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土遁「土分身」

 グレーの指定ジャージ姿の中学生たちが、山道を列を成して登っていく。

「あー……だりぃ。なんで美術の授業で山登りまでしなきゃならんのか」

 上を目指して行軍する行列の半ばで、早人がだるさを隠そうともせずにぼやき声を上げる。

「なぁ、やってらんねえよなあ、日野?」

 後ろ頭に手を組ながら、早人は傍らの孝志郎に話を向ける。

「ああ、マジでやってらんねえよな。荷物任せのじゃんけんはよ」

 二人分の画板やらを抱えた孝志郎は、身軽な友人に深々と頷いて見せる。

「なぁんだもうへばったのかよ? だらしねえなぁ」

「体一つのクセしてだらだら言う方がだらしないだろがよ」

 やれやれだとばかりに肩をすくめる早人に、軽口を投げ返す孝志郎。

「そうだろ? 普通に登ってるだけでへばるか弱いオレが、余計な荷物持って登るなんて出来るわきゃねぇって、よよよ……」

 しかし早人は途端に弱々しく背を丸め、嘘臭い泣き真似まで始める。

「……ったく、ああ言えばこう言う……」

 そんな早人に、孝志郎はため息混じりに苦笑を浮かべる。

「ほら、しゃんと歩け。後ろ支えるだろ」

「あひん」

 そして集団の速度を乱すほどにふざける友を、尻を叩いて急がせる。

「おぉいやめろって。尻触るならあの年上彼女のヤツにしとけよ」

 早人は尻を押えて逃げるように進みながら、軽口を転がしてくる。

 それに孝志郎は軽く肩をすくめてため息をつく。

「お前は何を言ってるんだ」

 呆れ調子に突っ込む孝志郎。

 対して早人は後ろ歩きに進みながらいたずらっぽく口の端を吊り上げる。

「男のケツなんかより女の尻ってだけだ。ウチの姉貴と違って、五年前でもあんなバインバインだったんだから、今もう最高なんだろ?」

 早人のニマニマと顔を緩めながらの下ネタ。

 それに孝志郎は顔面に湧きあがった熱い物を隠すように顔を伏せてため息を吐く。

「おいおい、ノリ悪いじゃん? あ、もしかして日野ってこっち派だった? こっち派?」

 そんな孝志郎の反応に、早人は自分の胸の前で何かを鷲掴みにするようなジェスチャーを繰り返しながら、後ろ歩きの速度を緩める。

「あ、ひょっとしてお前! もう堪能しまくった後のなのかッ!? その若さでそんな刺激の強い体験済ませるなんて、お父さん許しま……」

「いいかげんに、しろ!」

「あいたぁあ!?」

 さらに調子に乗って詰め寄ってくる早人の脳天に、孝志郎はチョップ一発。話を物理的に切って遮る。

「下ネタばっかでふざけてないで、いいからさっさと進めよ」

 そう言って孝志郎はさらに深々と、もう深々と重ねてため息を吐く。

「ちょっと待て三谷、それは本当かッ!?」

「日野の奴にナイスバディな年上彼女だとッ!? マジかそれはッ!!」

 しかし早人の下ネタに釣られた他の男子たちが、撒餌に群がる魚のように集まる。

「おお。姉貴の友達の一人で、昔ちょっとだけ会ったことあんだけどよ、五コ上のバインバイン美人だった!」

「マジでか!? どうなんだ日野!? とぼけるなよ、しらばっくれるな、正直にだ、いいなッ!?」

 早人の煽るような証言に、油を注がれた形になったのっぽの男子が孝志郎に詰め寄る。

 目の前に詰め寄ったのっぽのみならず、すっかり熱を帯びた男子たち。

 孝志郎はそれらを見回し、ついで騒ぎの元凶である早人へ目を向ける。が、当の早人は既に熱くなった男子たちから距離を取り、早足に山道を進んでいた。

 見事な火遁術で逃れた早人にさらにため息を重ねる孝志郎。

「……ああ、本当だよ。一応彼氏彼女の関係の人がいる」

 そして気恥ずかしさを堪えながらも、素直に、嘘偽り無く肯定する。

「ち、ちくしょぉおおッ!?」

「うらやまけしからん! うらやまけしからん!」

「ふ、不公平だぁー!」

「平等なんて無いんだ! 夢幻のものなんだぁッ!?」

 頭を抱え、絶望に吠える男子一同。

「あー……なんだ、そんな焦るなよ。マジになれる相手に会わないウチからがっついてもしょうがないだろ?」

「慰めはいらん!」

「持ってるヤツの余裕か!」

 フォローの一言に返ってきた歯を剥いての怒声。威嚇するようなそれに、孝志郎はただ閉口して肩をすくめるばかりだった。

 そうして孝志郎がふと目をやった先では、つかさが胸の前に画材を抱き、俯いていた。

 そんな騒々しい山道を終えて、中腹辺りの開けた場所。そこで生徒たちは各々に散って、景色を紙の上に写し取り始める。

 孝志郎もまた他の生徒と同じく、否、校外と言うことの解放感からか、雑談に興じてる連中よりは真面目に、鉛筆片手に画板と景色に向かっていた。

 小さくなったくろがね山端の町並み。孝志郎は切り株風の椅子からそれを眺めては、鉛筆を動かして紙に描き込む。

 色の濃淡で建物にかかる影の濃さも写し、紙の白と筆の黒とで孝志郎は見た景色を表していく。

 元々図画工作を苦手としていない孝志郎にとって、風景の写生は苦にならない程度には楽しめる作業である。もっとも、趣味に出来るほど没頭出来るものでもないのだが。

 そうして大きな失敗や深いこだわりによるつまずきも無く、さらさらと風景を模写していく孝志郎。

「……あの、日野くん」

「ん? 望月か」

 かけられた声に振り返れば、そこには小動物然としたクラスメートのつかさが立っていた。

「どうした? まだ描き始めて無かったのか?」

「あ、えと……うん。場所が決まらなくて……」

 孝志郎の質問に、つかさがもじもじとしながらもうなづく。

「ふん?」

 すると孝志郎は、手近な所にあった石を動かし、切り株の右に並んだそれへ尻を移す。

「じゃあ、ここ使いなよ」

「え、でも日野くんの絵が」

 遠慮して躊躇うつかさ。それに孝志郎は首を横に振って見せる。

「いいって。俺のなら、ちょっと角度がずれたくらいで出来に大差ないからさ」

 そう言って孝志郎は小さな町並みに目を戻し、再び鉛筆を動かし始める。

「あ、ありがとう、日野くん」

「あー、気にしなくていいって」

 つかさは切り株風の椅子にちょこんと腰かけると、消え入るような声で礼を一つ。対する孝志郎は本気で気にした風も無く、課題に向かって鉛筆を進め続ける。

 そうしてつかさもスケッチを始める。並び座る二人の間には鉛筆が紙を掻く音だけが鳴り続ける。

「……登ってる途中では、悪かったな」

「えひゃいッ!?」

 そんな沈黙を、孝志郎がふと筆を止めて破る。するとつかさからすっとんきょうな声が上げる。

「え、あと、何の話?」

 座ったままの姿勢で飛び上がりそうなくらいに驚いたつかさは、恐々探りに問う。

 孝志郎はそんなつかさの様子に苦笑しながら、笑みに緩んだ口を開く。

「いや、さっき俺を真ん中に騒いでただろ? 望月もうるさそうにしてたから、ごめんな?」

 自分を出汁に起きた騒ぎを詫びる孝志郎。

 するとつかさは慌てて首を横に振る。

「そ、そんな! 日野くんは悪くないのに! それに、気になったのは別のコト……って、いうか……」

 だんだんと言葉を尻すぼみにさせながら俯いていくつかさ。

 それに孝志郎は首を小さく捻る。

「別の事?」

「う、うん……別の、事」

 首を傾げつつ尋ねる孝志郎。しかしつかさは目と筆先とを泳がせる。

「……えっと、その、ね……あの……」

 鉛筆を弄びながら躊躇い迷うつかさ。

 落ち着きなく筆を泳がせ続けるつかさを眺めて、孝志郎は黙って待つ。

 しかしそれでも、つかさは唇を半ばまで開けては閉じ、目を彷徨わせを繰り返し続ける。

「……まあ、踏ん切りがつかないならいいさ。言いたくない事聞いて悪かったよ」

 さすがに孝志郎もしびれを切らし、待たせていた筆を絵に近付ける。

「あ、あの! か、彼女さんの話ってホントなのッ!?」

「は?」

 そこへつかさが慌てて差し込んだ一言に、孝志郎は思わず目を丸くした目を隣へ向ける。

「え、えと……その、日野くん、付き合ってる彼女さんが居るって聞こえたけど……ど、どんな人なのかなぁって」

 遠慮がちに、言葉を詰まらせながら尋ねるつかさ。

 それに孝志郎は微かに笑みを浮かべて息を吐く。

「やっぱ女子ってそういう話好きなのな」

 孝志郎は困り笑いのままそう言うと、鉛筆の尻で頭を掻く。

「あー……っと、なんて言えばいいかな。いざ人に説明するとなると恥ずいな……」

 照れから浮かぶはにかみ。それを噛み絞め抑えると、孝志郎は小さくうなづき顔を上げる。

「裕ねえは……その、俺の恋人の事……だけど、隣に住んでた年上の幼なじみなのな」

 恋人と口にしたところでまた鉛筆の尻を頭に擦りながら、孝志郎は話を続ける。

「どんな人かって言えば、とにかく凄え人さ。優しくて、強くて、夢に向かってきらきらした目で頑張り続けて……!」

 この場にいない彼女を見ているかのように輝いた目で静かに、しかし熱く語る孝志郎。

「俺から見たら、そうなるべくして生まれてきたって感じの才能の塊みたいな人でさ。でもそんな裕ねえでも外野のせいで落ち込んだりすることもあるから、なんかほっとけなくてさ」

「そう……なんだ……」

 そうして楽しげに語る孝志郎の横で、つかさはぽつりとうつむくままに声を溢す。

「今はもう東京で夢だった仕事も始めてるんだ! まあそれは嬉しいけど、傍に居れないのは正直寂しいな」

「遠距離……なの?」

 憂いの匂う吐息を伴う一言。それに沈んでいたつかさの顔が僅かに浮かび上がる。

「ああ。俺、ただのガキだから、くっついて行くことも出来なくて……悔しいけどさ」

 静かな呟きに合わせて視線を落とす孝志郎。

 その下唇は、内から沸く何かに代わって噛み絞められていた。

「でもな、いつか必ず追いつく。今は背伸びしか出来ないガキでも、いつか裕ねえを支えられる男になるんだ!」

 拳を固く握って語りおえて、孝志郎は思い出したようにはにかんで左のつかさを見る。

「……って、一人で熱くなってゴメンな望月。しかも最後の方裕ねえと全然関係ない俺の目標語りだったし」

 言いながら孝志郎は照れ笑いのまま鉛筆を指にはさんだ手で濃い褐色の頭をかきむしる。

「あー……ッ! やっぱこういう話って恥ずい! しっかもこんなベラベラとぉッ!」

 そのまま画用紙に顔を埋めるように額づけて、恥じらい悶える孝志郎。

「……は、恥ずかしがるコト、ないよ。素直に、はっきりと気持ちを出せるのって、いいと思う」

「そうか?」

 たどたどしく、言葉を詰まらせながらもフォローを入れるつかさ。それに孝志郎は羞恥に熱くなった顔を向ける。

「うん……日野くんにそうまで言ってもらえる彼女さんって、ホントに素敵な人なのね?」

 顔に出そうなモノを押し潰した、平静を装う引きつり顔。そんなつかさの強引に作った表情に、孝志郎は照れ混じりながら屈託のない笑みを浮かべる。

「ああ! ありがとな!」

「う、ううん……お礼を言われるようなコトは……」

 するとつかさは一瞬、苦しみを堪えるように眉を潜めるも、弱々しい笑みを作って頭を振る。

「……望月?」

 そこでようやく孝志郎は、つかさの努めて抑えた表情の動きに気づき、訝しみ眉根を寄せる。

 だがその瞬間、不意に寒気を伴う気配が孝志郎の背筋をなぞる。

『いかん! 孝志郎、すぐそばに幻想種だッ!』

『分かってる! 直に肌で感じたところだ!!』

 一瞬遅れに飛んできた警告の念話。孝志郎はそれに念を返し、跳ねるようにして立ち上がる。

「日野……くん?」

 唐突に立ち上がった孝志郎を、つかさは驚きに丸くした目で見上げる。

 幻想種の気配も感じておらず、念話も聞いていない人間としては至極当然の反応を見せるつかさ。

「ああいや、望月は気にしないでくれ。ちょっと外すから、荷物を頼むな。ちゃんと見ててくれよ?」

「え……う、うん」

 戸惑うつかさに考える間も与えず、孝志郎は半ば押しつけるように荷物の番を頼んで駆け出す。

 背筋を走った怖気。幻想種の人除けの結界の気配の出所へ向けて、半ば土へと変わった葉を蹴ってひた走る。

『ヨナキ、エッジ、数は分かるかッ?』

 怪訝な目を向けてくるグレージャージの生徒たち。孝志郎はそれをよそにおいて、相棒と相棒を通して間接的な契約状態にある仲間へ尋ねる。

わりぃ、俺ぁそーゆーのはさっぱりだ』

『すまん、ワシも数までははっきりとはわからん!』

 欲しい情報を手に入れられない仲間たちに孝志郎は歯噛みしながらも、幻想種が現れた場所へ向けて急ぐ。

 やがて結界の出所へ近づいてきたか、人払いの効果の影響下にある生徒たちの姿が見えなくなる。

「いくぞ、ヨナキッ!」

『おお!』

 そして気を入れた号令と共に猿の顔を模した指輪を弾き、輝かせたそれを額に近付ける。

 頭を丸のみにする猿の頭。

 そこから孝志郎を広がり包む黒雲。

 そして雲が形作った繭を内側から雷光が突き破り、変身を終えた幻雷迅が姿を現す。

 戦闘への備えを整えた鵺の忍びは、足音もなく地を駆ける。

 だがその行く先は岩と土とで固めた壁で塞がれていた。

「なにッ!」

 二階建て家屋ほどの高さで積まれた土石の塊。明らかに異様なそれを前に幻雷迅は踏み切り跳躍。軽々とその高さを飛び越える。

 だが土石の塊は広くドームを作っており、幻雷迅の跳躍はその身を土の山の上に運ぶだけで終わる。 

「なんっだこりゃ? なんでこんな不自然な土の山がこんな?」

 不可解な土砂の塊の上。そこで幻雷迅はノックするように大盛り土の天辺を踏んで、蹴る。

『孝志郎、幻想種はこの中だ! この土の塊の中に幻想種がいるぞッ!!』

「なんだと!?」

 額当ての探知した結果に叫び、身構える幻雷迅。

「……なにも、してこない?」

 だが上に乗った幻雷迅に対して、土の内側にいる幻想種からは何のアクションも無い。

『……油断はするなよ?』

「分かってる」

 慎重を期するように勧める額当てのヨナキにうなづきながら、幻雷迅はその場にしゃがみ、再びノックするように拳で土を叩く。そして大きく拳を振りかぶり、拳大の雷をノックした場所へ叩き落とす。

 だが落雷の轟きを伴った拳も土を焼き、窪ませただけに終わる。そして土が軽く波打っ高と思いきや、熱と煙を帯びた土が再び幻雷迅の拳に触れる。

 しかし土塊の動きは元の形へと再生するだけで、それ以上の反撃、反抗はその予兆すら見せない。

 空洞の手応えもなく、ただ同じ形を保って佇む土の塊。それに幻雷迅は額当てに指を添えて俯く。

「エッジ、一応水分はあるみたいだけど、この中に跳べたりは……しないよな」

『ああ、そりゃ無理に決まってんだろ。俺の力を使った忍法は、入るトコと出るトコに、水としていくらかまとまった量が要るんだぜ? 仮に出来たとしても土に埋まってがんじがらめだあな』

「そっか、そりゃあそうだよな」

 念の為に確認したものの、エッジから返ってきたのは予想通りの内容。

 それに幻雷迅は膝を伸ばして軽く肩をすくめる。

 そして土の山を踏みつけながら、ツルリとしたマスク越しに深々とため息を一つ。

「こうなったら仕方ない。大技で一気に中枢まで真っ二つに……」

 力技でのごり押しに決め、構える幻雷迅。

 だがその瞬間、足場としている盛り土の山が震える。

「ハッ!」

 とっさに飛び退く鵺の忍。直後、幻雷迅が踏んでいた土が盛り上がり、牙を備えた何者かが現れる。

『うぅおぉおおおぁあッ!?』

 雄叫びを上げて空を噛む牙。目の回りに隈のような模様を持つその頭はタヌキのそれ。

「デイヤッ!」

『ギャンッ!?』

 土をかき分け出てきた顔面を目掛け、幻雷迅は雷手裏剣を投擲。それは狙い違わずタヌキの鼻先で弾けて土の中へと押し戻す。

「アレがこの土山を出した幻想種か!」

 盛り土の中へと引っ込んだタヌキに対し、幻雷迅は手の内に手裏剣を形成、身構える。

 しかしタヌキのこもった土は僅かにもごつくばかりで、再び襲いかかっては来ない。

「どういうつもりだ?」

『それはウチにもなんともなあ』

 妙な動き、というより異様な不動ぶりに、幻雷迅は首を捻る。

『あーもうじれってえなあ! さっさとぶった斬っちまえば終わりだろうがよ!?』

 動きの無い幻想種に痺れを切らして苛立ちのままに叫ぶエッジ。

『……おーい。それは止めて欲しいんだなぁ』

 すると間延びした低い声が盛り土から響き、何者かが土をかき分けて顔を出す。

『……よいせ……っとぉ。あー……はじめましてなんだなぁ』

 出てくるなり間の抜けた声で挨拶してくる亀の頭。その意外な存在に幻雷迅はたまらず肩を落とす。

「……なんなんだよ、お前?」

 両肩から戦意と警戒心までも落とした幻雷迅は、鉛を詰めたように重い腕を上げて目の前の亀を指差す。

 すると土と岩の塊という甲羅から飛び出た眠たげな顔の亀が、ワンテンポ遅れて大きくうなづく。

『あぁー……これは失礼したんだなぁ。おらは潜眠センミン。おめえさまが契約しとるのと同類なんだな』

 センミンと名乗る亀のん気な自己紹介。

 それに幻雷迅はさらに力を奪われたかのように、深々とため息を重ねてうなだれる。

「で、センミンって言ったか? さっきのタヌキは?」

『お前らここで何をしてる? ここらに集まった子どもらの心命力が狙いか……?』

 幻雷迅は頭を振って気を取り直すと、いくらか凄んでセンミンに顔を寄せ、その真意を尋問する。

 しかしセンミンはまるでその凄みが通じていない様子で首を捻る。

『んー……? おらは別にこのお山に集まる分だけで充分なんだな? だからおらはぁ、ここを荒らされたくないだけなんだな』

 間の抜けた声で、暴れる意思は無いと主張する眠たげな亀。

 その言葉に幻雷迅は半信半疑といった調子で腕組み首を捻る。

「……で? あのタヌキは? ここらに流れてきたはぐれ仲間なのか?」

 だが重ねてタヌキの幻想種の正体を訪ねる問いに、センミンはその首をゆっくりと横に振る。

『いいや……? 知らん顔なんだな。ここらを荒らそうとして……おろ?』

 間の抜けた声でセンミンが首を傾げる。直後、盛り土が蠢いて内側から何者かが飛び出す。

『あー……逃げられたんだなぁ』

「なに!?」

 センミンの土から飛び出した影。それは土に混じった葉を巻き上げて走り、弧を描いて幻雷迅へと突撃。

「グッ!?」

 手甲で受け、辛うじて流す幻雷迅。そうして脇を抜けた幻想種は、四本の足を錨にブレーキ。大きく後半身を振りながら制止する。

「タヌキのッ!?」

『鵺の契約者ッ!?』

 四足の影の正体。タヌキの幻想種が、両手で土を握った姿勢からクラウチングスタートに踏み込んで来る。

「はやッ!?」

 残像を生み出すほどの勢いで迫るタヌキ。それを再び辛うじて捌いたものの、切り返しての突撃が幻雷迅の反応を上回り、防御の隙間を突く。

「おっぐぅ……ッ!?」

 軋み食い込む鎖帷子。その痛みを仮面の奥で噛み殺して、幻雷迅は雷光で作った虎の爪を振るう。

 しかしその爪は素早くすり抜けたタヌキの残像を裂くに終わり、背後へ抜けたタヌキからの痛撃が幻雷迅の背を叩く。

「クッ!?」

 背を撃たれた苦痛を噛み殺しながら、幻雷迅は自ら前回りに前転。転がった勢いのまま地を蹴って跳ぶ。

「デイヤァッ!」

 そのまま太い木の枝に足をかけてさらに跳躍。雷を固めた手裏剣を真下へばら撒く。

 しかし降り注ぐ小さな稲妻たちを、タヌキは尽くかいくぐってかわす。

『今だ孝志郎ッ!!』

「おお! リャァアアアアッ!!」

 だが未だ逃げられ通しの幻雷迅とて、ただ避けられる為に手裏剣をばら撒いたわけではない。手のひらサイズに凝縮した落雷が作った迷路の先。そこへ抜け出たタヌキの幻想種目掛けて、三角飛びに飛び込み蹴りを繰り出す。

『ぐぶぅおッ!?』

 稲妻を伴った蹴りは狙い違わず化けタヌキを直撃。大きく木々の間へ吹き飛ばす。

 そこへ幻雷迅は間髪いれず串型の雷を投擲。

 しかしタヌキが受け身と同時に巻き上げた土にその先端は阻まれる。

「土遁かッ!?」

 自然に従ってすぐに舞い上がった土は地面へ戻る。しかしすでにタヌキの姿はそこには無かった。

 相手もいわゆる遁術の使い手であると悟り、幻雷迅は頭を巡らせてその姿を探る。

『真下だ、孝志郎ッ!』

「なッ!?」

 足裏からの振動に額当てからの警告。

『ウゥオオオオオッ!!』

「グ、ワァアッ!?」

 しかしそれも虚しく、真下からの地面をひっくり返しての一撃が幻雷迅を直撃。

 土くれと共に大きく宙を舞う、屈強な忍装束の体。

「グッ……くぅッ!」

 だが幻雷迅は腰からフックロープを射出。木々に食いついたそれの助けを受け、辛うじて畳み掛けてくるタヌキから逃れる。

「デヤァッ!」

 そして着地と同時に手裏剣を投擲。木々の合間を縫って接近する高速のタヌキのコースを塞ぎ、接近を牽制する。

「くっそ、ちょこまかと……!」

 手裏剣による牽制を繰り返しながら、幻雷迅は徐々に詰まる距離に焦れて舌打ちをする。

『こうなったら一か八か、カウンター狙いでやるしかねえだろ!? 俺を使え孝志郎、ぶった切ってやる!』

『そうだな……いや、待て!』

 同じく焦れたエッジから、現状で取れる最善手と思われる案が挙がる。が、額当てのヨナキがそれを半ばで制する。

『センミン、ワシらに力を貸せッ! おいどんと契約だッ!』

『おぉー……いいんだなぁ。契約するんだなぁ』

「かっるッ!?」

 軽い調子で承諾された契約の申し出。それに幻雷迅が唖然とした声を上げる中、ライトブラウンの光に変わったセンミンが幻雷迅の額当てに飛び込み、吸収される。

「まあ、いいか? ふんッ!」

 そして幻雷迅は、額当てと同じく強い輝きを灯した左腕を地面へ突き立てる。

『もう遅いわッ!』

 刹那、タヌキの幻想種が影を置き去りにするほどの速度で突進。地に手を突いた幻雷迅を直撃する。

『なにいッ!?』

 だが突進を受けた幻雷迅の体はまるで砂山を崩すように抵抗なく貫通。そして土くれに変わって貫いたタヌキの背後で崩れ去る。

『ど、どこへ行ったッ!?』

 土で出来た空蝉。それに今度はタヌキの方が動揺し、消えた幻雷迅の姿を求めることになった。

『そこかッ!』

 そして視界の隅に捕らえた人影へと突撃。しかしそれもまた土くれで作った変わり身人形であった。

『また変わり身!?』

 叫び、身を切り返して背後へ前足を振るタヌキ。だがその一撃が捕らえた物もまた、ただの空蝉に過ぎなかった。

 これが幻雷迅の得た新たなる土遁術。土遁・土分身の術である。

『おのれぇえッ!!』

 めちゃくちゃに駆け回り、目に付く分身を次から次へと破壊して回るタヌキ。

 やがてその後ろ足に一匹の蛇が喰らいつく。

『がぁッ!?』

 足を取られ、つんのめる形でその場に倒れるタヌキ。

 その足に食いついたのは、無論ただの蛇ではない。幻雷迅の腰から放たれるフックロープの先端だ。

 倒れた標的を目掛け、亀顔の額当てを付けた幻雷迅は左腕を突き出す。

 左腕に備えられた亀甲模様の円盤。盾にも見えるそれは、四方から光を放つと唸りを上げて回り始める。

「厳土強命! 清めよ、その幻影ッ!!」

 やがて光の輪を纏うほどの速度に達すると、幻雷迅は言霊を詠唱。それを引き金に円盤が発射。足の止まったタヌキの幻想種を真っ二つに切り裂く。

『あ、がぁあああッ!?』

 断末魔の叫びと共に広がる光の円陣。

 そして浄化された幻想種の後を眺めながら、幻雷迅は戻ってきた円盤を左腕に受け止め、その健闘をたたえるように装甲を撫でた。

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