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CLOUDFALL -Multiple Machine Warfare-  作者: 三鷹台
【第1章】-CLIENT- 人工知能
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-CLIENT- 人工知能 3

 恐ろしい程の動揺の中、背景を灰色の壁が埋め尽くし、かつ目線の関係からこの写真は意図的に取られた事までを継士けいじは推測した。


 彼が絶句するのを別段気にする訳でもなく、ほむらは「察しの通りよ」と淡々と述べた。


「あんた、そらの事を探していたのね」


ほむらが再度手をかざすと、画像が消えた。眼前に居た彼女を奪われたかの様な錯覚に陥った継士は、反射的に「お、おい!」と叫んだ。


「何よ、その反応。心配しなくてもこの画像はいつでも見せてあげられるから」

継士の理性がようやく感情に追いついた。


「お前、そらの事を知っているのか?」


「結論から言うと、そうよ」大した事ではないと言う風に、ほむらは髪を撫でると、「あの子、あたしがこっちの世界で生まれて、最初に会った人間だから」と言った。


「こっちの世界……?」


「そう」ほむらの視線が再度、継士に向けられた。「あたしは三年前、未来から送り込まれたの。この世界よりも時間的にほんの少し、けれど技術的には大分進歩した、とある未来の世界から」


 人間の意識を読み取れる針を持ち、人間に良く似た人格を持つ四角い端末。確かに現時点でこれだけの物を作れる技術力は、世界には存在しない筈だ。


「つまり未来の技術で生まれたお前は、同じく未来の技術でこの世界にやってきたって事か?」


「そうなるわ。そして、こっちの世界に来てからあたしという人格が意識を持ち始めた」


「……ふむ」


信じるか信じないか、その部分は継士にとってどうでも良かった。彼女に聞きたい事は他にある。


「それで彼女は今、何処で何をしている?」


「言ってもいいけど、それが分かった所であんたは結局どうしたいの?」


「決まっているだろ。彼女に会いに行く」


「ふうん。じゃあ言うけど、聞いても絶対に後悔しないって誓える?」


後悔? どういう意味だ? 継士の頭の中に疑問符が浮かぶが、思考とは裏腹に彼の口は「ああ」と肯定の意志を示した。


「じゃあ言うわ。あの子は今、過去にいる」


 目の前に居る人工知能は未来から来たと言っていた。つまりほむらから見て継士の生きるこの世界は過去であり、タイムスリップが出来るという事は、未来の技術を借りさえすれば、さらに前の時代にも行ける筈――。


 論理的ではあるが、動揺から生じた思考だ。一番今気にしなければならないのは、昊がこの時代よりも前、つまり過去に居るかもしれないという事だ。


「……過去」


先程は血迷って思考よりも先に出た口が、今度は後から付いてきた。


「そう、過去。三年前、彼女はあたしの目の前で、過去へと飛び立った」


「三年前――!」


彼女が失踪した時期が、彼女が過去へ行ったとされる時期と重なった。


「一体どうして、彼女は過去に行ったんだ?」


この自分を置いて。継士は心の中で、そう付け足した。


「あんたと昊がどういう関係かは何となく分かったけど」ほむらの言葉に若干の棘が見えた。「決まっているじゃない。あんたとの関係よりも大事だったのよ。過去に行くという事が」


ほむらが意図的に継士を憔悴させ、動揺させようとしている事は継士も分かっていた。だが、分かっていても彼にはどうする事も出来ず、大人しく彼女の意図に乗るしか選択肢は存在しなかった。


「ちなみに、残念ながら過去に行く方法をあたしは知らないわ――だから、もう諦めたら? 昊の事は」


「分からない……どうしてだ。どうしてそんな事を!」ほむらの意地悪な進言を、継士は無視して問い詰める。「もう一度聞く。お前は彼女が過去に行った理由を知っているのか?」


「意地悪を言うつもりじゃないけれど」と前置きした上で、「あたし、ほむらという人格が立ち上がったのが、昊が過去に行く少し前なのよ。未来から来たってのはあくまであたしの中にあったキャッシュを参照して、そう結論付けたに過ぎない――だから悪いけれど、分からないの」とほむらは言った。「ただ、昊からメールが来たというのは気になるわ」


「お前が昊の名前を騙って送ったんじゃないのか?」


「違うわよ」ほむらが肩をすくめる。「あたしがあれからしていた事と言えば、あの子の命令通り、三年間ずっとこの場所で暇を潰していた事だけよ。一応あたしの所有権は昊で登録されているから、それを守るしかなかった」


「所有権?」


「ソフトウェアの登録みたいなものと思ってもらって構わないわ。登録されたユーザーの言う事に、あたしは基本従わなければならない」


「それが、昊?」


「そう。何故か分からないけれど、あたしという存在が目覚めた時既に、あたしは彼女の所有物となっていた。そして、三年間ここで待て、って言われた。ちなみに彼女と出会い、別れるまでの時間は、およそ一〇分」


空を見上げたほむらの横顔が曇った。


「……三年もひとりぼっちだったんだな」


「そうよ」


平然と言ってのけるほむらの顔は悲しみを塗りつぶし、微笑を浮かべているようにも見えた。


 果たして昊のいる過去とは一体いつの事を指しているのだろうか、そして過去へと行った彼女に会う方法は? ほむらに訊きたい事は他にもあった。


 だがしかし、継士はそれらの質問を今は仕舞っておく事にした。そして、何故彼女に対し、ここまで警戒心が沸き起こらないのかという理由に気付く。


 彼女の境遇が、継士自身と驚く程よく似ていたからだ。ちょうど三年前の同じ日、同じ時間から二人は世界に取り残され、そして過程こそ違うものの、孤独に生きてきた。


 暫くの沈黙の後、継士は「分かった」と呟いた。「昊が居なかったのは残念だけど、これからは大学の帰りに寄るようにするよ。彼女の事が何か分かるかもしれないし、彼女がここを示した理由が分かる気がする。お前がひとりぼっちなのも不憫だし」


「えっ……?」


ほむらの顔が一瞬驚きに溢れ、視線が暗雲から継士へと向けられた。


「あたしの為に、来てくれるの?」


継士が頷くと、ほむらはなお驚いた表情のまま、暫く言葉を発さずに継士の顔を見つめたまま動かない。


「まぁ、来たいと言うのなら仕方ないわね」ほむらはそう言うと、腰に手を当てて、溜め息を吐いた。「……どうせ昊もそう望んでいた事だし、いいわ」


「昊が望んでいた?」今度は継士が絶句する番だった。「どういう事だ? どうして彼女が望む必要がある?」


ほむらは大きく息を吸い込むと、「あんたとあたしを会わせる為よ。あたしのホログラム、所有者側で許可された対象にしか見る事が出来ないの」と、息を吸い込んだ割には小さな声で呟いた。


 次の日、継士は大学の帰りに公園へと立ち寄ると、一時間程ほむらと話をした。


 彼女との話は何気もない世間話から昊の話まで、様々に及んだ。


 継士はこの世界の事を教える傍ら、彼女が生み出された遠くない未来の事を色々と教えて貰った。


 例えば、ほむらのAIが入っている疑似思考演算装置、これには二〇一五年初頭に実用化された量子コンピュータの発展型が入っており、一〇〇パーセントまでとはいかないが人間の思考回路とほぼ同じ物を同筐体で再現可能であるそうだ。だがその様な技術は二〇五〇年――ほむらがやってきた時代においても公開されていない最先端の物であり、人工知能の類が社会で幅こそ効かせているものの、それらは継士の時代におけるコンピュータープログラムの発展系でしかないらしい。


 分からない事は依然として多かった。ほむらがこの時代に来た理由、そして三年もこの時代に置き去りにされ続けているという理由。そして何よりも、昊に関するほぼ一切の事象をほむらは知らなかった。


「昊と過ごした一〇分間を、出来るだけ詳しく教えてくれないか」


ある日、継士はほむらにそうお願いした。


「正確には二三秒よ」ほむらはそう告げた。「別のシステムが並行して起動していて、バックグラウンドであたしという人格の設計・設定・構築作業が走っていたみたい。構築開始状態のあたしは赤ん坊同然だから、構築がある程度まで終わり、ようやく昊という存在を認識し、会話の内容を聞き、咀嚼し、理解し、そして対する言葉を考え、メッセージとして表すまでには九分と三七秒必要だった――イメージしにくい?」


継士は首を振った。「人間で言う胎児からの成長過程みたいなもので合っているだろう?」


「それで問題ないわ。で、あたしが最初に読み取った彼女の言葉は、『ごめんなさい』だった。何を謝っているのか? 恐らく何を、に当たる部分が当該の言葉の前に来ていたか、あるいはこの後言われる筈だ――そう予測したあたしは『何がごめんなさいなの』と聞き返した。その結果、彼女はこう言った――『あなたの活動を三年間、指定座標XからYまでの直線経路上に限定させて頂きました』って。それから『本当にごめんなさい』と、前々回と似たような台詞があって、あの子がこの公園から走り去って――それだけよ」


「XからY?」


「そう」ほむらの左手に二人の座る噴水の周辺――都立公園の全体像がホログラム・ディスプレイによって表示される。そして包丁に分断されるケーキのように、噴水から一本の直線が南北に伸びたかと思うと、両端がそれぞれ公園の入り口と木々の手前で止まった。


「あたしはこの線上、直線距離にして一五メートル、幅一メートルの間しか移動できないのよ」


それじゃあまるで、閉じ込められているみたいじゃないか――継士の考えが伝わったのか、「そう、あたしは昊に閉じ込められたという事になるわ」と呟いた。


「閉じ込められているって、つまりお前は自力でこの線上から抜け出せないのか? 例えばお前を持って、この線上から離れたらどうなる?」


「やってみる?」ほむらはそう言うと、自身を投影する筐体を継士の肩の上へと跳び乗らせた。昨日感じた、少し大きめの猛禽類が肩に乗る様な不思議な重みを身体に受けつつも、継士は立ち上がると直線とは垂直に当たる方向へと歩き始める。


 異変は二歩目で生じた。肩に乗った筐体が突然宙に浮くと、XとYの線上へと浮遊しながら移動し、そして着地したのだ。


 三歩目を引っ込めて驚く継士を尻目に、「直線上から離れようとするとこんな風に筐体の制御が出来なくなって、自動操縦に切り替わって、再び直線内に戻されるのよ」と、ほむらは少し困った様な声で言った。


 何と言って良いのか分からず、継士は再び噴水に腰掛けると、着地して再びインターフェイスの投影を開始するほむら――筐体の方を見つめた。


「昊を、恨んでいる?」


ようやく見つけた言葉を発してから、しまった、と思った。だが意に反してほむらは「別に」と即答すると、「あたしはこの直線上の世界しか知らないから。自由というものが分からないから、それを失った時の悲しみが理解できない」と付け加えた。

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