殿様との対面
アレックスに、グレーのマントの女、彦三郎の3人を乗せ、レーベンの入った鉄製の重たい棺桶まで掴んでいるイリイは、かなり辛そうだが、頑張って飛んでくれている。
彦三郎が仕留めてくれた猪肉のお陰かもしれない。
「彦三郎、麒麟国の殿様はどんな人だ?話は分かる方か?」
「うむ。我が国は、人種が入り乱れているであろう?まとめあげて、治安を維持するには、相当な寛容さが要求される事と思う。庶民から見ていても、なかなかの政をなさっていると思う故、話も分かる御仁のはずだ。」
「よし。麒麟国の殿様に話を聞いて貰おう。あそこは中立国だしな。」
すると、何故か彦三郎は不気味な高笑いをし始めた。
「どうした、彦三郎…。」
「下手人を殿の御前に差し出せるとなれば、報奨金もなあっ!あははは!笑いが止まらぬ額になりそうだ!アの字、そなたももう大鷹の餌代に窮せずとも済むぞ!」
「な、なるほど…。確かに…。」
アレックスに抱えられて、大人しくなっていた女が馬鹿にした様に笑った。
「流石王子様ね。お金には興味無いのかしら?」
「いや。金が無きゃ暮らせないし、イリイにも食わせられない。興味はあるが、時々忘れる。」
女は不貞腐れた様な顔になった。
「変な人。」
「それはよく言われる。」
「王子様のくせに、どうしてお金に困っている様な口ぶりなのよ。」
「俺は王子はやってない。便宜上名乗る時は使わせて貰ってるが、賞金稼ぎで暮らしてる。」
「どうしてよ!お城に居ればいいじゃない!」
「ー何故そんなに怒っている?名前は?」
「関係ないでしょ。」
「無くはない。呼ぶのに、名前があった方が都合がいい。」
「ーアリスよ…。アリス・マクダーソン…。」
「ーアリス・マクダーソン…?マクダーソン家の者か?」
「そうよ!だったら何!?罪人の娘だから、殺す!?だったら、今すぐ殺しなさいよ!」
アリスと名乗った女が暴れ始めると、流石にイリイがぐらつきだした。
「暴れるな!ここから落ちたら、グッチャグチャの死体になっちまうぞ!」
アリスは静かになった。
美貌を誇りにしている様だから、死体になっても、グチャグチャは嫌なのだろう。
「マクダーソン伯爵は、もう裁かれて、罪は償った。マクダーソンの人間だからと言って、殺したりしないし、色眼鏡で見たりしない。」
「嘘よ…。」
アリスは唇を噛み締め、泣くのを必死に耐えていた。
アレックスは、その表情を見て、マクダーソン伯爵の事件と、マクダーソン家の没落を思い出していた。
「ー伯爵の罪は、お前の罪じゃない。」
アリスは、目を真っ赤にしてアレックスを睨みつけた。
「綺麗事言わないでよ!父が国を裏切ったせいで、王妃様は亡くなったんじゃないの!あなただって、恨んでいるはずよ!父の娘である私の事を憎んでるはずだわ!あなたのお母様を殺したも同然の人間の子供だもの!」
アレックスは悲しそうな目でアリスを見た。
「何よ…。その馬鹿にした様な目…。」
「馬鹿になどしていない。恨んでも憎んでもいない。伯爵の事も、許せないだけだ。お前が伯爵の娘であろうがなかろうが、関係は無い。寧ろ哀れに思う。」
「哀れですって!?」
「そろそろ城に着く。少し大人しくしてろ。」
城に着くと、アリスとレーベンを頑丈な牢屋に入れて貰い、アレックスと、彦三郎は謁見の間で待たされた。
畳の座敷で、アレックスは片膝をたててしゃがみ、謁見に失礼無い様にしつつも、キョロキョロと座敷中を見ていた。
「彦三郎、あの見事な彫り物がしてある壁はなんだ。」
「あれは欄間と言う。」
「お前んちには無いな。」
「今度の家にはあるわ!」
「おい、あの素晴らしい絵が描いてあるのはなんだ?左右で対になってるぜ。きれいだなあ。」
「あれは襖だ。扉なんだ。観賞用の絵ではなく。」
「おい、あれは?殿様の席の隣にある、小さい椅子!」
「あれは脇息という!休まれる時にお使いになるものだ!もう!落ち着かぬか!アの字!」
「だって、お前んちに無いもんばっかじゃないか!面白くてさあ!」
「その内買うわああ!」
殿様が笑いながら入って来たので、2人は慌てて頭を下げた。
「肩っ苦しいのはごめんだぜ。えーっと、竜国の第二王子のア…。おう、アの字でいいよな。と、前田彦三郎だったな。よお、彦の字。おめえ仕官しな。俸禄は弾んでやるからよ。」
いきなり早口で話を進めていく殿様に、彦三郎は面食らい、アレックスは微笑んだ。
ーこれは確かに話が早そうな人だ。
「んで?下手人捕まえてくれたって?なんで竜国に連れ帰らねえんだ、アの字。」
殿様は、笑顔ながらも、一分の隙も無い、鋭い目つきでアレックスを見つめていた。
人は決して悪そうではない。
だが、この小国を中立国として、他国の侵略を受ける事無く守り切ってきたのは、この全てを見破る目のお陰だろう。
下手な言い訳は通用しないし、隠し事も無駄だ。
そう判断したアレックスは、全てを包み隠さず話す事にした。
「アーヴァンクとワイバーンの蟠りは、大昔、アーヴァンクにレーベンの様な羽根の無い王子が生まれたのが発端です。
羽根の無い王子や国民が多数生まれたのは、他国の羽根を持たない人間と婚姻関係結んだからです。
しかし、当時のアーヴァンク国民は、そうとは考えず、羽根が無い人をアーヴァンクから追い出した。
王子も例外では無く、廃嫡にされ、城から追い出されたのです。
王子は森へ逃げ込み、アーヴァンク王達を恨み呪って、血の涙を流した。
そして、その血で怨みの花が咲き、それを手折った者は、その花の胞子を吸い込み、花同様、他の動植物の命を吸い込まねば死ぬ状態になる。
ワイバーンに逃れ、建国した廃嫡された王子は、その花を手折り、怨みの花人間になった、羽根の無いアーヴァンク人にアーヴァンクへ行かせ、復讐させました。
今回の事件の様に、アーヴァンク国民を灰にしてしまったのです。
それで、アーヴァンク国民は、羽根の無い者が生まれるのは不吉の前兆とする様になり、いくら国王が純潔政策はやめだ、差別を無くせと言っても、羽根の無いアーヴァンク人は未だに森や他国に捨てられています。
あるいは、ワイバーンに逃れるしかないのかもしれない。
ワイバーンは建国の経緯から言っても、アーヴァンクを怨み、呪っている。
ワイバーンは、怨みの花の事を知っており、レーベンが怨みの花を手折ったのを嗅ぎつけ、利用した様です。
今までの各国への攻撃は、レーベンが一度にどれ位の人数を殺せるか、また、何人殺したら、何日間空腹にならないのかを調べる実験だったのではないかと思っています。
ただ、ワイバーンの最終目標が、アーヴァンク乗っ取りなのか、世界乗っ取りなのかは、今のところ、分かりません。」
「ふんふん。そういう経緯があるわけかい。実はな、ここはワイバーン人も住んでるんだが、ワイバーンってえのは、元はとても小さくて貧しい国だろ?畑も肥えねえんだとよ。そんで、他国を強引に潰しちゃあ、兵隊には金はやる。庶民は飢えてる。当然庶民の不満は溜まる。それをどうやって逸らしてるかっていやあ、アーヴァンクの悪口なんだとさ。今、アの字が言ったみてえなさ。だから、ガキん時から、アーヴァンク人を憎む事を教えられちまうんだと。」
「なるほど…。それで竜国も敵視してるんですね。」
「らしいな。で、下手人を生かしておくのはなんでだい。」
「レーベンは、ワイバーン建国当時の悪夢を体現してしまいました。よりにも寄って、羽根の生えない王子のレーベンが。ここで、レーベンを処刑するのは簡単ですが、それでは、アーヴァンク国民の差別感情も、忌み嫌う風習も酷くなり、ワイバーンに対する悪感情ももっと酷くなり、ワイバーンは更に孤立し、良くない方向に転がっていくしかないと判断し、即刻処刑せよという命令を出した兄には引き渡しませんでした。」
「そんで?生かしておいてどうするね。」
「先ず治療をさせ、元の人間に戻します。その上で、自分がした事を反省させます。私は、レーベンが、両国の問題点を解決する糸口の様な気がするんです。処刑はそれからでいいと思うのですが。」
「ふーん…。アの字さんよ、するってえとアレかい。つまり、この俺に下手人匿った上に、治療も受けさせてやってくれっつーのかい?」
「そうです。」
「はああ。言うねえ。面白え奴だ。気に入ったぜ。俺とあんたで世界を変えてみるかい。」
殿様はニヤリと笑い、挑戦的な目でアレックス見つめた。
アレックスもそれに答えるかのように、ニヤリと笑って頷いた。