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黒雲の獣

現行連載中の「ゆうかG」の進行度合い次第の不定期更新です。

『ぎ、ぎぃやあぁあああああッ!?』

 夜闇を引き裂く悲鳴。

 それに続き、重く鈍い音が辺りに響き渡る。

 その音の波に押されてか、辺りの木々が怯えたかのようにその枝葉を震わせる。

『う、うぅおぉおおおお……ば、バカなッ!? 封印から目覚めたばかりのくせに、なぜここまでの力が……ッ!?』

 社殿へ続く石畳の通路。

 その上を一羽の鳥が翼をばたつかせて這いずる。

 境内へ向かってもがき進む人間以上の巨躯。

 鱗と羽毛を交ぜ合わせた体表。石畳を叩く翼には鉤爪が。歪んだ嘴には牙が備わり、喘ぐ度に折れたモノがぐらつく。

 立ち上がろうとする歪な鼻先。そこへ一筋の雷光が掠める。

『ひぎぃ!?』

 石畳にぶつかり音を立てて弾けるそれに、怪鳥の嘴から悲鳴が上がる。

 直後、情けない怯え声を上げるその後ろに、人影が一つ降り立つ。

『ヒィ!? ヒィ、ヒィイイッ!?』

 脚と翼をばたつかせて、怪鳥が転がるように振り返る。

 その怯えた目を受ける屈強な男。

 筋骨逞しい長身を包む、虎柄か稲妻を思わせる和装束。襷とすね当てで裾を固く絞った袴は広がりようがなく、動きやすい印象を受ける。

 足元と同じく手首回りを固める籠手。襟元のマフラーとの隙間から覗く鎖帷子。そして猿を模した額当てと、顔を覆うつるりとした煙ガラスの様な仮面を中心とした頭すべてを包む兜。

 そう。男の姿はまさに忍者。特撮ヒーロー風味にアレンジされてこそいるが、忍びの者そのものであった。

 屈強な忍者が、無言のまま一歩石畳に歩を進める。

『えひぃいッ!?』

 その歩みに怪鳥はまたも情けない声を上げ、翼と足をばたつかせて後退り。

 それを眺める忍者の顔は、スモークバイザーのマスクに遮られて窺い知れず。ただ無言のまま今一歩間合いを詰める。

『た、頼む! これ以上戦うのは無理だ、見逃してくれ!』

 怪鳥はまたも後退りするも、石段に背がぶつける。そして階段を背にしたまま、正面の忍者へ命乞いをする。

 歪に歪んだ嘴の先から血を垂らし、涙混じりに懇願する怪鳥。

「ダメだ」

『テメエはウチらできっちり滅してやらぁ』

 だが忍者は二つの声で怪鳥の命乞いを切り捨てて拳を構えた。


※ ※ ※


 くろがね市北部に位置する山端区。その名の通り山を背にした自然の多い区画である。その中でも北西部に位置する山端中学校。

 夕日の下、部活動に励む生徒たちの声が賑やかに交わされる。

 それをよそに帰宅部の生徒たちは、朱色に照らされた校舎を後にする。

 ぞろぞろと出ていく生徒たちの中、一人の男子がその学生服の肩を叩かれる。

「よっす日野! ゲーセン寄ってかね?」

 呼び止められた少年の名は日野孝志郎(ひの こうしろう)

 短く切り揃えた濃い褐色の髪。大きな茶色の目を始めとする顔立ちは、青年への過渡期を迎えたばかりでまだ幼さが目立つ。伸び盛りに入って160に届いた背丈も、可能性と未熟さが色濃い。

「今からゲーセン? すぐに真っ暗だろ?」

 山なりの眉を片方上げて、後ろへ振り向く孝志郎。

 その言葉通り、秋冬に向けた衣替えはすでに過ぎて、日の落ちる足もすっかり早くなっていた。

「ああ、だよなぁー。最近は姉貴まで口うるさいしなぁ」

 呼び止めたやや小柄な少年、三谷早人は孝志郎の言い分に眉を寄せ、長い髪を後ろに纏めた頭をかく。

「じゃあさ、ちょっと本屋に寄ってかね?」

 だが早人はすぐに誘う先を切り替えると、その唇を抑えきれぬ笑みに弛める。

「俺も欲しいマンガあったからいいけどさ。お前は何買う気なんだよ?」

 一応は誘いにうなづきながらも、早人のにやけ面から逃げるように身を引く孝志郎。

 だがそれを早人は肩を抱くようにして捕まえて、にやけ笑いを深めながら孝志郎の耳に顔を寄せる。

「セクシーなのをちょちょっと、な? あ、ちゃんと貸してやるから安心しろよ?」

 盗み聞きを警戒するような囁き声。その耳打ちに孝志郎は苦笑を浮かべて顔を引く。

「あー……俺は、今はいいや。うん」

 目を逸らしながらの遠慮の言葉。

 孝志郎の口から飛び出したそれに、早人は飛び跳ねるように身を離す。

「え? な? ウソォマジでッ!? まさかオトコの目覚め!?」

「んなワケあるか!」

 己が身を守るように抱く早人へ孝志郎が一喝。その勘違いを真っ向から叩き落とす。

「じゃあ何だってんだよ? お宝だぜ? お宝?」

 校門を潜りながら詰め寄る早人。

「ああっと、その、なんだ……」

 対する孝志郎は顔を逸らしたまま、言葉に詰まり、明瞭なものを出せずにいる。

 その詰まらせ方に何かを察してか、早人が孝志郎へ詰め寄る。

「あ、日野お前さては! あの美人の年上彼女さんにアレやらナニやらしてもらってるからいらんとかかッ!? 十四のくせに十八歳未満お断りかッ!?」

「アホか!? エロいことで頭一杯で脳みそケダモノか!?」

 早人のブッ飛んだ推測に怒鳴り返す孝志郎。だが早人は顎に手を添えると、口元に小さく笑みを見せる。

「所詮ヒトなんざ、サルから毛が抜けたようなモンだろ?」

 ニヒルを気取った笑みを、どうだとばかりに見せる早人。

 それに孝志郎はこめかみをかきながら、呆れたように鼻を鳴らす。

「つーか愛さん裕ねえの親友の一人なんだから、今こっちにいないことくらい知ってるだろ?」

「ああ、そうだっけ。やっぱ遠距離って大変なのか?」

 いきなり真面目な顔になっての早人の問いに、孝志郎は動じることなく首の振りで肯定する。

「まあな。四年経つけど、傍に居られないのが寂しいってのはどうしてもな」

 孝志郎の五歳年上の恋人、吹上裕香は中学卒業から程なく、アクション・スタント養成所入りの為上京。それ以来二人は限られた時にしか会えない状況にある。

「だから会える時には埋め合わせる感じで……っと」

 孝志郎は言葉半ばに、慌てて口を抑える。

 余計なところへはみ出したとばかりに口を閉ざす孝志郎に、早人の顔から同情の色が消える。

「オイちょっと待て! いざ会えたらその分ベッタリってか!? まさかセクシーな写真とかも頂いちゃってたりするのかオイ!?」

 鼻息荒く詰め寄る早人。それに孝志郎は首をほぼ直角に顔を背ける。

 その無言の態度が逆に固く問いを肯定。すると早人はますます息を荒くして詰め寄る。

「クッソ! ふざけんなマジふざけんなぁ!」

 そんな他愛のないじゃれ合いを繰り返しながら、孝志郎と早人は近所の書店に到着。

 そして入店と同時にそれぞれ目当てのコーナーへ向かって分かれ、書籍で並ぶ棚の林立する中を進む。

「えっと……シャドスピシャドスピ。シャドスピの最新刊は……っと」

 コミックコーナーの入り口、開けたところにある浮き島の様な棚の前。

 孝志郎はお目当てのマンガを探して、平積みになった最新コミックたちを眺める。

「あれ? もう雑誌別のトコに移されたのか?」

 陳列されたコミックを指差し探し、首をひねる孝志郎。

「きゃっ!?」

「わ……っと?」

 そんな孝志郎へ不意に何者かが横合いから接触。

 高く短い悲鳴を上げてよたついた相手を、孝四郎はとっさに手を伸ばす。

「ごめんなさい。大丈夫ですか? ……って、あれ望月?」

「あ……日野くん」

 腕を掴んで支えたのは、クラスメートの女子。望月つかさであった。

 二つ縛りにまとめた肩甲骨の底辺りまで届く黒髪。

 その顔の輪郭は小さくまとまって眼は大きく、どこか小動物の様な印象を受ける。

 セーラー服に包んだ小さく細身の体のバランスが整うと、つかさはその愛らしい顔を朱に染め、支えてくれた孝志郎の手から逃げるように腕を引く。

「あ、あの……ご、ゴメンねぶつかったりして。周り、ちゃんと見てなかったから」

 つかさは赤くなった顔をうつむかせ、眼を落ち着きなく泳がせる。

 それに孝志郎は、逃げられた手を所在無さげに遊ばせながら苦笑を浮かべる。

「いや、俺もマンガばっか見てたし、気にしないでくれよ」

「えっと、あの、ゴメンね日野くん! ホントにゴメンね!」

 だが気にするなと言う孝志郎の言葉に、つかさはひたすらに頭を下げて平謝り。そして返事も聞かずに踵を返して出口に向かう。

「おい、ちょっと!? 望月!?」

 駆け足に逃げ出すつかさ。

 孝志郎は呼び止めようとセーラー服の背中に声をかける。が、つかさの足は止まらず店を後にする。

 孝志郎はそれを見送って、抜け出された右手を軽く遊ばせる。

「嫌がられるとは思ったけど、逃げられるとちょっとショックだな」

 そう言う孝志郎の唇は苦いものを隠すように持ち上がっていた。

「おい日野、お目当ては見つかったか……ってどうした?」

 そこへ早人が首を傾げつつやってくる。

 その小脇に抱えた水着の女が表紙の写真集を見るに、すでに買うものは決まったようだ。

「いや、なんでもない。ちょっと待っててくれよ。雑誌別のコーナーも見てくるから」

「オッケー。じゃ俺は金払ってくるわ」

「おう」

 そうして支払いを済ませた二人は本屋を後にする。

「ありゃ、もうこんなか」

 夜に片足突っ込んだような暗い空。月まで低く浮かんだそれを見上げて早人が呟く。

「だから言ったろ? さっさと帰ろうぜ」

 そう言って二人は、寄り道から帰宅コースに戻ろうと歩き出す。

 やがて公園の前に差し掛かったところで、孝志郎と早人は足を止め、別々の道に爪先を向ける。

「じゃ、またな」

「ああ、今度貸してやるからな」

「だからいいって。自分で楽しんでろよ」

「ああはいはい。爆発すりゃいいのに」

「絶対にノゥッ!」

 そのように互いに軽口を投げ合って早人は家の方角へ。

 孝志郎は離れていく早人の背中を、軽く右手を上げて見送る。

 そして歩き出す前にと、一度公園の奥を見やったところで、何か小さなものが飛び跳ねているのを見つける。

「なんだ、アレ?」

 孝志郎が疑問の声を溢す間に、微かな光を弾けさせるそれは、孝志郎の方へと転がり寄ってくる。

 乾いた音と光を弾けさせて跳ねたナニモノかは、その勢いのまま孝志郎へ飛びこむ。

「わ、とぉ!?」

 飛び込んできたものを思わず受け止める孝志郎。そして腕の中に収まったそれを見て、思わず目を剥く。

 それは黒雲からサルの顔とトラ猫の手足、蛇の尾を生やした異様な小動物であった。

幻想種パンタシアッ!?」

 五年前に関わりを持った幻想の世界の住民。

 思い出の中の存在との再会に、孝志郎は驚きの声を上げる。

『に、人間ッ!?』

 孝志郎の顔を見上げて、言葉通りに眼を白黒させるサル顔。

 瞬間、羽音と共に頭上を冷たい風が過ぎる。

 その冷たさに背筋を震わせた孝志郎は、脂汗を浮かべて顔を固めたキメラをよそに、公園の中へ。木々の林立する場所へ向かって走る。

 だが孝志郎が枝葉の屋根の下へ逃げ込むよりも早く、上空から風切り音が迫る。

『ヒィヒャアアアアアアアッ!!』

 頭上で響く甲高い奇声。それに孝志郎は鞄やらは取り落としながらも、固まったキメラだけは離さず抱えたまま、芝生へ飛び込む。

「グッ……!」

 鞄の地に落ちる音を超えて背を撫でる鋭利な風。

 それを浴びながら孝志郎は右肩から着地。頬と半身が草と土を擦る。

 飛び込んだ痛みと草土の匂いの中、孝志郎は急いで身を起こし、目の前の木陰へ駆け込む。

「クッソ! なんだってまた幻想種がッ!? 幻想界は五年前にッ!」

 背を襲った害意を帯びた冷風。それに強張った体を動かしながら、孝志郎は木立の濃い方へ濃い方へと気の合間を縫って進む。

 その間にも度々頭上で枝葉が揺れて騒ぎ、逃げる孝志郎の心身を追い立てる。

 やがて一際幹の太い木を傘に、背を預ける孝志郎。

「ハァ……ハァ……ッ! このまま、やられてたまるかッ! けど、そのためには……」

 孝志郎は弾む息を整えながら、繁る葉越しに見上げて空を警戒。そして腕に抱えた黒雲へ目を落とす。

『お、お前……ワシらの事知ってんのかッ!?』

 黒い羊に別の獣の頭手足を取りつけたようなキメラが、孝志郎の眼を見返しながら尋ねてくる。その問いに孝志郎は眉根を寄せ、苦い顔で頷く。

「ああ。昔、嫉妬に狂って体預けちまったことがあってな……痛い目見たんだよ」

 甦った失敗の記憶の苦み。それを噛みつぶしながら孝志郎は再び空を見上げる。

『なあ頼む! おいどんと契約をッ! このヨナキに力預けちゃくれんかッ!?』

「はあッ!?」

 失敗の記憶を告げたにも関わらず契約を持ちかけたヨナキと名乗る幻想種。それに孝志郎は思わず抱えたキメラを手放す。

「ふざけてんのかお前!? 契約して痛い目見たって言っただろ!?」

『いい記憶が無いのは分かる! だがそこを曲げてどうかッ!? 悪いようにはせんッ!』

 地に触れる前に身を翻して浮き上がったヨナキは、孝志郎の前でそのサル頭を下げて願う。

 だが孝志郎はその懇願にも苦い顔のまま顔を背ける。

『切り抜けるには他に手は無いッ! ここは曲げてどうか頼む、この通りだッ!』

 そう言ってヨナキは地面に急降下。サルの顔を地面に擦りつけて懇願を重ねる。

 狙っているのが幻想種である以上、他に手が無いことは孝四郎にも分かっている。だがそれでも苦い記憶に足を取られて踏み出せず、逡巡してしまう。

 そこで不意に、孝志郎の正面に枝と葉が雨の様に落ちる。

 それに孝志郎とヨナキが揃って顔を上げる。するとその先には木の枝と葉の傘に空いた大穴が。そしてそこをを通って降りてくる怪鳥と眼が合う。

『ヒヒャハァアアアアッ!! さあ鬼ごっこは終わりだ! まとめて食ってやる!』

 圧力を伴う風を散らしながらの着地。そうして地面を踏んだ怪鳥は、牙の生えた嘴から奇声を放ち舌舐めずり。

 そうして鋭い嘴を突き出して、かぎ爪を備えた足が土を蹴る。

 逃げようとする孝志郎。だが怪鳥の嘴は瞬きする程の間に間合いを詰め、回避の許される間は最早無い。

『させるかってんだ!』

 しかし貫こうと迫る鋭いモノの前にヨナキが飛び出し割り込む。

 正面に放たれた雷。空に火花を散らして壁を作ったそれと嘴が衝突。

『ギャッ!?』

『がぁッ!?』

 しかし怯ませて勢いを緩めはしたものの、黒雲に覆われた腹を鋭利な先端が直撃。孝志郎は辛うじて逃れたものの、ヨナキの体は跳ね飛ばされてきりもみ状に空を舞う。

 嘴から木の幹に突き刺さった怪鳥。それを孝志郎は肩ごしに一瞥し、芝の上を跳ね転がるヨナキへ走る。

「おい!? 大丈夫かッ!?」

『おぉう……まだ生きてるぜい』

 駆け寄る孝志郎に対し、ヨナキはサルの顔に笑みを浮かべて答える。しかし軽い調子とは裏腹に、緩んだ口から血を溢したその顔に言葉通りの余裕は見えない。

 自分を庇って瀕死に陥ったキメラ。対して自分たちを害しようとする怪鳥。

 孝志郎は己を挟む幻想種を見比べ、そして軸の通った揺らぎの無い目で倒れたヨナキを見る。

「……契約だ! 力を貸せッ!」

 決意の目と言葉で告げた共闘の意思。

『お、応ともさ!』

 孝志郎の向けた信頼に応えて、ヨナキが立ち上がる。

()()の間を渡す希綱(きづな)。人は妖しに、(ゆめ)(うつつ)に。巡る希綱を環と結ばん!』

 ヨナキの口から紡がれる契約の呪文。日本語で綴られるそれが進むにつれて、雷がヨナキと孝志郎の間で弾ける。

 虚空を閃く雷光は、やがて綱のようになって両者を繋ぎ、結ぶ。

 瞬間、木を割り裂く音が爆ぜる。

『契約なんざさせるかッ!』

 そして重い物が次々と枝葉を薙ぎ倒す激しい音色を後に、怪鳥が稲妻で結ばれた孝志郎たちへ嘴から突っ込む。

「セェアッ!」

『ギヒィイッ!?』

 だが振り向きざまに孝志郎の振るった右拳がその鼻っ面を迎え撃つ。カウンターの形で入った雷光を纏うそれは嘴を歪めて、怪鳥の巨体を突っ込んできた勢いそのままにはね返す。

 怪鳥の顔面を押し返して飛び散る雷。その中心点である孝志郎の中指には、すでに金色の宝玉を咥えた猿を模した指輪がはまっている。

 そのヨナキとの契約の証から再び閃く稲光。それが孝志郎の体を這うように迸るのに伴い、ヨナキ自身が黒雲の体を広げて雷の上に覆い被さる。

 地上に立つ雷雲。その内から光が覗き、雷鳴が唸る。

 やがて爆ぜる光と大音声。

 ひと瞬きに溢れた光が引いていく中、落雷の残響に混じる虎鶫(トラツグミ)の声。細やかな、しかし笑うような歌の中心。その弾け散った雷雲の跡には、長身で屈強な忍装束姿の男が一人立っている。

 虎か稲妻を思わせる模様の装束に硬質なフルフェイスマスクの忍者。孝志郎の変身した屈強な忍者ヒーローは、身に帯びた雷を振りほどきながら足を一歩踏み出す。

『さぁて、散々痛めつけてくれたお返しと行くかッ!?』

 忍者の仮面。その額にある猿の顔がそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。

『ひぃいッ!?』

 孝志郎の忍び装束と一体化して凄むヨナキに、怪鳥は怯えのままに羽ばたき、穴のあいた枝葉の天井をその身でこじ開けて夜空へ。

『逃がすなよ相棒ッ!』

「分かってる!」

 額からのヨナキの声に返して、忍者は雷を後に引きつつ跳躍。月と星の明かりに開いた翼を追って空へ昇る。

 羽ばたき逃げる怪鳥。夜風に舵を切る尾を正面に、忍者戦士は木を、屋根を、塀をと次々と飛び移って行く。

「セヤァアアッ!」

 やがて立ち並ぶ民家の屋根を音もなく駆け抜けて大きく跳躍。そして上昇が頂点に達すると同時に、助走の合間に手の中に固めていた光を投げ放つ。

『ギャンッ?!』

 弧を描いたそれは狙い違わずに怪鳥を直撃。突き刺さると同時に雷鳴と鈍い悲鳴とを奏でて星空に弾ける。

 そう、今忍者戦士と化した孝志郎が投げ放ったものはまさに手裏剣。雷を掌に固めて形成した手裏剣である。

 そして力を凝縮して形成しているということはつまり、孝志郎の心命力が続く限り無尽蔵に生成可能。事実上弾切れの心配はない。

「セェヤッ!!」

 電信柱の天辺を踏み切り跳び、今度は左、右と両手から雷手裏剣を投擲。

『ヒッ!? ギャンッ!?』

 しかし左の手裏剣を怪鳥は右への羽ばたきで回避。しかし時間差をつけての次弾が、待ち構えていたかのように避けた先を襲う。

 二発目の雷光手裏剣が翼を直撃。そのために怪鳥は飛ぶための力を瞬間的に失って落下。

「もらったァーッ!!」

 そこを狙って忍者戦士孝志郎は落下しつつ、腰に備えた何かを掴み投げる。

 空を裂くような音を引いて空に伸びる、蛇の頭を先端としたフックロープ。

『ぎゃあッ!?』

 伸びたロープは標的を逃がすことなく絡みつき、その先端の蛇頭のフックが怪鳥の鱗を破り食らいつく。

「セヤァアアアアッ!!」

 そして孝志郎は食いつかせたロープを振るい、怪鳥を振り落とす。

『ぎ、ぎぃやあぁあああああッ!?』

 目下の神社へ向けて怪鳥は真っ逆さま。鈍い音を立てて地面に落着する。

「イヤァッ!」

 そしてすかさず翼と脚をばたつかせて這う鳥へ向けて、針型に形成した雷手裏剣を投擲。その鼻先を牽制する。

 怯える怪鳥に遅れて忍者戦士孝志郎は着地。震えあがって後ずさる敵へ向けて足を踏み出す。

「雷芯ッ!!」

 そして両掌を打ち合わせて離し、その間に竿状の雷光を形成。その稲光を掴み、一本の杖へと変化させる。

 その上端を握り切り離せば、杖の柄を鞘としていた稲妻の刃が顔を見せる。

『よ、よせッ! やめてくれ、頼むッ!』

 雷の仕込み杖を目の当たりにして、怪鳥は命乞いを重ねる。

 だが孝志郎は雷芯を居合に構えて躊躇無く踏み込む。

 稲妻を足元に置き去りにする程の速さ。

 そんな目で認識出来ぬスピードで怪鳥の脇をすり抜ける孝志郎。

『え? は?』

 怪鳥は目を瞬かせて、歪な嘴を背後へ抜けた忍者戦士へ向ける。

「轟鼓閃命! 清めよ、その幻影ッ!」

 だが孝志郎は何事もなく動く怪鳥に背を向けたまま、言霊を詠唱。雷芯を血糊を払うように振るい、その雷光の刀身を鞘へ納めて行く。

『ヘ、ヒヒッ!』

 その隙を幸いと、翼を広げて逃げ出す怪鳥。

 だがその瞬間、その右肩から左腰にかけて稲妻が溢れるように迸る。

 そして、鍔鳴りが響く。

『へひゃあッ!?』

 続けてひしゃげた嘴から間の抜けた断末魔が溢れて、傷口から雷光が花火のように爆ぜ拡がる。

 金色の円陣を形作るその下には、体を奪われていたらしき男が一人横たわっている。

 ヨナキと契約を結んだ孝志郎は、倒れ伏したそれを、硬質な仮面の奥から見据えていた。

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