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怨みの花  作者: 桐生初
16/20

2人の犯人

アレックスは、棺桶の中のレーベンと向かい合っていた。


「治療を受けるか。」


「ああ…。私だって、人の命で生きるなど嫌だ…。」


「では、手配して貰った医者を連れて来る。」


立ち上がったアレックスをレーベンが呼び止めた。


「でも、死刑は嫌だ!」


アレックスはレーベンを睨みつけた。

棺桶越しでも、竦んでしまう様な、激しい怒りの目だった。


「お前は自分がしでかした罪の重さが全く分かってないんだな。

お前が殺した何百人という人達全員に、親や子供、妻や夫という家族が居たんだ。

その人達の命をお前は、自分の命惜しさと羽根欲しさの為に奪ったんだ。

一瞬にして、全てを奪われた人達の気持ちに思いを馳せろ。

大切な者を守る暇さえ与えられずに、死んでいった者達の無念を考えてみろ。」


レーベンはすすり泣きを始めた。


「治療は受けさせてやる。根性叩き直すのはそれからだ。」




ところが、麒麟国で1番の腕を持つという医者も、首を横に振った。


「こりゃあ、俺の手には負えねえよ、アーさん。」


「駄目か?」


「うん。だって、肺の中に胞子が入っちまって、体質まで変わっちまってるってこったろ?漢方で地道に体質改善は出来るかもしれねえが、肺の中に巣くっちまった胞子を出すってのがさあ。結局、その胞子を全部取り出さなきゃ、吐く息で人が死ぬのは、変わんねえだろ?魔法使いでもなきゃ出来ねえよ。」


「魔法使い…。最高聖魔導士なら?」


「だったらいけんじゃねえの?」


「なら、知り合いに居るぜ。」


「はあ…。流石王子様だねえ…。」




アレックスは、手紙を書いて、イリイに持たせると、グレーのマントの女、アリスの牢に行った。


アリスは、麒麟国の役人や殿様がいくら聞いても、口を割らず、ワイバーンについても、何も話さないらしい。


行きがかり上、殿様直属で仕官する事になった彦三郎も付いて来た。

見るからに上機嫌である。


「報奨金はたんまり貰えたか。」


「そうなのだ。その上、賞金稼ぎ並みの俸禄もいただける事になった。定期収入は、非常に有難い。奥は喜びの余り、寝込んでしまったがな、はははは。」


「苦労かけ過ぎだろう。いつも真っ黒になるまで働いて…。あんなに子供産ませて…。可哀想に…。」


「何を言うか、アの字。子は宝だ!」


「ーいや、宝というのは分かるが、ああ多くては、奥方も身が持たんだろうと言っている。」


「仕方なかろう!?おなごが生まれるまで頑張ろうと、約束したのだ!」


「が、頑張ろうって、まさかまた…。」


「ふふふ。今度こそおなごじゃ。」


ーいや!ここまで来たら、今度も男だろう!?


喉元までそう出かかったが、それは飲み込み、黙ったまま、頭を振った。




アリスは、アレックスを一瞥すると、膝を抱えてそっぽを向いた。


「伯爵が死罪になってから、どんな暮らしをしていたんだ。」


「……。」


アリスが答えないので、彦三郎が逆にアレックスに聞いた。


「この女の親父と申す輩は、何をしたのだ。」


「伯爵は、今は竜国となっている、ラドンという、当時はかなりの勢力を持っていた国王と結託し、父上を殺す計画を練り、暗殺者を引き入れた。

暗殺計画に気付いた父上は、伯爵を呼んだ。

計画がばれたと焦った暗殺者は、母上を殺し、自殺した。

ラドン国王は非情で有名な男で、暗殺計画が失敗したら、暗殺者の家族を殺すと言っていたそうだ。

父上暗殺は失敗しても、母上を殺し、自分も自殺する事で、家族を守ろうとしたらしい。

伯爵は、それにより、全てを打ち明けたが、伯爵が引き入れた暗殺者が、王妃を殺害したという事で、罪は重くなり、裁判で死刑と決まった。」


「アの字の母君は、暗殺者に…。それは辛かったであろう…。」


「そうだな…。初めて人を憎いと思ったかな…。まだ10歳で、幼かったのかもしれないが…。

でも、その時、父上に言われたんだ。憎しみは、身を滅ぼす。

憎しみに囚われると、人は、無間地獄に堕ちていくように、それしか考えられなくなり、憎しみの心に支配されるようになってしまう。

伯爵は、欲に駆られてやってしまった、そんな人間の事を憎んで、憎しみに囚われた寂しい人間になって欲しくないとね。」


「うんうん。その通りだな。立派なお言葉だ。」


「許せないのはいいが、憎むとか恨むというのは、自分にとって良くない事だと、その時知った。

その伯爵が処刑された後、妻子がどうしたのか、俺は知らない。

辛い思いをしたであろう事は、想像に難くないが、その辛い思いをさせたのは、父親の罪だろうに、何故、その父親と同じ様な事を娘がしているのか、気になってね。」


アリスは、アレックスの話を黙ったまま暗い顔で聞いていた。


「女、辛い思いは、アの字一家がさせたと思うておるのか。」


「ーそうじゃないわ。私は竜国の人間が、特に騎士が嫌いなだけ。」


アレックスは、当初感じた事を確認してみる事にした。

アリスは騎士に裏切られた事があるのではないかと思った事だ。


「騎士に虐められたのか。」


「ーそうよ。何処へ引っ越しても、あのチェスターという騎士は、私達が何者であるか、町や村の人々に言いふらした。

王妃様も、エミール陛下も、国民に愛されてたから、みんな私達を父同様に憎んだ。

歩いていれば、石を投げられ、家には火を点けられ、買い物に行っても、私達には売ってくれない。

暮らせなくなって、引っ越すと、またチェスターが現れる。

その繰り返しで、竜国の領土には居られなくなったわ。

流れついたのは、ワイバーン。

ワイバーン人は、竜国の女が好きだから、母は酒場や男を相手にする仕事で稼げた。

でも、兄は、ワイバーン人には嫌われ、仕事先でも虐められ、ワイバーンからも出て行く羽目に。

私は母が始めた酒場で一緒に働いていたけど、ワイバーン軍の偉い人にアーヴァンクの王子の世話をしないかと誘われたの。

計画を聞いて、私達を酷い目に遭わせた人達に復讐出来ると思ったわ。」


「出来たのか、復讐は。」


「ええ。」


「それで気分はいいか。もう10年も前の事だ。10歳以下の幼子は、お前の事を知りもしない。レーベンが殺した中には、そういう子供達も、大勢居ただろう。

麒麟国やペガサス国の人達は?お前に何かしたか。」


アリスの手が震え始めている。


「利用されたのは、お前も同じ事だろう。お前のその憎しみに支配されて、何も見えなくなった状態を、ワイバーンは利用したにすぎないんだ。違うか?」


「ーそうね…。でも…、でも、憎まないなんて出来ないわ!あなたみたいに、そんな風に割り切れないの!人間は!」


「出来ないなら、それはそれで仕方がない。お前が罪も無い人間を殺す手伝いをした事を悔いているなら、知ってる事を全部話せばいい。それで多少は償えるだろう。」


「でも、チェスターはどうなるのよ。騎士様は、のほほんと暮らしてるのよ。そんな事許せないわ。」


すると、牢屋の外から声が聞こえてきた。


「チェスターは死んだわい。」


エミールの声だった。

アレックス達が慌てて振り返ると、エミールとハッセルが立っていた。

アリスも慌てて跪いて、頭を下げた。


「娘、チェスターも正しく憎しみに囚われ、支配され、食い潰されておった。

ワシやエリーゼを大切に思ってくれる気持ちは有難かったが、そんな逆恨みの様な、意地の悪い事をやっておったとはな。

その当時はそんな事をしているとは知らなかったが、顔つきは変わってしまっておった。

何かに囚われた様な目をして、すっかり余裕を失くして。

そんな状態で、戦に連れて行くのは憚られたが、ラドン攻めにはどうしても行く、ワシの側を離れぬと強情に押し通してな。

仕方なく連れて行ったが、敵の罠にやすやすとはまってしまい、罠だと申しておるのに、1人で行ってしまい、死んでしまった。

槍が何本も突き刺さり、無残な死に様であった。」


エミールはアリスを見つめた。


「これで満足か?しかし、同時に分かったであろう。憎しみは己を滅ぼすものじゃ。以前のチェスターなら、あり得ぬ死に方じゃ。」


「ーはい…。」


「アレックス、少し考えさせてやれ。」


「はい。」




レーベンの牢屋にハッセルとエミールを案内すると、アレックスはレーベンに自分の大剣を見せながら言った。


「今から治療の為、そこから出すが、ここにいる人間に何かしたら、その場で真っ二つだ。いいな?」


「わ、分かった…。」


レーベンがマントで口元を覆いながら出てくると、ハッセルはレーベンに聖水を飲ませ、古代語の呪文を唱え始めた。


レーベンが咳をし始めると、紫色の小さな粒が口から出て行き、ハッセルの呪文で、キラキラとした光の粒となって消えて行った。


レーベンの顔色は目に見えて良くなっている。


「なんだか身体が軽い…。」


「もう胞子は無くなっているはずですぞ、アレックス様。」


「ありがとう、ハッセル。」


アレックスに睨まれ、レーベンも慌てて礼を言った。


「じゃあ、町を見に行こう。」


「え…。」


「お前は庶民の暮らしなど見た事が無いだろう。だから、全てに実感が湧かないんだ。先ずは見てみろ。そこで飯も食わせる。」


「わ、分かった…。」


するとアレックスは、突然小さくなって、エミールを不安そうな目で見つめた。


「どうしたのじゃ。そんな顔は初めて見るな。」


「父上、申し訳ありませんが、金を少々お借りしたい…。」


エミールは大きな青い目を見開いて、まじまじとアレックスを見つめた。


「金!?お主、金に困っておるのか!?」


「はい…。ついては、イリイもそろそろ餌の時間ですので、肉も…。」


エミールはハッセルと一緒に、腹を抱えて笑い出し、金貨の入った袋を持たせた。


「相変わらず愉快じゃのう。分かった、分かった。ほれ、これを持って行け。イリイの餌も案ずるな。」


「申し訳ありません。必ずお返し致します。」




アレックスは、馬の後ろに男の格好に着替えたレーベンを乗せ、城下町を歩いた。


「よく見るんだ。皆、懸命に家族で力を合わせて働いて、自分の糧を稼いでいる。我々王族は、その者達を守り、そして、国民が稼いでくれた金で暮らしているんだ。」


野菜を運びながら売る者、店を構えて、商いをする者。

レーベンは、真剣に見つめている。

店先で客を見送っている、着物問屋の主人らしき男に、店から出てきた娘が声をかけている。


「おとっつぁん、ご飯よ。」


「おう、ありがとよ。」


2人が仲睦まじい様子で、店の中に入って行くのを見て、レーベンは目を伏せた。


アレックスはその様子を見ながら、食事を提供する店に入った。


応対に出てきた娘に注文する。


「こいつ、暫く病気で何も食えなかったんだ。消化のいいものを頼む。」


「まあ、お可哀想に。じゃあ、おかゆかなんかがいいかね?」


「うん。」


粥を持って来ると、娘は心配そうに、直ぐに食べ始めようとするレーベンに言った。


「ゆっくり良く噛んで食べなきゃダメだよ?ほら、先ずこれを飲んでから食べな。」


娘がそう言いながら味噌汁を差し出すと、レーベンは素直に飲み、目を閉じた。


「美味い…。とても優しい味がする…。」


「本当かい?味噌汁の出汁はね、いつもアタシが取ってんだよ。良かったあ。お代わりはあるからね。ゆっくり。ゆっくりだよ?いいね?」


娘は忙しく走って行き、他の客の応対をし始めた。


レーベンは味噌汁の椀を置くと、泣き出した。


「こういういい人達、罪も無い人達を私は…。」


「そうだ。事の重大さが分かったか。」


「分かった…。嫌という程分かった…。」





その頃、エミールは、麒麟国の殿様と2人でアリスと向かい合って座っていた。


「娘。気持ちの整理はついたか。」


「はい…。アレックス王子と、陛下の仰る通りです…。」


殿様はキセルをふかしながら、アリスを見つめた。


「来た時よりはマシな顔んなってるな。俺達の国にこういう言葉がある。『人を呪わば穴2つ』ってな。結局、人を怨んで呪ったら、自分の身にも同じ事が降りかかるってこった。だが、因果応報って言葉もある。人に呪われる様な事をしたら、いつか自分に返って来るって事だあな。」


「はい…。本当にそうですね…。少しでも罪が償えるなら、知ってる事は全てお話しします。」


「おう。宜しく頼むぜ。で?」


「ワイバーンはあの怨みの花の存在を知っていました。

ですから、誰か手折る者が出て来たら、そいつを使って、他国を攻撃し、森に阻まれて、侵略不可能になっているアーヴァンクを乗っ取り、そのまま一気に世界征服という計画を立てていました。

今まで小さな村から徐々に人口の多い所を襲わせていたのは、実験です。

レーヴ1人で、どの位の頻度でどの位の人数を殺せるかという。」


「アレックスの読み通りだった訳じゃな。他には?」


「レーヴが使えそうだったら、もっと怨みの花人間を作ろうと話しているのを聞いた事があります。」


殿様がガッと立ち上がった。


「そりゃ不味いぜ!だから、お前さん達も見捨てたんだな!代わりならいくらでも作れるって訳だ!怨みの花、なんとかしねえと!」


「麒麟殿、それに関しては案ずる事は無い。うちの愚息のアデルが怨みの花の報告を受けて直ぐ、森は閉鎖。怨みの花も全て根絶やしに焼き尽くした。」


「おお、流石だぜ。だが、そうなると…。」


「全力でレーベンを奪い返しに来るであろうな。」


「おいおい、レーベンは息子と一緒だぜ?心配じゃねえのかい。」


「アレックスなら、なんとかするであろう。」


殿様は笑い出した。


「聞いてた通りの面白いお方だな。まあ、一応こっちでも兵は出しとくぜ。」



















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