アーヴァンクのタブー
アレックスは、本屋の奥の部屋に篭り、ありとあらゆる本を広げ、まさに本に埋まった状態で調べ物をしていた。
ワイバーンの本には、アーヴァンクは古代ではワイバーンの領土で、羽が生えてしまった王子が、独立して国を持ったとあり、アーヴァンクの本には、逆にワイバーンが、元はアーヴァンクの国で、羽を持たぬ王子が生まれ、それを恥じて、ワイバーンに移り住み、国を作ったと書いてある。
どちらも、自分の国に都合良く書かれているので、どちらが本当かわからない。
アレックスは、古代の地図を探して広げてみた。
古代の地図には、今のワイバーンが領土を広げる前の小さな国の大きさで、アーヴァンク国の一部になっていた。
「元はアーヴァンクの下の一つの国か…。アーヴァンクの説の方が正しそうだな。だからワイバーンは、アーヴァンクにだけは荒っぽい事はしないのか…?」
アレックスは、古代文字で書かれた歴史書や、ワイバーンの建国前後について書かれたものを片っ端から読み漁った。
それに寄ると、事実はアーヴァンク国の世継ぎの王子に羽が生えず、同時に謎の疫病が流行った為、その王子を廃嫡し、今のワイバーンの首都に追いやったらしい。
その頃、アーヴァンクでは、成人しても、羽の生えぬ者も続出し、何かの呪いだと騒ぎになり、羽の生えぬ者は行き場を失い、ワイバーンに集まり、アーヴァンクから独立し、国家になった様だ。
その謎の疫病とは、高熱を出したら一晩で、跡形も無く、灰になってしまうという病だったそうだ。医者も打つ手が無く、呪いだ、悪魔の仕業だと噂された。
羽根の生えぬ者の続出と謎の疫病の原因に関してはどの歴史書も分からないと書いている。
その病も、羽が生えぬ者が出るという現象も、それっきりの様だが、アレックスは、今回のレーベンの失踪と奇妙な符号を覚えた。
古代の羽が生えぬ王子の出生前後を調べていくと、当時のアーヴァンク王が、何度もフェンリル国へ通っていたという記録があった。
つまり、そこに側室を囲っていたらしいのだ。
その側室は、当然フェンリル国民だから、羽は無い。
「この羽が生えなかった王子は、フェンリルの女との子供なんじゃないのか…」
そう考えれば、王子に羽が生えなかったのも、当たり前の話だ。
古代では、羽を持たぬ者と持つ者の子供がどうなるかなど、あまり考えなかったのか、他の羽を持たずに生まれて来た人々というのも、調べてみると、皆配偶者が羽を持たない民族だった。
ワイバーンが出来、漸くそれに気付いたらしく、アーヴァンクは純潔政策を取る。
こうして今の、羽人間しか居ないアーヴァンクが出来たわけだが、その分人口は減り、国民の寿命も短いので、現国王の嫁取りから、混血政策を推進するようになったようだ。
では、疫病はなんなのか。
病気辞典のようなものにも、そんな病気は載っていない。
女王は、レーベンを病気だと言った。
国王のレーベンが衛士を殺した様子の説明も、妙な違和感がある。
そして、2人は何か隠している。
王族なのだから、当然、今アレックスが調べた歴史も事実も知っている筈だ。
「疫病は呪いか…」
アレックスが感じたレーベンと、古代アーヴァンク王子との奇妙な一致点を国王夫妻も感じたとしたら、国家に災いを為す呪いの王子として、国民に知られない内に殺してしまうしかないと思ったのか。
でも、それならば、何故衛士を殺した時に決断しなかったのか。
灰になってしまう疫病と、獣に変身して、人を八つ裂きにするという違いのせいなのか。
それとも、王妃が言ったように、時間のかかる決断なだけなのか。
再び暗礁に乗り上げたアレックスは、気晴らしに、アーヴァンク国の絵本を開いた。
幸せに暮らしていたアーヴァンク国の人々の元に、突如、ワイバーンから悪魔がやって来る。
悪魔は触れた者達全てを灰にしてしまう。
アーヴァンクの王様は竜国の王様に助けを求める。
竜国の王様は嫡男の王子を遣わし、その王子様は、大きな剣で悪魔を真っ二つに斬りさき、悪魔は消え、アーヴァンクに再び平和が訪れたと書かれているが…。
「ん!?こ、これは…」
絵に描かれた大きな剣は、アレックスのものと色違いなだけ。
竜国の王子様は短いくるくるの巻き毛の金髪…。
「父上!?何故、こんなところにまでいらっしゃるのだ!?」
アレックスは、目が点になってしまった。
土台、神出鬼没で、あのおちゃらけたキャラの割に、至る所で大活躍した名君と名高い男というのは、知ってはいるが、他国の絵本にまで登場するとは思いもよらなかった。
しばらく、呆然と絵本を見つめていると、本屋の親父がお茶とお菓子を持って部屋を覗いた。
「わあ、旦那がどこだか分かんねえ位だな。調べの方はどうだい、旦那。」
「親父、この絵本…、どう見ても、竜国の元国王なんだが…」
「ああ、それね。満更嘘っぱちのお伽話って訳でも無えのさ。ワイバーンは、アーヴァンクに軍や兵隊は送って来ねえが、その代わり、時たま妙な事してくんだよ。」
「妙な事とは?」
「疫病流行らそうとすんだ。ワイバーンで疫病で死んだ人間の死体を森から大量に持ってきて、こっちに置くんだ。
うちの国民は、みんな人がいい。
可哀想にと埋葬してやる。
そうすっと、その病気が移って、あっという間に疫病が流行ると。
竜国元国王のエミール様が、まだ王子だった時、んーと、王妃様の御輿入れ前だったかな。
そん時もそういう事があってさ。
たまたま旅して大鷹で通りがかったエミール様が、人の善意を利用するとはけしからんて言って、1人でワイバーンに乗り込んで、
『なにしとるか、この卑怯者!』
とか言ったとか言わないとか。」
アレックスには分かる。
絶対言っている。
「そんで、ワイバーン王に、二度とするでない!って約束させてくれて、今のところ、そういう事は無えと。でも、その時のワイバーン王はもう死んで、新しい王になったらしいからな。この先は分かんねえけど。」
「よく言う事を聞いたな…。」
「くっついてったアーヴァンクの衛士の話だと、1人で王宮まで、ワイバーンの荒武者をぶった切って行ったらしいからな。そんで、血まみれの剣、ワイバーン王にくっ付けて怒ったそうだから、いくらワイバーン王でもおっかなかったんだろう。」
いかにもエミールのやりそうな事である。
アレックスは、目を伏せてしまった。
まあ、そんなアレックスも人の事は言えないのだが。
「そんな訳で、疫病はワイバーンから来るってのは、アーヴァンクの人間にとっちゃ、常識みてえなもんなのよ。んで、絵本にもなると。まあ、これが出来たのは、王妃様御輿入れの頃だから、若干国策はあると思うがね。竜国はいい国だよーみたいなさ。」
「ーだろうな。」
アレックスは気をとり直して、親父に質問し始めた。
「この絵本に出てくる、灰になってしまう疫病というのは、歴史書でも謎とされている、羽根の生えない人間大量出現の時のと同じかな。」
「だと思う。ありゃあ、アーヴァンクの人間にとっちゃ、悪夢だ。
羽根があってこそのアーヴァンク人だからな。
たまーに、両親はアーヴァンク人なのに、羽根が生えねえ子が出ると、不吉の前触れだって言って、未だに他国にそっと出すなんて風潮はあるぜ。
学者は、先祖のどっかにアーヴァンク人じゃねえ血が入ってるからだって言うけど、俺たちにゃあ分かんねえもの。
灰になる疫病も、学者がいくら研究しても分かんねえ、魔導師様も分かんねえとくりゃあ、呪いって考えるだろ?
そんなおっかねえもんが、自分ちの子供に羽根が生えなかったせいで、また流行ったりしてみろ。
袋叩きじゃ済まねえもの。
羽根が生えねえと、灰になる呪いは、いっしょくたになっちまってんだよ。
まあ、これは、アーヴァンクのタブーだから、誰も口に出しては言わねえけどな。」
「ーアーヴァンクのタブー…。」
仮に、レーベンが獣に変身するのではなく、触れる物を灰にしてしまう能力を得てしまったのだとしたらと、アレックスは考えた。
そうすると、国王夫妻が隠しているのも頷けるし、レーベンが殺した衛士の死体を誰も見ていないのも、レーベンに近寄ってはならぬと命じたのも合点が行く。
国王は命までは取られずに済んだが、左手を灰にされてしまったのかもしれない。
だったら、血が流れていなかったのも頷ける。
だが、その能力、あるいは、呪いの出処が全くの謎だ。
レーベンはずっと北の塔に閉じこもっていたという話だ。
衛士を殺す前から、誰とも関わらず、出るのは、花を摘みに来るだけ…。
「花…。森には花が咲いているのかな…」
「あそこの森は、誰も入らねえから、知らねえなあ。」
「なぜ誰も入らない?」
「ワイバーンから疫病が持って来られたところだし、昔から、森には悪いものがある。入ったら、呪いがかかるって言われてんだ。」
「ー森に行ってみよう。」
「えええー!?よしなさいよ!いくら旦那でも、呪いは剣じゃさあ!」
アレックスは、ニヤリと笑って、剣を取り、立ち上がった。
「呪いが切れるか切れないかは、真っ二つにしてみなけりゃ分からんだろう。」