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女の怖さは

「で、その日焼け?」

 相良は笑いながら、ビールのプルタブを引いた。

「あいつがモテる割にオンナいない理由の一端を垣間見た気がしたわ。まさかいきなり釣り堀とはね」

 シュッとワイルドと評される相良が、テーブルに肩肘をついて奏を見る。

「まあ、あいつ、そういうとこあるな。でもよかったじゃないか。途中で帰らなかったとこみたら、おまえも結構楽しかったんだろ?釣り、好きだったもんな。で、何?おまえ、釣りできません演技とかしたの?ゴカイこわーい。気持ちワルーイとか」

 口に拳を当て、奏のモノマネをするつもりの全くない作り声で身をくねらせた。

「しないよ。ふっつーにぶち切ったし。普通の釣り人?」

「あいつは?ゴカイぶち切る女見て引いてなかったか?」

「は。引くどころか、キラキラしてたわ。まぶしーっつーの」

 相良は声をたてて笑うと、テーブルから身を起こし、ソファーに背中をもたせかけて宙を仰いだ。

「ま、でも良かったわ。おまえって、素直さの欠片もない頑なさんだからさ、どういう生き方するにしろ、楽しいでもらいたいからな。安心したわ。もうそろそろ前向くのもいい頃でないの?」

「は。後ろ向きの爛れた恋愛まっしぐらの相良には言われたくないね。そうだ、この話、釣り行ったこととかもろもろ、他の奴らに言うなよ?じゃないとダンナにチクるからな」

 相良は肩をすくめ、ビールをゴクゴクと飲んでからぞんざいに口元を拭った。

「なんだ、それ。ま、オレと違ってお前には障害なんてないんだぞ?とりあえず、もう、お前の心の問題だろ」

 心だけの問題。そうかも知れない。

 でも、こと恋愛に関しては、相手の心だって問題となるのだ。

「いっそ大っぴらに付き合えばいいのに。ちゃんと綺麗なカッコもしてさ。

 なあ、お前、もう立派な女だよ。それも友部みたいなモテモテくんに惚れられるほどのさ。

 オレだって、紗月さんいなきゃ、襲ってるよ。いや、マジで」

 絶対に、「マジで」しないだろう笑顔と口調。

「もう学生じゃないんだから」

「は。おまえ、女の怖さ、知らないから」

 高校のとき、好きでも何でもなかった男に惚れられた。

 告白でもしてこようもんならハッキリと断れたのに、どっちつかずの煮え切らない態度でつきまとわれ、挙句、その男を好きだった女からのイジメにあった。

 どういう経路か、高校を一度辞めてやり直していた奏の前の学校が男子校だったことを突き止められ、結局2度高校を辞めてしまった。

 まったくもってつまらない理由。

 あのとき、あの男子生徒に言い寄られなければ、また少し違った人生になっていたのだろうか。

 ダメ押しのように付けられたあの時の心の傷が、ずっとケロイドのようになって奏を束縛する。

「お前が居なきゃ、死んでたもん」

 相良を前にすると、自分のことを「私」とは言えなくなる。

 それでも「オレ」とも言えないことが、歪んでいると思えた。

「大げさだな、おい。初めて聞いたわ、そんなん。酔ってんな?久々にガッツリ太陽浴びたからか?」

「ほんとにね。太陽があんな体力削るもんだっての、すっかり忘れてたわ」

 それでも、やっぱり、確かに楽しかった。

「今度一緒に行こう」

「だーめ。友部に連れてってもらいなさい。お付き合い、OKしたんでしょ?俺は後輩の彼女エスコートして恨まれたくないもん。それにね、紗月さんが怒るんだよね、お前といると。ヤキモチ妬きさんだーかーらー。

 実はチョコチョコここ通ってんのも秘密だし」

「は?いろいろ知ってるのに?」

 そもそも奏の過去を知って温情をかけ、今の仕事をくれたのはその紗月だ。

 大輪の花のようなオーラを持つキャリアウーマンで、社長の娘だから副社長の椅子にいるというよりは、学生の頃から経営に関わり、単なるシューズメーカーだった会社を若い感性と柔軟な発想と行動力で、自社工場を持つ大手のスポーツショップにした立役者。

「それでも、あやうく嫉妬するほど、お前にオンナの脅威を感じてるんだってさ。良かったな。だから、友部と付き合うって聞いたらきっと喜ぶ」

「言うなよ。どうせすぐ別れる」

「わーかんねーぞー。あ、ケータイ、光ってるぞ」

 見ればそれは朗太からのメールだった。

『楽しかったです』というタイトルと、『次の休みも空けといてください』という、絵も飾りもまったくない本文。

 奏は片頬で笑うと、そのまま携帯を閉じた。

「友部からじゃないのか?返信してやれよ。つか、今のその不敵な笑みはなんだよ。ちょっとでもイイと思ったから付き合うことにしたんじゃねえの?」

 奏は一気にビールをあおると、手の中の缶をバキバキと潰した。

「おまえなぁ。サッカーだの釣りだの我慢する前に、その男らしい所作を気にしろ。そんでスカートで胡座をかくな」

「自分家でいるときくらい気抜かせろ。男のキャリアの方が長いんだからしゃあねえだろ」

「あーあー、言葉まですっかり雑になってまあ。ほら、目のやり場に困るでしょ。生足を隠しなさい」

 缶を持ったまま片目を押さえ、もう片方の手を、犬でも追い払うようにして振る。

「お。なんだ?いよいよ欲情したか?ん?一回ヤっとくか?」

 心にもないことを口にし、テーブルを回ってにじり寄る奏の頭を押しのけると、相良は盛大に溜息をついた。

「しょーもないことを言ってないの。何だよ、お前、自分が傷つくくらいなら友部のこと、いじめようとすんなよ。あいつ、そうだよ、ムカつく奴だった!」

 何かを思い出したように、ゴトンと音を立ててビール缶をテーブルに乗せ、奏を見た。

「あいつ、お前のこと知ってたくせに、不動の10番と呼ばれたこの俺を知らんかったんだ」

 いきなり中学時代の相良の背番号が出てきて慄く。

「何……?」

「昔のお前を、知ってたって話。あいつ、播真二中でサッカーやってたんだと。んで、県総体のとき、山賀中の1番見てスッゲー憧れて、追っかけて青北高校入ったらしい。そ。その一番おまえ、ね。1回、一対一の場面になって、お前と目が合って、それで惚れたんだって。ああ、もちろん色っぽい話じゃなくて、な。で、せっかく高校まで追いかけたのに、おまえもう学校辞めててさ、ショックだったって言ってた」

 どんどんと奏の顔から色が失われていった。

「それ……って、オレが…オレが男だったこと、知ってんの?」

 奏は思わず自らをオレと呼んでしまう程、突然告げられた言葉に動揺した。

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