レーベンと犯人
麒麟国の雑貨屋の小さな家が、ドスンと大きな音の後揺れ、程なくアレックスが顔を出したのを見て、親父は怒り出した。
「旦那あ!ミリイで屋根の上に降り立つのやめてくれって、何回言ったら分かるんだよ!壊れちまうじゃねえか!」
「悪いな、急ぎだ。彦三郎は、消えた村について調べているんだろう?今、何処にいる?」
「その村だよ。」
「どこのなんて村だ。」
「品木村。」
「邪魔したな。」
背中で言って、忙しく行ってしまった。
アレックスが品木村に着くと、彦三郎には直ぐに会えた。
何せ何も誰も居ない村なのだから、生きている人間を探すのは容易い。
「アーヴァンク王子探索と繋がりそうなんだ。そっちで分かった事を教えてくれないか。」
「ああ、勿論だ。事件の前後に、でっかい風船が付いた空飛ぶ乗り物見たって奴がいた。隣村の酒場の主人だ。」
「それは多分、ワイバーンが元ヤクルス国に作らせたもんだろう。」
「やはり、ワイバーンが絡んでおるのか。」
「ああ。ワイバーンとアーヴァンクの確執というか、なんというか…。」
アレックスは、ワイバーンとアーヴァンクの確執を簡単に説明した。
「その乗り物は、王子を攫った時と同じ空飛ぶ乗り物の様だな。
それなら、誰も王子の姿を見ていないのに移動したのも合点がいくし、夜中のうちなら、誰にも見られずに済む。
10日の間に、かけ離れた地域で事件が起きているのも納得が行くしな。」
「これは、アーヴァンク王子の仕業なのか?アの字。」
「ああ…。恐らく…。」
アレックスは、枯れきった花を手に取った。
あの森の中の呪いの花が養分を吸い尽くした草と同様に、手の上で灰になり、風に吹かれ消え去った。
「ワイバーンとの境にある森で、世にも美しい花を見つけた。だが、その花は、生きているもの全ての命を吸い取って生きる花だった。手折った者も同様に、生き延びる為には、人間やこういう生き物の命を吸い取るしかない。アーヴァンク王子のレーベンはこの花を手折り、怨嗟の花になってしまった様だ。吸い取られた者は、この花の様に、灰になる。」
「では、ここは。」
「そう。状況証拠から言って、ワイバーンの人間が、レーベンにやらせていると思うんだ。」
「うーん。」
謎が解けたと思ったが、彦三郎は、浮かない顔だ。
「なんだ、彦三郎。」
「アの字の話、誠に信憑性が高く、俺も納得できるのだが、しかし、その空飛ぶ船を見たという酒場のオヤジが、余所者を見たというのも、証言してくれてな。」
「うん。それで?」
「それが女だというのだ。」
「女?本当に女か?俺より少し上の年齢の男ではなく?」
「いや、女だというのだ。この辺じゃ見たことも無えべっぴんだったそうだ。二人居て、1人は灰色のマント。1人は黒いマント着ていたらしい。灰色の方は、酒を奢ってやれば飲むし、話すが、黒い方は話もせず、ずっと手をマントの中に隠してたと。食物も食わなかったそうだ。見かけねえ奴は、最近ではその2人しか見ていないと言うのだが。」
「そうか。」
「そのレの字と申す王子は、本星のような気がするがなあ。」
「うーん。じゃあ、他の国にも行ってみる。また何か分かったら、教える。」
「うむ。気を付けてな。」
竜国の二つの消えた村と町の近くも行ってみたが、やはり同じ証言だった。
その2人は極めて怪しい。
手を隠し、食事も摂らないという事からしても、まず呪いの花の胞子を吸った者だろうと思われた。
森で会った老人の娘は、いくら食物を摂取させても、弱っていったらしい。
つまり、必要なのは、食物では無く生きている物全ての命なのだ。
逆に、食物は不要だと思われる。
だから飲み食いしないのも頷けるのだが、限りなく黒に近く、また、レーベンであろうと思う人物は女だと言う。
レーベンは、多少なよっとしているのかもしれないが、列記とした男である。
「別でまだ居るって事か?」
アレックスはダメ元でペガサス国の消えた村にも行った。
やはり状態は全く同じだし、近所の酒場の主人の話も同じだった。
レーベンの影も形もない。
また振り出しに戻った気分だ。
しかも、ワイバーンに利用されているのなら、命があるものと思っていいが、ワイバーンが、別の人間を怨みの花人間にさせて、使っているとしたら、身代金などの外交上の動きが無い以上、レーベンが生きている確率はかなり低くなる。
「ああ、もう!酒くれ!」
思わず昼間から酒を頼むと、聞き覚えのある声がした。
「昼間っからお酒なの?良くないんじゃない?いくらヤクザな職業とはいえ。」
思わず鋭い目付きのまま振り返ってしまうと、声の主のカールが驚いて仰け反っていた。
「カール!?ああ!何か知らないか!本当に犯人は女なのか!?」
「流石、アレックス。もうそこまで掴んでるんだ。そうらしい。竜国に保護された生き残りの人が言うには、灰色のマントの女と黒いドレスに黒いマントの見かけない女の2人組が、大きな風船の付いた空飛ぶ乗り物で突如現れて、黒いドレスの女が、フーって息を吐き出したら、全員バタバタ倒れて、灰になって行っちゃって、家畜や人間にちょっと触るだけでもそうなっちゃってたんだって。二人共、凄い美人で、黒いドレスの女は背が高かったってさ。」
「はああ…。女じゃダメなんだよ、女じゃあ…。」
「どうしたんだよ。珍しい。」
「女なら関係無い。振り出しだ。やはりワイバーンに乗り込んで探すしかない。」
「ちょ、ちょっと。竜国とワイバーンは、ものすんごく仲が悪いんでしょ?
どうやって探すんだよ。
君の事だから、殺されたりはしないだろうけど、その代わり、戦争になっちゃうんじゃないの?
いくら君が人間離れした強さって言っても、ワイバーンの軍事力は凄いって、僕だって知ってるよ。
今や、竜国と獅子国に次ぐ勢いだっていうじゃない。
その上、ヤクルス国占領したから、カラクリ兵器まで開発してるらしいじゃないの。
うちの斥候が言ってたよ。」
アレックスの目がキラリと光った。
「ちょっと待て。今、斥候と言ったな?そんなものまで送り込むようになったのか。」
「一応、ペガサスを守らなきゃいけない立場ですから、それ位は。幸い、ペガサスの民は、ワイバーン人と顔の作りが近いので。」
「ああ、確かにでっけえ顔してるな。」
「そこじゃないんだけど?!」
「その斥候に頼んでくれないか。城下の何処かに、アーヴァンク国の王子が囚われていないか調べて欲しいんだ。」
「ー申し訳ないけど、それ調べさせて、ペガサスに何の利益があるの?そんな外交問題調べるとなったら、物凄く危険だよ。そんな危険な真似をさせても得る価値がある情報なの?」
「ー確かに無いな…。それもそうだ。忘れてくれ。」
アレックスは、力無く項垂れた。
「どうしたの?人探しが上手く行かないの?」
アレックスは自分でも整理する為、順を追って説明する事にした。
「アーヴァンクとワイバーンは古代では一つの国だったんだ。
アーヴァンクに羽根を持たない王子が生まれ、当時の国王は廃嫡にして、野たれ死ねとばかりに城から追い出した。
その王子が産まれたのは、国王がフェンリルの側室に産ませたからなのにだ。
その当時に羽根を持たないアーヴァンク人が大量に出たのも、他国の羽根を持たない民族と婚姻関係を結んでいたからなんだが、当時の民衆はそうは考えず、不吉の前兆として、国から追い出した。
失意の王子はワイバーンとの間に広がる森の中で、アーヴァンクを怨み、呪った。
そして血の涙を流し、怨みの花が咲いた。
怨みの花は、木々や草花の命を奪って生きる花で、とても美しく、花好きでも無い俺ですら、理性を無くすような、何もかも忘れてしまう芳香を放っている。
王子は今のワイバーンに流れ着き、アーヴァンクを追い出された羽根を持たぬ者達も、王子を頼って、ワイバーンに流れた。
その内の1人が怨みの花の美しさに魅入られて花を手折った。
花は手折られると同時に大量の胞子を出し、それを吸い込んだ花を手折った者は花と同様に、生きとし生けるもの全ての命を奪う身体となった。
人が居なくなった村や町同様、その人間が息を吹きかけたり、触った者は、あっという間に灰になってしまう。
ワイバーンで国作りを始めた王子は、その者にアーヴァンクに行って、復讐を果たせと命じた。
その者は、アーヴァンクへ行き、アーヴァンク人を灰にした。
この事は、歴史書でも謎とされて、アーヴァンクでは、呪いの疫病と言われ、タブー視されている。
そのせいで、アーヴァンクは純潔政策を取ったが、人口は減り、寿命も短いということで、今度は混血政策に転じたが、国民は根深く、羽根を持たない人間が出ると、呪いの疫病が流行ると思い込んでいて、我が子が羽根を持たない人間だと、国から出したり、森に連れて行って殺したりしている様だ。
俺はレーベン王子が、怨みの花を手折り、それをワイバーンの人間が見ていて報告に戻った様子の後、ワイバーンから王子の居る北の塔に向かって空飛ぶ乗り物が行き、暫くしてワイバーンに戻って行ったという証言も得た。
レーベンが怨みの花を手折り、怨みの花人間になったとしたら、レーベンが殺した衛士の死体を誰も見ていないのも頷けるし、国王達が隠しているのも分かる。
アーヴァンクのタブーを、選りに選って世継ぎの王子が体現しているのだからな。
捕獲が暗殺に変わったのは、各地で、レーベンの仕業と思われる事件が起きたのを知ったせいだろう。
ーと、全てがレーベンが怨みの花人間で片付きそうだったのに、怨みの花人間は女だという。
レーベンがワイバーンに加担しているのだとしたら、取り敢えずレーベンが怨みの花人間である内は生かされてるだろうが、別の人間が怨みの花人間になって加担しているとなったら、レーベンの生死は危うくなる。」
「うーん。成る程ね…。根深い民族問題みたいなのがあるわけだね。
ペガサスは単一民族だから、あんまりそういう苦労は無いけど、麒麟国の王様、あ、いや、あそこはお殿様か。なかなかご苦労されてるらしいけど…。羽根の有る無しが我が子見捨てる事になっちゃうなんて、なんか間違ってるね。」
「そうなんだ。森で真実を教えてくれたご老体もそうだ。彼はそんなアーヴァンクに嫌気が差して、羽根の生えなかった娘さんと森に住む事にしたそうだが、元は政治学者だったそうだ。人生の全てを捨てて、娘さんを守ったのに、娘さんは怨みの花を手折ってしまい、亡くなったそうだ。」
「え?怨みの花人間は死んじゃうの?」
「うん。食物を摂っても無駄で、生き永らえる為には、生きているものの命を取らねばならないから。だから、娘さんは、父親の言いつけを破って、花を手折った自分が悪いのだからと木々や草花の命も取らず、衰弱して亡くなったそうだ。」
「立派だね…。うーん、そうすると、レーベンの性格なら、どうなの?命取らずに死んじゃいそう?」
「分からない。気が弱い位優しいという風に聞いているが、気が弱いというのは、大体において臆病だ。死ぬのは怖いが先にくるかもしれないし、かといって、人の命を奪う度胸も無く、草花程度で生き永らえているかもしれないし、全く分からん。」
「でもさ、依頼は暗殺なんでしょう?死んでてくれた方がアレックスの仕事としては楽じゃないか。どうして生きてて欲しい様な口振りなの?」
「さっきあんたも言った、アーヴァンクのおかしさを正す為だ。羽根が有る無しで、アーヴァンクの誇りがどうの、不吉の前兆だの、そんなものは関係ないと国民を導けるのは、国王達の当初の目論見通り、レーベンにかかっているんだ。」
「また依頼から逸脱して、国家助ける話になってるよ?」
「ー仕方ないだろう。こういう事が二度と起きないためには、元から正していくしかない。そう考えると国家のしょうもないタブーだの呪いだの、怨みだのが絡んで来てるんだから…。あ、そうだ。ワイバーンもだな。」
「へ?」
「ワイバーンが怨みの花人間を使って他国を攻めているのも、建国当時の怨みからだろう。ワイバーンも改めさせないと、争いや憎しみは終わらない。」
「また規模が大きくなってきたねえ。あんたやっぱり、国主になんなさいよ。獅子国のリチャード様は、あんたが継いでくれるの待ってるんだよ?あんたが獅子国継いで、竜国と獅子国が一緒になって、ワイバーンをなんとかできたら、世界はまた一つになれるんじゃないの?」
「何を大それた事を。ああ、しかし、女か…。レーベンはどこに…。どうやったら、ワイバーンに潜入出来る…。」
「ワイバーン人は、竜国の男は嫌いでも、女の人は好きらしいよ。」
「何故だ。」
「ほら、竜国の人って、男も女も、すらっとしてて背が高くて、顔がほっそりしてて、小さめの顔で、目が大きくて、綺麗な顔の人が多いじゃない。ワイバーン人はエラが張ってて、目が小さめで、ずんぐりむっくりしてるからさ。無いものを求めるんじゃないの?」
「はーん。」
「だから、あんた、女に変装したら、入れるんじゃない?」
「はあ!?俺に女装しろっていうのか!?」
「ちょっと背が高すぎるかもしれないけど、なんとか誤魔化せるよ。あんた、男にしちゃ綺麗な顔してるから。」
「冗談じゃない!なんで女装なんか!ーん!?」
「ん?」
「そうだ…。逆に女って確証は一つもないじゃないか!」
「は?」
「犯人の怨みの花人間だよ!誰も声は聞いてない!手も見ていない!長いマントをすっぽり被って、ドレスなんか着てたら、足だって見えない!声と手足は男である事を誤魔化せないんじゃないか!?」
「あ…。そっか。そうだね!」
酒場の主人が、あ!と声を上げた。
「なんだ。」
「旦那さっき、レーベンて言ってたよな?」
「ああ。探している王子の名前だ。」
「あのさ、その黒い方の女を灰色の女が呼んだ時、レーヴ様って言ったんだよ。似てねえ?」
「似てるな!そうだ!やはり女はレーベンだ!という事は、女の行方を探そせばいい。」
アレックスは、地図を広げた。
「一番初めの村の人口は…50人足らずだったな。その次の麒麟国は、100人。ここは?」
「150人だね。その次の竜国の町は200人だ。」
「50人ずつ増えてる…。徐々に人数を増やして、様子を見ているんだ…。250人規模の町というと、どこだ…。」
2人で、地図を覗き込んで考え、ほぼ同時に指差した。
そこは、獅子国の王宮から北東にある、ワイバーンの領地との境にある、大きな軍事地域だった。
「よし。捕獲だ。」
「でも、どうやって?触ったら、アレックスまで灰になっちゃうよ?」
「ここに腕のいい鍛冶屋は居ないか?」
「まあいるけど…?」
「連れて行ってくれ。」