捕獲
人型の棺桶の様なものが出来上がると、アレックスはカールに支払いを頼み、帰っていいと言った。
「いいの?さっき手伝えって…。」
「彦三郎が手伝ってくれる事になったから、いいんだ。」
「ふーん…。じゃあ、お金入ったら返してね。」
そう言って、帰ろうとするカールを真顔のアレックスが呼び止めた。
「ーちょっと待て。」
「え?何?」
「あんた、元々俺に仕事頼もうとしてたんだろ?結局、兄上でなく、俺が調べて、当たりつけてるよな?」
「う、うん…。まあね。」
「て事は、依頼の必要経費だろう。」
「えっ!?」
「というわけで宜しく。んじゃ、レーベンを捕まえてくるぜ。」
「ええっ!?アレックス!?なんなの、急にそのセコさ!ちょ、ちょっとお!?」
アレックスは、棺桶をイリイに持たせて、彦三郎を迎えに行ってしまった。
残されたカールは1人呟く。
「ー全くもう…。貧乏って怖いね…。あのアレックスが凄いケチになっちゃってるよ…。」
アレックスが彦三郎との待ち合わせ場所に降り立つと、彦三郎は、和紙を手に待っていた。
「和紙などどうするのだ、アの字。」
「和紙っていうのは、濾過機能に優れていると聞いた事がある。鍛冶屋に細かい網は付けて貰ったが、レーベンが出す胞子を防ぎきれるか分からない。和紙なら、息が出来る程度の空気は通し、レーベンの胞子は通さないかと思ってな。」
「それはいい。我が国の医者は、疫病患者や、看病する者は、和紙を口元に当てておくのだ。そうすると移らないらしい。」
「じゃあ良かった。」
和紙を棺桶の空気穴に貼り付け、獅子国の、レーベンが次に来ると思われる町へ向かった。
人気の無くなった町の酒場に潜み、レーベンを待っていると、上空に空飛ぶ船が現れた。
船の上に大きな風船が付いているような感じだ。
「アの字、当たりの様だな。」
「その様だ。」
「はああ、あれが例の空飛ぶ船か。よくこしらえたものだ。」
空飛ぶ船は町の片隅に降り、2人の女が降りると、再び飛び去って行った。
降り立った2人は、異様な程の人影の無さに慌て始める。
「あら…。どういう事かしら…。まさかバレたんじゃ…。レーヴ様、引き返しましょう。」
グレーのマントの女はそう言いながら、笛を吹いた。
レーヴと呼ばれた黒いマントの女は、そう言ったグレーのマントの女を、責める様な目で見た。
「無理だ!私はもう、限界だ!」
その声は男の声だった。
アレックスと彦三郎は目を合わせ、ニヤリと笑うと、棺桶を抱えて、一気に飛び出した。
アレックスがレーベンと思われる黒いマントの女の前に飛び出すなり、棺桶の前半分をかぶせ、それと同時に彦三郎が後ろから被せる。
合わせ目がガチャリと音を立て、棺桶は、中で暴れようとも、何をしようとも開かない。
ほっとする間も無く、グレーのマントの女が吹いた笛の音を聞きつけた、空飛ぶ船が戻って来ている。
グレーのマントの女は、空飛ぶ船から出されたロープを掴もうとしたが、そうはさせじと、アレックスは女に飛びかかって抑え、彦三郎は、小柄を投げて、ロープを切った。
空飛ぶ船から兵隊が降りて来るかと思われたが、空飛ぶ船は、2人を見捨てて、飛び去って行ってしまった。
「ちょっと!置いてかないでよ!何考えてるのよ!」
グレーのマントの女が、アレックスに手を縛られながら虚しく叫んでいる。
「見捨てられた様だな。」
「そんな…。そんな筈無いわ!私とレーヴは要だと言われたのよ!」
「ーと言っておいて、使い捨てる気だったんだろう。こっちは2人だ。本気で要と思っていたら、束になって上から襲って来るんじゃないのか。」
「……。」
女は言葉を失い、真っ青な顔で黙り込み、冷たい地面にペタリと座って、項垂れた。
アレックスは今度は棺桶越しに、黒いドレスの女に話しかけた。
棺桶の中から、出せと叫んで暴れている声は、やはり男の声だ。
「おい!お前、レーベンだろう!?」
途端に黙った。
暫くして、か細い声で逆に質問した。
「お前は誰だ…。」
「竜国第二王子、アレックス。」
「アレックス…。あの、綺麗な顔のくせに、大きな剣を振り回して遊んでいた…?」
「そうだ。という事を知ってるという事は、やっぱりレーベンだな。なんでこんな事をしている。」
「……。」
アレックスは、目に怒りをいっぱいにして、棺桶に向かって話した。
「答えろ。怨みの花を手折り、胞子を吸い込んで、動植物の生命を吸い取らないと生きていけなくなったのは調査済みだ。
生き永らえる為だけなら、植物や家畜だけでも、どうにかなる。
それなのに、お前のやってる事は、故意の大量殺人だ。
女装までして、身分を偽り、そんな事をして、恥ずかしくはないのか!王になる立場の人間が!」
レーベンは、気の弱さが諸に分かる様な、か細い声で答えた。
「生き永らえる為には、人間の命が必要だと言われたんだ…。それに、もし、言う通りの場所の人間や家畜を消せば、羽根が生えてくるのだと言われた…。」
「嘘に決まってんだろう!」
グレーの女が突然、居直った様子で、ふてぶてしく笑いながら、会話に入って来た。
「そうよ。本当に世間知らずのおバカさんね。嘘に決まってるじゃない。あんたもワイバーンに利用されただけよ。」
アレックスは、改めてグレーのマントの女の顔をまじまじと見つめた。
「お前…、竜国人だな…。」
「そうよ、王子様。王子自らこんな危険なマネをして、犯人の捕獲だなんて、流石竜国の騎士様とでも言っておこうかしら。」
嫌味たっぷりの嫌な言い方で笑った。
「竜国に怨みでもあるのか。」
「そんなものは別に無いわ。」
しかし、その目には憎しみが籠っているように見えた。
「知っている事を全て話せ。ワイバーンがお前達を助ける気が無い以上、俺達に捕らえられたままでいるしかない。生き延びたければ、話した方が有利だ。」
「そうかしら。全部話したら、殺すんじゃなくて?」
「そんな事はさせない。」
「ああ、竜国の騎士道とやらかしら?騎士様は、女にも騎士道を貫くとでも?」
「相手が女だろうが、子供だろうが、己に恥じない生き方をするのが、騎士道だ。例外は無い。」
「ふん。」
女は鼻で笑った。
騎士に裏切られたことでもあるのか、ふとそんな気もした。
暫くやり取りを静観していた彦三郎は、大人しくなったレーベンの棺桶の上に座り、キセルをふかしながら、空を見ていた。
「ん?大鷹の一団が参るぞ。」
アレックスは空を見上げ、笑いながら頭をかいた。
「ダリル達だ。うーん、ややこしくなってきたな。」
言った側からダリルの叫び声が聞こえる。
「アレックス様ああああー!ご無事ですかあああー!」
アレックスは苦笑で叫び返した。
「無事だ!」
降り立ったダリルとアンソニーは、心配そうに、アレックスの身体をこねくり回す様にチェックしている。
そして、彦三郎の下の棺桶に目をやる。
「こちらにレーベン様が?」
アンソニーが聞いた。
「よく分かったな。カールにでも聞いたのか。」
「はい。アレックス様を追い掛けておりましたら、カール様がペガサスで空中で止まっておいででしたので。」
「アンソニー、あれでも飛んでいて、少しづつ進んでるんだ…。」
「はああ…。あれで…。ああ、失礼しました。それで、犯人がレーベン様と目星をつけられ、捕獲に向かわれたと聞き及び、ダリルと2人で、生きた心地がしませんでした…。流石でございますな、これなら、無事にいられますね。」
「しかし、レーベンは限界なんだそうだ。雑草が生い茂って困っているところにでも連れていかねば、こいつが死ぬ。」
「人が飢え死にするには、時間がかかります。まだ大丈夫でしょう。で…。」
「で、引き渡せと言うか。」
「はい。その女と一緒に、是非。」
アレックスは、ダリルの顔を見た。
ダリルは困った顔で、遠くを見ているんだか、ただ単に視線を外しているんだかという感じで、目は泳いでいる。
こういう時のダリルは、大抵後ろめたい事がある。
「兄上になんと言われているのだ、アンソニー。」
「アレックス様が、レーベン様だと当たりをつけた事をお伝えしました所、アーヴァンク王と話をつけられ、ワイバーンが裏で糸を引いている証言が取れたら、即刻殺せとの仰せでございます。」
「親戚だからこそ容赦はしないか…。それは尤もだが…。」
アンソニーははっきり伝えた後、アレックスを窺う様な目で見て笑った。
「して、アレックス様のお考えは?」
「この問題はレーベンだけの問題では無いんだ。もっと根深いワイバーンとの確執や、羽根のある無しで起きる、アーヴァンク国内の問題が裏にある。それを解決する為には、レーベンの存在が必要不可欠ではないかと思う。だから、罰するのは一回置いておき、レーベンの身体を元に戻したい。」
「羽根のある無しで、国を捨てねばならぬ程の差別があるという現状と無法国家ワイバーンの問題を根底から正すと。」
「うん。」
「分かりました。」
ダリルが真っ青になって、アンソニーを見て、震える声で叫んだ。
「おま、おま、お前はまた!何が分かりましたなんだ!」
「ダリル、アレックス様の仰る事が尤もだと思わんか?」
「そりゃあそうだが、そんな状態の人間兵器を生かしておいて、万が一アレックス様にもしもの事があったらどうするんだ!」
そして、アレックスの前に跪き、珍しく強い口調で言い立てた。
「アレックス様!今回ばかりは、いくら正しい事でも、承服出来かねます!レーベン様は生きているだけで危険です!それに、多くの罪も無い人間を殺しました!このまま生かしておいては、危険なばかりか、死んだ者達も浮かばれますまい!各国の不条理を正すのは、レーベン様を殺してからにして頂きたい!」
アレックスは、悲しそうな目をすると、ダリルの前に同様に跪き、ダリルの手を取った。
「ダリル、その気持ちはよく分かる。だが、羽根の生えない王子が血迷った末起こしたこの事件を、王子を処刑して終わらせてしまったら、羽根の無い者達への差別が、益々酷くならないだろうか。」
「それはそうかもしれませんが、生かしておいても、同じ事では。」
「ー生きているのと、死ぬのと、どっちが辛いんだろうな。」
「ーアレックス様…。」
「罪を背負い、人に責められ続け、それでも生きているのと、この場で死んでしまうのと、どちらが楽だろう。」
「ーそれは…。」
「ーレーベンを処刑しないでくれとは言っていないんだ、ダリル。ただ、今は殺さないで欲しいと言ってる。俺だって、こんな酷い事を、騙されたとはいえ、私利私欲の為にやらかしたレーベンは許せない。罪は償わせたい。だが、今直ぐに殺してしまうのは、待って欲しいんだ。自分がしでかした事の重さと罪深さを分からせてからにしたい。駄目だろうか。」
ダリルはアレックスの目をじっと見つめた後、大きな溜息をついた。
「もう…。アデル様に、なんとご説明すれば宜しいのですか…。」
泣きそうな顔で嘆いている。
「うーん、確かにな。兄上は国主というお立場上、難しいかもしれないな。アーヴァンクとは縁戚だし…。よし、ダリル、目を瞑っていろ。」
「はあ?」
「お前達が来た時には、もう俺はレーベンを連れ去って居なくなっていたと報告しろ。この話は聞かなかった事に。」
「出来ませんよ!今現在こうしてお会いしてるじゃありませんか!私は取り立ててなんの取り柄もありませんが、嘘だけはつかない!だから大鷹に認められたとハッセル様から聞きました!それ以来、どんな嘘でもつかないと決めたのです!」
「そうか。主義を曲げさせる訳にはいかないな。じゃあ、ごめんな。」
「は?」
アレックスはダリルが聞き返す前に、ダリルのみぞおちに肘鉄を食らわせ、気絶させてしまうと、彦三郎に言った。
「逃げるぞ!」
「んん!?しょ、承知した!」
アレックスは、グレーのマントの女を小脇に抱え、彦三郎とイリイに乗り、飛び去って行った。
アンソニーが腹を抱えて笑いだすと、ダリルが目を開けた。
「ーん?ああ!アレックス様は!?」
「お逃げになられた。」
冷静に言うアンソニーに、八つ当たりの如く食ってかかる。
「逃すなよ!なんで俺が気絶してるからって、お前らまで黙って見てるんだ!」
「お主は隊長であろう。隊長命令なくば、隊員は動けぬわ。」
「そういう時の為に、お前が副隊長でいるんだろうが!アンソニー!」
アンソニーは口笛を吹き、どこ吹く風といった様子で、空を見上げた。
「さて…。国家間の問題、中の問題。どう解決なされるか…。楽しみだ。」