その2 遊園地 <前編>
「振られたー」
今、私の目の前で由佳里が泣いている。
「また? ぜんっぜん懲りないね。今年に入って何人目よ」
「うううー」
相変わらず由佳里は、振られてはすぐ他の人を好きになり、また振られるを繰り返している。
私の知る限り、もう七人目…… ひょっとしたらもっといるかもしれない。
付き合ったその日に振られて、その日に別の人とつきあい始めたなんて最低な例も過去にあるし……
「いい加減、落ち着いて人を見極めようよ。折角美人なのにそんなにふらふらしてたら良い人が見つからないよ?」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「確かに由綺は最初からずーっと変わらずに一途に見極めたもんねぇ」
「え、え!? い、今、そういう話じゃないでしょ」
「昔から誠司くーん、だもんねー」
「わっ、わっ、わっ。たんま、待って、ちょっと不利になったらそれ言うの反則」
「へっへー」
誠司君は、私がずっと片思いだった相手……
「でも、本当に良かったの? 柏木でさ」
「何度聞かれても同じよ。彼が良いの。誠実が一番です」
私の方から必死な思いで告白して、いいの俺なんかでと言われたけどずっと彼を見続けていた長年の想いを受け入れて貰えました。
今はまだ一緒に帰るくらいしか出来ないけれど、それでも幸せです。
「ま、いいけどねー。 それでさ、振られた相手と遊園地に行くつもりで前売りチケットとってたんだけど。無駄にするのも悔しいから私と二人で遊園地行かない?」
「え?」
なんで、私と?
「そういうのって、チケットを私に譲ってくれる流れじゃないの?」
「やだ。それは何かに負けた気がする」
「えー? 何かって何よ」
「何かよ。御願いっ! あたしを助けると思って」
目の前で手を合わせられても…… うーん……
「仕方ない。付き合いましょう」
「やった、ありがとう。 次の日曜日だからね」
「はいはい、わかりましたー」
「じゃねー」
手を振りながらニコニコして走って行った。
由佳里ってば、調子いいんだから……
「神埼さん」
「あ」
彼に声をかけられるだけで顔が赤くなる…… うわぁ……
「か、柏木君、掃除当番は終わり?」
「うん。 神埼さんの用事は終わった?」
「う、うん」
「じゃ、帰ろうか」
お互いに帰宅部なので、もう特に学校に用事は無い。
「はい」
これから二十分ばかりの帰宅デート。
いつか、もっと進展できると良いな。
帰り道での話題は由佳里に遊園地に誘われたこと。
「遊園地かー。遊園地って小さな頃に行ったきりだな」
「うん、私も」
「新しいアトラクションがいくつも出来たって聞いたけどね」
「そうなんだ」
「あれ? 知らなかった?」
「うん。私、余りそういうところに興味が無くって」
「あ、そう……なんだ」
あれ? ちょっと残念そう。
「でも、柏木君となら行ってみたいかも」
「そう?」
「うん」
これは本音。だからあの時、チケットを譲って貰えたら……って少し思ったりした。
「それじゃ、今度二人で行こうよ。チケット代くらい俺が出すよ」
「え? それは悪いよ。私も払う」
いくらなんでもそれは駄目。
「でも……」
「お互いに無理しないでいこう? 負担になりたくないの」
「……そっか、うん、そうだね。無理しないで…… ず……」
ず?
「ずっと……」
「…………え? あ…… え? あ、あの……」
うわっ、うわ、うわ、うわぁー
ず、ずっと…… って、ずっとだよね…… その…… ずっと……
駄目だ…… 私、今…… 頭まっ白、何も考えられない…… ぱにっくだぁー
それから、二人して顔を真っ赤にしながら一言も話さずに家まで送ってもらった……
一言も喋らずに二人並んで只一緒に歩くだけ…… それでも二人の間は少し近くなっていて…… それが凄く嬉しくて、とくんとくんと鼓動が早くなってるのがちっとも嫌な感覚じゃなくて、それが凄く心地良いなと、そんな風に思ったのでした。
それから次の日曜日。由佳里との女子デートの日。
遊園地前で待ち合わせという事でそこに行ってみると知らない男の人が二人、由佳里と一緒に立っていた。
「由綺ー、こっち、こっちー」
私を呼ぶ由佳里の腕を掴まえてゲートの隅に引っ張って行き、男の人二人から距離を離して問い詰める。
「どういうことよ、これ」
「どう……って、見たまんま。ダブルデートよ」
「だぶっ…… 聞いてないわよ?」
「ごめんって、昨日決まったのよ」
「メールでも電話でもしてくれたらいいじゃない」
「したら来なくなるじゃない」
「……説明してくれる?」
「うわ、その目はやめて。説明するから」
きっちり説明して貰おうじゃないですか。
「あのね、あっちの背の高い方と付合うことになってね。格好いいでしょ? 大学生よ、大学生」
「この間振られたって泣いてたばかりのくせに、また…… それで?」
「それで、明日どうする?って聞かれてさ。由綺と遊園地に行くって決まってるって話したら、そしたら彼も行きたいって話になって遊園地デートしようって事になったんだけどさ。でも、男一人に女二人じゃ数が合わないじゃ無い?」
どういう理屈よ。
「だったら、私がチケット返せばいいじゃない。それで一対一でしょ」
「駄目。もう由綺にあげたんだから、それは由綺のもの。それに、二人分のチケットは彼らが自分で出してくれてるし、問題なーし」
「問題ばっかりよ! それに先に言ってくれてたら私、柏木君に声かけたのに」
「あ、そっか…… ごめん。でも、もう彼の友達呼んじゃってるし……」
「帰るからね、私」
「ま、待って。今、由綺に帰られたら折角出来た彼氏との初デートも台無しになっちゃう。御願い、私を助けると思って。この通りっ」
手を合わせれば済むと思ってるんじゃ…… ううう、でも由佳里のこの必死な顔は断りにくい……
「わかったわよ、でも、付いていくだけよ?」
「助かるっ。食事は彼らが奢ってくれるよ」
「はぁ…… もう、いいわよ。それじゃ行きましょ」
「ん? 話は纏まったか?」
「ご免ね、神埼さん、だっけ? いきなりで」
「いえ、もう慣れっこですから」
「ははは、そういう関係っていいね」
「それじゃ、俺らの自己紹介をさせて貰おうか」
「俺は深月裕也。大学一年だ。由佳里ちゃんと付合うことになった。よろしくな」
格好いいけど、少しチャラっぽい。大丈夫かな、由佳里。
「それじゃ、僕かな。僕は大野新悟。裕也と同じ大学で同い年だよ。今日は数合わせに連れてこられました。よろしくね」
この人は優しそう? でも類は類なのかも? 格好いい人だなとは思うけど。
でも私の好みじゃない。 私はやっぱり…… えへへ。
「よろしく御願いします。私は神埼由綺と言います。由佳里とは小学校からの友達です」
「私は大沢由佳里……って、知ってるよね。 それじゃ自己紹介も終わったし、遊園地にレッツゴー」
ほんとに調子良いんだから、由佳里は。
ゲートを通って遊園地に入ってから、由佳里の元気が爆発した。
「それじゃ、次はトリプルループコースターね」
「えええ? フリーフォール乗ったばかりじゃない」
「駄目よ。こういう目玉に乗らなくてどうすんの。ドラゴンスクリューも控えてるし、どんどん行くわよー」
私はこういうスリル恐怖系は苦手なんだと、今日、これでもかと実感している。
ううう……
「さぁ、トリプルループコースターだー」
由佳里と深月さんがペアで、私と大野さんがペアでシートに座る。
カタカタとコースターが動き始め、頂点を目指していく。
うわぁ、このゆっくりした動きが何ともいいがたい恐怖を煽ってくるぅ……
きゅうっと体を強ばらせる私の肩をぽんと大野さんが叩いて声をかけてくれた。
「大丈夫だから、深呼吸しよう」
「は、はい……」
すーはー、すーはー
必死に深呼吸する私を楽しそうに見る大野さん…… 恥ずかしいなぁ…… でも、今はそれどころじゃないし。
その間も、カタカタとコースターは登っていき……うわぁ……くる……くる…くる
かくん!という音と共に急降下を始めた。
「っく……」
体が浮き上がる感覚に一瞬息が止まって、次の瞬間、風景が凄い速さで流れて、ぐいっと押しつけられたかと思うと、景色が逆さま? うわぁだめっ、いやっ、なんだかわからな…………
「っきゃぁああああああぁあぁああああああああぁぁあああぁぁああああああぁあああああぁ~」