その5 比較
翌日、朝の通学路。
その途中にある誠司君の家に繋がる道と私の家に繋がる道が交差する場所。
私たちはここで待ち合わせて一緒に登校していた。そこでいつも私より先に来て、未だに照れくさそうに笑って待ってくれている筈の彼は、遅刻ギリギリまで待っても姿を見せることは無かった。
その間、何度も繋がることの無い電話をかけた。
ごめんなさい、ごめんなさい…… 後悔ばかりが私の心を押し潰す。
優しい彼をこうしてしまったのは私。
私が安易にダブルデートの誘いを受けたから…… 誰が悪いのではない。決めたのは自分だ。
そんな思いを抱えながら、ひょっとしたら誠司君は先に行っているのかも知れない。僅かな可能性に縋って私は学校へと向かった。
学校について真っ先に誠司君の教室を訪ねたけれど、彼は学校にも来てはいなかった。
誠司君……
朝のホームルームが始まるギリギリに自分の教室に戻り、授業が始まるまでの僅かな時間、私は由佳里に捕まった。
「どうだったのよ、昨日の成果は? ずっと楽しみにしてたのにぎりぎりに登校してきて―――― 由綺?」
努めて教室では普段通りにしている筈の私に、それでも何かを感じ取ったのか由佳里が眉をひそめた。
「どうしたの? 何かあったの?」
由佳里には誤魔化しきれる筈も無い。だから私は隠さずに答える。
「遊園地……行けなかったんだ」
「なによ、どうしたのよ」
由佳里が私に詰め寄り問い詰めようとしたとき、一限目の授業の予鈴が鳴った。
「お昼休みに聞かせて」
嫌とは言わせない。そんな由佳里の真剣な表情に私は小さく頷いた。
授業の内容がまるで頭に入ってこないまま、ただ時間を過ごし、お昼を指定した由佳里も敢えて私に近づこうとしないままお昼休みを迎えた。
四限目の終了のチャイムが鳴り、先生が教室退出するや否や、すぐに由佳里が私の所にやってきた。
「話しにくいことでしょ? こっち」
そして、由佳里に誘導されるままに歩き、私たちは移動教室のある棟の更に人の来ない西階段にある階段フロアに辿り着いた。
「由綺、何があったの?」
「…………昨日、駅前でね」
私は由佳里に、駅前で大野さんの友達に言われたこと、そしてそれで誠司君がどうなったかを話した。
そして……
「それで大野さんに会って、大野さんに付き合って欲しいって言われた」
「……そう。大野さん言っちゃったんだ…… それで?」
「誠司君と自分を比べて欲しいって言われて動揺して…… 私、その時、少し迷ったんだ……」
「なんで?」
「私が軽率な真似をしてこうなって、大野さんにそんな事を言われたくらいで動揺して…… こんな私が誠司君に相応しいのかなって」
「由綺は大野さんと付き合うつもりがあるの?」
「わからない…… それが誠司君に悪くて……」
「悪いのはあたしだよ。由綺があの状況で断れないってわかってて無理矢理に誘ったからこんな事に」
「ううん、決めたのは私だから」
「例えそうでも、選択肢を無くした状況を作ったのはあたしだよ」
由佳里が泣きそうな顔で私に詰め寄ってくる。
「それで、由綺…… 貴女、柏木をどう思う? 大野さんをどう思う?」
「どう……って」
「辛いだろうけど、由綺は今、考えなきゃ駄目なんだよ」
「由佳里……」
「由綺が柏木に相応しいかどうかなんて関係無いよ」
「え?」
「それは柏木が考える事だからだよ。だからって、由綺が相応しくないなんて言ったら殴ってやるけど」
由佳里ってば……
「だから由綺は、自分にとっての二人を考えればいいんだよ」
「私にとっての二人……」
「由綺なら答えを出せる筈だよ」
「出せるかな……」
「出せるよ」
「……由佳里、ありがとう…… しっかり考えるね」
「うん、頑張れ親友」
学校が終わって家に戻った時、丁度、大野さんからメールが届いた。
一度、恋人候補として意識した状態でデートして欲しいのだそう……
そして自分の事をよく知って欲しいと書いてあった。
確かに比較するなら、大野さんの事をよく知らないと駄目だよね。
……でも
今、大野さんとデートしたら、ただなんとなく付き合ってるうちに押し切られてしまいそうな気がする。
どうするべきなんだろう?
由佳里に相談してみようか……
ううん……駄目。
これは由佳里に頼ることじゃないよね。 由佳里はもうアドバイスをくれている。
それに……
脳裏に浮かぶのは誠司君の辛そうな顔。
こうしている今も誠司君は辛い気持ちでいるんだと思うと、大野さんとデートしてみてからとか、そんな悠長なことは言っていられる筈も無い。
考えなきゃ……
誠司君と大野さん…… どちらも優しくて、私のことを考えてくれている人。
大野さんは誠司君と自分を比較してくれって言っている。
誠司君と比較……
比較ってなんだろう?
誠司君と大野さんを比べてどっちか選べ?
なにか違う気がする。
比べてどっちかじゃなくて、大事なのは自分がどう思ってるか? だよね。
それに、一つ一つ項目を挙げて比較して優れている方を選ぶのか、自分がどっちといたいのか…… それが一致するとは限らないと思う。
大野さんが狙ったのはきっと……
多分、大野さんは自信があったんだ。
二人を項目別に単体で比較するなら最終的に自分が勝てるって。
でも、それらを全部総合したらどう思えるのか? というのは、また別の話で……
ご免なさい。私にはやっぱり大野さんはお兄ちゃんとしか思えません。
今までだって年上の人で優しくしてくれる人はいた。
けれど、年上で優しければ誰でもお兄ちゃんみたいだと思ったわけじゃない。
お兄ちゃんと思ったのは初めてだったし、それは大野さんの持つ雰囲気をそう感じたから、素直にお兄ちゃんという思いが湧いたんだ。
今ならわかるよ。
私が動揺したのは、異性として好きなわけでも無いお兄ちゃんに告白された困惑だったんだ。
私だって最初から誠司君を好きだったわけじゃ無い。
今まで沢山の人に出会って…… 誠司君もその中の一人でしかなかった。
誠司君に一目惚れしたわけじゃない。わざわざ好きになろうと思ったわけでもない。他の人に告白された事だって何度もあった。
それでも気がつけば誠司君が私の一番になっていた。
それは多分、相性だとか、運命だとかそんな言葉で誤魔化すしか無い心の本音。
比較する必要なんて無い。ただ私の心に素直になればいいだけ。
そうだね、今、とっても誠司君に会いたいよ……