて、私が今までどうしてきたかよく考えました。それで私はずっと彼と他の人とを比較し続けて彼を選んだんだって思い出したんです。それと同時に、大野さんは私にとって彼氏になって欲しいと思える人ではないって事もはっきりと解りました。なので私は大野さんとはお付き合いする事はできません」
私の言葉を受けた大野さんは少し苦しそうな顔をしていた。
「そうか、僕は由綺ちゃんに選ばれなかったか」
「嫌いではなかったですよ。それは本当です。でも恋人として見るのは無理です」
「それが一番きついな。せめて友達としては付き合えるのかな? 深月と由佳里ちゃんが付き合ってたら全くの無関係は難しいと思うし」
「そうですね。でも大野さん絡みの事は全部、誠司に伝えますよ。もう、大野さんの事で彼を傷付けるのだけは嫌ですから。今日も大野さんに会ってお断りのお話しをしてくる事は電話で伝えてますし、駅前に迎えに来て貰ってますから」
そう言うと、大野さんは天を仰いで
「参った。とことん警戒されたか。もう降参するから友達の彼氏の友達として、普通に相手してくれるかな」
そう、苦笑いしながら聞いてきた。
「誠司に聞いてみますね」
それに、ちょっと意地悪に答えると、大野さんはまた天を仰いだのだった。