アーヴァンク国王の話
翌朝、城へ行き、
「竜国第二王子アレックス。国王陛下並びに女王陛下にお目通り願いたい。王子探索の仕事をお受けした。」
と名乗ると、直ぐに謁見の間に通された。
アレックスが、礼を尽くし、片膝をついて頭を下げると、国王は気さくに言った。
「久しいな、アレックス。我が王子探索の仕事を受けてくれたそうだが、今、その内容の変更を伝えに使いを出すつもりであった。手間が省けた。」
「変更とは…。」
国王は、言いづらそうに目を伏せた後、アレックスを真っ直ぐな真剣な目で見つめて答えた。
「王子を探しあてたら、連れ帰るのでは無く、殺してほしい。」
「殺す?我が子を殺せと仰る?」
アレックスが耳を疑い、聞き返すと、女王が辛そうに話し始めた。
「ーレーベンは、病気なのです…。
もうずっと塔に閉じこもっていました。
その上、近づこうとする者を亡き者にしました。
そして、ある日の夜、忽然と居なくなったのです。
初めは、連れ戻して、なんとか王位を継がせようとしましたが、あれでは王位など継げるはずは無いと、陛下と話し合い、決めました。
あの子は、この世に生かしておいてはいけないのです。」
『この世に生かしておいてはいけない…。』
引っ掛かる言葉だ。
「ー叔母上、ではお聞きしますが、逆になぜ今になってなのですか。城にいる間、その様に暴れて、手がつけられなかったのであれば、その時に始末しておこうとなさらず、何故、失踪から三月も経ってから、急にそんな事を仰るのです。」
「ーあなたには、子を思う親の気持ちは分からないのです。誰が我が子を殺したいと思うでしょうか。決断には時間がかかるのです。」
そう言われてしまったら、まだ子供を持たないアレックスには何も言えない。
「ーでは、レーベンが産まれてから、失踪迄の事をできるだけ詳しくお教え下さい。失踪先のヒントになるやもしれません。」
女王と国王は、ヒソヒソと相談した後、国王が話し始めた。
「レーベンは、もう男子は産まれぬと、全員が諦めていた時、五人の子供の1番最後に産まれた。
そなたも会っておる故、分かると思うが、とてもおとなしく、気弱な位優しい、花や動物を愛する子だった。
レーベンが塞ぎこんだのは、20歳を過ぎてからだ。
羽が生えぬ事をいたく気にしておった。
我々は、それが良いのだと言ったのだが、レーベンは聞く耳を持たず、恥ずかしいと言って、北の塔に引きこもってしまった。
そして、5年が経ったある日の事、レーベンの叫び声を聞いた衛士がレーベンの部屋に入ったが、戻って来ない。
様子を見に行った別の衛士に、レーベンはこう言ったそうだ。
『私に近寄ってはならぬ。先ほどの衛士の様に死ぬぞ。』と。
レーベンの部屋には…」
そこで止まってしまった。
「遺体があったのですか。」
「そ、そうだ。見るも無残な血だらけの状態で…。それで、誰も部屋には入らなくなった。そして、また半年が過ぎた。そしてある日の朝、食事を持って行った衛士が声をかけたが返事が無いので、心配して、ドアを開けてみたら、誰も居なくなっていたのだ。」
「夜の間に物音などは。」
「見張りの衛士はついて居らぬ。夜が1番、その…、レーベンが危険な状態になるのでな…。見張りで外に居ても危ないので、誰も北の塔には入れない。」
「レーベンの武器はなんですか。素手ですか。」
「まあ…そんな所だ。」
「素手で衛士を切り裂くんですか?獣にでも変身するのですか。」
「そ、そんな感じだな…。確かにあれは人の為せる事では無い…」
どうも一々はっきりしない。
衛士の遺体を見たと言うが、具体性に欠けているし、レーベンの様子も、上手く説明できていない。
アレックスが言う事に適当に乗っている感じだ。
何か隠している。
アレックスは直感的にそう思った。
国王は、何故か片手だけにしている白い手袋の手をしきりとさすりながら、話していた。
「お手はどうかされましたか…。」
国王は、パッと手袋の手を、後ろに隠した。
「ふ、古傷じゃ。客人にお見せ出来ぬほど醜くてな。」
「それは失礼な事をお聞きしました。ご無礼をお許し下さい…。」
そう謝りながら、アレックスは、何かが引っかかった。
国王が手をさすり出したのは、レーベンが衛士を殺したという話になってからだった。
大体、アーヴァンク国の王が、そんな大怪我をする理由が分からない。
アーヴァンクは、軍隊を持たない。
他国からの侵略を受けそうになったら、竜国の騎士団に助けて貰っている。
その代わり、竜国に見返りとして、上納金を納めている。
大体の小さな国は、そうやって、獅子国か竜国に守って貰っている。
つまり、国王も国民も戦争の経験など無い。
それに、狩猟などの危険が伴う様な趣味も無い。
自身が飛べるから、乗馬すらしない。
要するに、そんな怪我をする様な事はしないはずだった。
ーレーベンにやられたのか…。でもそれなら何故隠す…。
アレックスは、疑問に思いながら話を進めた。
レーベンの事で、既にこの国王は何かを隠している。
この怪我がレーベンに関わる事が原因なら、聞いても話さないと踏んだ。
「その、北の塔というのを見せていただけないでしょうか。」
「よかろう。案内させる。」
衛士に案内された北の塔は、城とは全く別の建物になっており、一階の入り口から、気が遠くなるような階段を上がり、てっぺん近くに部屋があった。
窓は東西南北についてはいるが、北側の常に薄暗い寒い方角にあるせいか、朝だとういうのに、日も入らず、暗いジメジメとした部屋だった。
「こんな所に6年も…。たった一人で…」
「レーベン様は、羽が生えない事を大層気にしておいででした…。
羽の無いアーヴァンクの男など誰が尊敬してくれるのかと…。
王位は姉上様にとずっと仰っておいででしたが、それも叶わず、初めは、国王陛下に対する反抗なだけだったのですが、こんな所にずっとお一人でおられたせいでしょうか…。
羽が欲しいと一日中呟いておられるようになり、ご病気の様になってしまわれました。」
「ーそうか…。君は見たのか?八つ裂きにされたという衛士の死体を。」
「いいえ。誰も見ておりません。」
「誰も見ていない?」
「はい…。陛下が駆けつけられ、暫くレーベン様とお話しされて…。陛下は真っ青なお顔で出てこられて、『衛士は血だらけで隠してあった、可哀想だが、家族にも見せられぬような姿になっていたので、塔から、海に放り込んだ。ここには入ってはならぬ。』と仰せに。」
つまり、国王以外、誰も野獣に切り裂かれた様な死体は見ていないという事になる。
確かに、東側の窓の直ぐ下は海だ。
「何か、海に落ちる様な音はしたのか。」
「はい。致しました。」
「ふーん…。国王はその時怪我は?手から血を流していなかったか?」
「いいえ。血は…。ただ、左手を抑えておいででした。それ以降、左手だけ必ず手袋を。」
「血を流して居ない?」
やはり妙だ。
衛士の話からも、あの手袋の下の古傷というのは、レーベンにやられたものだろう。
左手も抑えていたというし、その時の物なはずなのに、血が流れていないというのはおかしい。
獣に変身しての攻撃を受けたなら、相当の血が出るはずだ。
「そうか…。失踪の日はどうだ?何か物音などは?」
「夜間は近づいてはならぬときついお達しがありますので、誰も物音などは把握しておりません。ここの塔の西側は、森でございますので、ここを出て、城門を通らず、森の方へ行かれたなら、誰も気付く者はおりません。」
「森側に見張りを置いていないのか!?」
竜国ではあり得ない無防備さに驚きの声を上げると、衛士は怯えた調子で謝った。
「申し訳ございません!平和な国なものですから!」
「いくら国民が平和でも、森の向こうのワイバーンは、あまり平和な国とは言えないぜ!?見張りは立てておいたほうがいいと思うが!?」
「はっ、はい!近衛隊長に上申致します!」
ワイバーンという国は、どこの国でも、あまりいい評判は聞かない。
ボルケーノ王国は別にすると、竜国、獅子国に次ぐ大国ではあるが、無法者の国という形容がふさわしい様な国だ。
戦にしても、攻めた国は草木も残らないと言われる様な戦争をし、女子供でも平気で殺し、略奪の限りを尽くす。
竜国が統制された騎士集団だとすると、ワイバーン軍は、ヤクザ者のならず者の集まりだ。
統制は全く取れておらず、好き勝手にやるのだが、皆、報奨金目当てなので、目の色を変えて殺しにかかってくるゲリラ集団である。
その国に王子のまま入ってしまったら、当然捕まり、身代金要求や、なんらかの交渉カードにされそうなものだが、それも来ていない。
「レーベンが衛士を殺す前と後で、何か変わった様子は?」
「レーベン様は、お花が大変お好きで、ご自分でも、たまに塔から出て、花を摘んでおられ、私共も食事と一緒に添えていたのですが、あの日を境に、花は要らないと仰せに。」
「他には?獣に変身するのを見た者は?」
「居りません。」
やはり、全く分からない。
花を嫌う様になったのも、何故なのか見当もつかない。
ー一体なんなんだ…。どこへ消えた…。本当に夜になると、獣に変身しているのか…。国王の怪我は何だ…。国王達は一体何を隠して、レーベンを殺す事にしたんだ…。
アレックスは珍しく途方に暮れていた。