ワイバーンへ
ワイバーンへは、麒麟国の殿様の口利きで、歓迎されているとはお世辞にも言えないものの、どうにか普通には入れた。
暫くして、広間に出て来たワイバーン王は、異様としか言えないような状態だった。
アリスが言っていた様に、背中のコブや、背中が曲がっているのを隠すつもりなのか、背中に金ぴかの大きな箱のような物を背負っており、ご丁寧にその箱は、金銀宝石で飾り立てられている。
裾まである長い上着と一体化されていて、その上着もまた悪趣味に派手に飾りたてられいた。
歩きづらそうにしているから、足も悪いのかと思ったら、どう見ても、30センチは上げ底にしてあるのではなかろうかというおかしな靴をはいていた。
背が相当小さいらしい。
そして、噂通り、目も当てられない醜男だった。
しかも、性格がねじ曲がっているのが、見て取れる様な人相だ。
目の下には、真っ黒なクマがあり、人を見るとき、斜に構えて、疑う様な嫌な目つきで、下から上まで舐め回す様に見る。
アレックス達は男だからまだいいが、こんな目で女性が見られたら、それだけで痴漢されている様な気分だろう。
「竜国の王子が何の用だ。」
ワイバーン王は、アレックスを見て、見るからに不機嫌になった。
話に入ろうとしたが、その前に、アレックスには気になっている事があった。
「その前に、あんたの後ろにとぐろを巻いてる黒い霧の様な物はなんだ。闇の力でも借りているのか。」
「な、なんだそれは…。」
ワイバーン王が怯え始めた。
それを見て、すかさずアンソニーがアレックスに教えるフリをしてこれ見よがしに言った。
「それは、闇の力では無く、亡者の怨霊でございます。王に怨みを持つ亡者共が、ワイバーン王をとり殺そうと、始終纏わりつき、害をなそうとしているのです。身体がだるかったり、頭が痛かったり、しょっ中体調がお悪いでしょうなあ、あんなに憑いていては。その内、亡者共に殺されてしまうでしょうな。」
「お、おい!魔導士!なんとかならんのか!」
「して差し上げても良いが…、ねえ、アレックス様。」
アンソニーの作戦が分かり、アレックスは乗った。
「そうだなあ。でも先ずは、行いを正して貰わん事にはな。こういう地獄の亡者というのは、悪い行いをする奴が大好きで、離れないんだろう?」
「はい。その通りでございます。人の悪い行い、悪い心が格好の餌となり、どんどん増えて行くのです。この国自体にも、すでに相当な数の亡者が溢れておりましたからな。このまま行ったら、ワイバーンは亡者に取り殺されて、人っ子一人居なくなるかもしれませんなあ。」
どうも、亡者の存在は皆心当たりがあるらしく、王だけでなく、居並ぶ重臣全員が震え上がり始めた。
重臣の1人が、アンソニーにすがる様に聞いて来た。
「最近我が家で、人のいない部屋から物音や、呻き声がするのじゃ…。それもいつかワシを襲ってくるのであろうか…。」
「あなたでなくても、ご家族の一番弱い方、お子さんはおいでかな?」
「おる!13だが、怪我をしたり、病気をしたりしてばかりじゃ!」
「もう出てますなあ!」
「なんと…!た、助けて下され!魔導士殿!」
どうもこの国の人間は、信じやすいのか、根が怖がりなのか、あるいは、悪い行いという部分に、心当たりがあり過ぎるのか、あっという間に怨霊の祟りを信じ込み、アンソニーとアレックスに、助けてくれと全員ですがってきてしまった。
満を持してアレックスが王に言った。
「あなただけでなく、国民全員が困っている様だ。どうする?俺の言う通りにするか。」
「言う通りにすれば、本当に怨霊の祟りから、救ってくれるのだな?」
「できるだけの事はしよう。ただし、こういう怨霊というのは、無尽蔵にいるらしい。あんたが本当に性根を入れ替えなければ、一生ついて回るものだ。いい人間になって、正しく生きる覚悟があるのかな?」
「ー取り敢えず、何をすればいいのか言ってみろ。聞いてからにする…。」
「先ず、他国をいきなり占領し、奴隷にするのはもうよせ。そして、アーヴァンクと真の意味で和解しろ。アーヴァンクでは羽根を持たぬ者を差別し、ここでは、羽根を持った者に残酷な仕打ちをして差別すると聞いた。そんな事はもう止めて、アーヴァンクとまた一つの国になって、羽根が有ろうが無かろうが、平等に暮らせる国を作れ。アーヴァンクと一つの国になれば、他国を接収しなくても、暮らしていけるだろう。」
「ー折角手にいれた物を手放し、アーヴァンクなどと仲良くやれだと!?」
ワイバーン王は顔を真っ赤にして立ち上がると、怒りの形相でアレックスを指差して怒鳴った。
「こいつを虎の檻に入れて、八つ裂きにしろ!」
アンソニーがここぞとばかりに叫んだ。
「では、怨霊共に呪い殺されていいんですな!?この怨霊は、皆、ワイバーン王が無情に残酷な殺し方をさせた者たちですぞ!このまま悔い改めないのでは、私も怨霊達を説得して、あの世に上げてやる事など出来ない!」
王以外の誰もがそれを聞いて、固まった。
元々、ワイバーン王のやり方には、罪悪感を抱きつつ従っていたのだろう。
身に覚えがあり過ぎて、アンソニーやアレックスの言う事を全て信じ込んでしまったようだ。
その場に居る、重臣達を含めた家来達は、王の命令にも動かず、暫くヒソヒソと相談していたかと思うと、いきなり、王に襲いかかった。
「きっ、貴様ら!何をするのだ!ワシは、あの男を捕らえよと言ったのだ!」
「こんな嫌われ者の国なんかごめんなんですよ!羽根が生えたっていいじゃないか!なんであんな思いまでして抜かなきゃならないんだ!」
そう言った家来の背中にもコブがあった。
「そうだ!ワイバーンと聞くだけで、みんな眉を顰めて逃げて行くんだ!」
「なのに、贅沢してるのは、あんただけじゃないか!」
「そうだ!その上、あんたの行いのせいで、怨霊に祟られたりしたら堪らん!あんたが死ね!」
「そうだ!檻に入れてしまえ!」
止める間もなく、ワイバーン王は虎の檻に投げ込まれ、虎に食われてしまった。
ダリルも、アレックスも、あまりの展開に呆然としている。
「アレックス様…。手間が省けたと言えばそうなんですが…。」
「いいのかな、こんなんで…。」
アンソニーが動揺を隠す様に、敢えて冷静に言った。
「ま、まあ、国王は国内でも嫌われ者、重臣でさえも不満が溜まっていたという事でしょうな。」
「でも、アンソニー、さっきの話、本当なんだろうな?俺には、ワイバーン王の後ろに黒い渦の様な霧みたいなのが見えただけだ。」
「はい。大体合っています。あれは怨霊の塊でしたし、この国は、確かに怨霊が多い。人々の顔色が悪いのも、ワイバーン王の顔色が悪かったのも、そのせいでしょう。まあ、多少誇張はしておりますがな。ははは。」
「おいおい…。」
「満更嘘でもありませんし、騙したわけでもありませんよ。全部綺麗にあの世行きにしてやれば、問題無いのでは?」
言ってる側から、アンソニーに重臣やその他の家来達が縋り付いて来る。
「魔導士殿、何でも仰る通りに致します。何卒お願いいたします。助けて下され…。」
「はいはい。すぐにやりましょう。」
アンソニーが国内全ての怨霊を祓ってやり、ワイバーン国を出ると、アデルとリチャードが仲良く談笑しながら、さながらピクニックの様にテーブルを出して、お茶を飲みながら待っていた。
「兄上…?義父上までどうなさったのですか。」
「アデルから知らせを受けてな。手分けして、ワイバーンが占領した国々へ行き、ワイバーンの占領を解いたのだ。同盟も結んだ。ワイバーンはこれで、あの土地しか領土は無くなったぞ。」
「ありがとうございます。ワイバーン王は…、えー、若干騙した様な気がしますが、亡くなり、重臣達は、アーヴァンクと一つ国にし、もうアコギな事はやらないと約束しました。」
アンソニーが、不機嫌そうに異を唱えた。
「騙してなど居りませぬぞ?あれは、私達魔導士側から見れば事実です。」
「しかし、あの脅し方はどうなんだ。また悪さをしたら、直ぐに怨霊に襲われるぞだなんて。」
「それも嘘ではございませんよっ!?」
「なんだか、悪徳魔導士の匂いがするんだが…。」
「悪徳魔導士とはなんですか!」
アデルが笑いながら間に入った。
「まあ、いいじゃないか。戦略の内だ。戦もせずに終われたのだから。怨霊騒ぎが通るのも、それなりに後ろめたい事があったり、国王に不満があったからだろう。アーヴァンクもそれでいけ。アンソニー。」
「はい。承知致しました。」
「全くもう…。」
呆れるアレックスに、リチャードが意味深に微笑んだ。
「なんです?」
「ちょっとした褒美を連れて来た。」
リチャードの後ろから、マリアンヌがひょこっと顔を出した。
「マリー!」
人目も憚らず、マリアンヌを抱き上げて、抱きしめるアレックスを、皆で笑う。
「寂しかった?ごめんね。」
「ご無事で何よりですわ。」
嬉しそうにアレックスに抱かれているマリアンヌにアデルが言った。
「後はアーヴァンクとワイバーンを一つの国に整えるのを手伝うだけだから、もう少しで帰れるからな。」
「はい。お義兄様。」
そして、アレックスを見つめて微笑んだ。
「いい子で待っていますわ。世界を平和にして来てください。」
「うん。」