ワイバーン王
ワイバーンへ向かう準備をしていると、ダリルとアンソニーが駆け付けた。
「どうした。」
「ワイバーンにお一人で向かわれると、エミール様からのお手紙に書いてありましたので、アデル様が行って来いと仰せに!」
心配し過ぎて、怒っているかの様な口調のダリルが言う。
「兄上が?」
「そうです!」
「ではお怒りでは無いのか。」
「はい。笑っておいででした。ワイバーンの扱いは苦慮しておられたのです。竜国の支配下や獅子国の支配下や協力関係にある国は表立って攻撃はして来ない。逆に、竜国、獅子国という大国とは対立している国ばかりを占領しています。しかもその占領の仕方が酷すぎる。略奪し、国民を全て奴隷扱い。あれでは国家では無く、単なるヤクザ組織だと。表立って竜国絡みの所に攻撃をしかけているわけではないので、こちらから戦を仕掛けるわけにもいかず、困っていらっしゃいました。」
「今回、レーベンに襲わせたのは、全て竜国絡みの国だが、挙兵は待って下さると?」
「はい。アレックス様にお任せすると。ただいつでも攻め入れるように、国境に兵は配置されるそうです。」
アレックスは嬉しそうに笑った。
「兄上は、やっと兄上らしくなられた様で良かった。フィリップのお陰だな。」
アンソニーも微笑んで、アレックスを見つめた。
「貴方様のお陰でもあります。」
「いや、俺は何も…。」
ふと人の気配がした。
扉の方を見ると、彦三郎に連れられ、アリスが立っている。
「どうした。」
「この娘、何か役に立てる事はないかと申しておる。なんなら、ついて行くと。」
「それは危険だ。お前はここに居ろ。」
「私はワイバーン王に会った事はありませんけど、噂は聞いた事があるんです。」
「どんな?」
「ワイバーンには、時々、背中に大きなコブが二つ出来て、背中の曲がっている人が居ます。そういう人は、差別されて、働き口も無く、酷い暮らしを強いられているのですが、その人達のそのコブは、羽根をもぎ取った痕らしいの。」
「羽根を…もぎ取る…?」
アレックス達は耳を疑ってしまった。
ワイバーン人は元はアーヴァンク人だ。
その当時羽根が生えなかった者でも、羽根の生えるアーヴァンク人の血は入っているわけだから、何年か経てば、羽根を持つ体質者が生まれてもおかしくはない。
そのアーヴァンク人の羽根は取って付けた様な物ではない。
骨の一部として、身体の構造と一体となっているものだ。
それをもぎ取ったりしたら、相当な痛みであろうし、また、後々まで、コブや背中が曲がるという不具合が出るのも当たり前の事だろう。
そんな残酷な事をするとはと、俄かには信じ難かったのである。
「はい。私も初めて聞いた時はびっくりしました。でも、ワイバーン人のアーヴァンク人に対する憎しみは凄いです。羽根があるって事が本当は羨ましいんじゃないかと思う位、憎んでいます。だから、アーヴァンク人の象徴である羽根は忌むべき物という訳で、有無を言わせず、手術でもぎ取るのだそうです。レーベンは、そのもぎ取った羽根を見せられたんです。全て終わったら、レーベンに付けてやるからって。」
「そうか…。なるほどな…。」
「それで、そのコブが国王にもあるらしいんです。」
「国王は元羽根持ちだったと?」
「はい。噂ですけど、そんな話を酒場では何度か聞きました。」
アンソニーが難しい顔になった。
「実に複雑な国王ですな。怨み憎しみ逆恨みと、マイナス感情の全てを抱え込んでいそうな人物ですな。」
「ほんとだなあ。」
困った顔で相づちを打つアレックスにアリスは更に告げた。
「その上、見るに堪えないブ男だと聞いてます。アレックス様の様な美しい男性は、見ただけで死罪にするとか聞いた事があります。」
途端に真っ青になるダリル。
「やめましょう!アレックス様!話は抜きで、攻め入ってしまいましょう!!!」
ダリルの焦り顔を見て、吹き出したアレックスは、アリスに言った。
「情報を有難う。なんとなくワイバーン王がどんな奴なのか分かったよ。それなりに気をつけるとしよう。」
「あの…、私も何かお役に立てるかもしれません。連れて行って下さい。」
「それはいけない。お前は散々あいつらに売りたくもない媚を、生きる為に売って来たのだろう?もう自由に生きろ。母や兄にも会えたのだろう?」
アリスの母と兄は、麒麟国に逃れて来ており、殿様の計らいで会えたらしい。
「じゃあ、行こう、ダリル。」
アレックスが旅立つ後ろ姿を、アリスがポーッとなって見ている。
彦三郎は訝しげにそれを見ていた。
「女、あんなにアの字に食ってかかっていたというに、掌を返したようなその親切ぶり。裏でもあるのかと疑うてしまうわ。」
アリスはキッと彦三郎を睨みつけた。
「そんな物無いわ!私はこれから罪を償う為に、お殿様の仰った様に、親の無い子供達の面倒を無償でみる事にしたんです!アレックス様に協力したいだけよ!あの方は、本気で、この世の中を良くしようと考えていらっしゃるわ!その手助けをして何が悪いのよ!」
若干暑苦しくも、必死に語るアリスの様子を見て、彦三郎は、今度はニヤニヤと笑い出した。
「惚れたか。」
真っ赤になってモジモジとスカートを揉むアリス。
「確かにアの字はいい男だしな。人間も良いし、顔も良ければ、腕も立つ。少々大雑把なのがハラハラさせるが、それも味があると言えば、まあ言えないことも無い。」
今度はうっとりとしている。
「しかし、水を差すようで悪いが、アの字には妻がおる。」
「はあっ!?」
まさに鳩が豆鉄砲を食らった様な、美人台無しの素っ頓狂な顔になって、彦三郎を見ると、彦三郎の着物を掴み、出会った時の様に怒鳴り散らした。
「奥様がいらっしゃるの!?誰!?どんな方!?馴れ初めは何!?どうせお見合いでしょう!?」
「元ペガサス王妃だ。仕事で攫ったものの、アの字が惚れてしまい、そのまま貰ってしまった。とても可愛らしい、朝露に濡れたピンクの薔薇の様な可愛らしいおなごじゃ。そちとは正反対じゃな。」
今度は真っ青になって、床に崩れる様に、倒れ込んでしまった。
「そんな…。やっと見つけた理想の男性なのに…。」
「アの字は昔からおなごにそう言われていたが、ちっともなびかなかったぞ。」
「ああああー!」
今度は泣き出す。
ーああ、面倒なおなごだ…。そういえば、前にもこんな事が無かったか?そうだ、アの字が付き合うたおなごと気が合わず、一方的に別れを言って、残ったおなごが、なぜか俺の所に来てこの様に…。あの時は、長屋の住人も、奥まで俺の妾と勘違いして、とんでもない騒ぎになったぞ…。もう、どうしてアの字のおなご問題で、俺が迷惑を被らねばならぬのか…。帰って来たら、ただではおかんぞ、アの字…。
アリスの泣き声に両耳を塞ぎながら、固く誓う彦三郎だった。