目論見は
すっかり目論見が外れてしまった朗太への嫌がらせ。
女子社員が言う通りの素敵男子ぶりに小さくイラついた。
なんだ、いったい。
顔が良くて、頭が良くて、スポーツ万能で、爽やかで、性格が良くて……て。
なんなんだ、気持ち悪い。
いや、待て。
あいつはどうでもいいような女と寝てしまっても責任取るような薄ら寒い奴だぞ。要は愛が無くても義務感でヤれるような奴じゃないか。
いい奴なんかじゃないわ、全然。
いっそ最後までヤって言いふらしてやれば良かったか?
いやいやそれはないない。被害受けるのこっちじゃん。
あー、ほんとない。
ゆうべ殆ど眠れていない奏は仕事中何度か舟を漕ぎそうになり、そんなイライラもあってかなりクサクサした気持ちで更衣室のロッカーに手をかけた。そこで勢い目測を誤り、取っ手の部分に指先をぶつけて、痛みにしばし呼吸を忘れる。
「ねえねえ、昨日ロジ管の懇親会に友部くん来てたってほんと!?」
若干興奮気味に、奏と違う部署の女子が更衣室に飛び込み、奏の所属する物流部の同僚女子をガッチリと掴んだ。
「そうそう。うちの部長、前、企画の課長だったじゃん。で、元部下だった何人かも昨日来てたんだけど、そん中に友部くんがいたわけ。で、ね、昨日の昼間、企画の部長にすごい怒られててさ、もうやけ酒?けっこう酔ってたよ。それが、途中から居なくなったわけ。ムツミとか狙ってたのに逃げられたってギャアギャア言ってた」
落ちてたよ。
なんであの状況で誰も気づかなかったんだ?
さっさと拾ってくれてればよかっのに。
くそう。そのせいで……。
奏は痛む指先を振り振り、友部の可愛さについて語りあう二人に頭を下げて更衣室を後にした。
ドアを閉めたあと、更衣室の中から「清白さんも昨日行ってたの?」「えー来てたかなぁ。わかんないわ。空気だから。つか休日出勤あの子と一緒とかマジサイテー。超暗いの」という声が聞こえて、奏はフンと鼻に皺を寄せた。
平日とは違う閑散とした社屋を出て空を見上げれば、夕暮れ前の太陽のどこかノスタルジックな光に気が緩んだのか、大あくびが出た。
会社では必須の伊達メガネをずらし、滲んだ涙を拭っていたから、自分に手を振っていた人物の影に気付かずそのままその場を通り過ぎる。
「清白さんっ!」
だからいきなり名を呼ばれ、腕を掴まれて心臓がギュッと縮まった。
「……!?」
振り向けばそこには笑顔もキュートな友部朗太。
あ。弱点みっけ。背ちっこい。
160センチの自分とそこまで視線がかわらないところを見れば、170センチあるかないか微妙なところだ。
「……なんですか?」
社内での大人しい清白奏を全面に押し出し、心の中で「ちっさい」と思っていることなどおくびにも出さず、あくまで控えめな表情を浮かべた。
それに対して朗太は笑顔の上にまた笑顔を乗せる。
「やだなあ、清白さん。猫被んなくても、俺もう清白さんのキャラ知ってるし」
……睡眠不足と、更衣室でぶつけた指の痛みで機嫌が悪かった。
普段の奏なら困ったように笑って立ち去ろうとしたのだろうが、いかんせん昨日の今日ということもあって、ついつい噛み付くような口調となる。
「何の用?あのことなら誰にも言わないわよ」
ワントーンもツートンも下がる奏の地声に、朗太がのんきそうに返した。
「言ってもいいのに」
「はあ?あんた何言っ……」
そこまで口にしたとき、社屋の方から先ほど別れた女子社員と思しき声が聞こえてきた。
今いる場所は社屋の出入り口からだと少しカーブになっていて見えないが、すぐにも視界に入ってしまうだろう。
「ちょっとこっちきてっ!」
奏は朗太の腕をつかむと、物流倉庫の社外受付をする小屋の物陰に朗太を連れ込んだ。
睨むように向き直れば、顔いっぱいに笑顔を浮かべた朗太の顔。
女子ウケのいい可愛さも、とにかく奏のカンに障る。
「どういうつもり?」
「どういうって、昨日?いや、今朝か?のお礼とお詫びに」
ニッコリ笑う朗太は、今日は休日の筈だ。
それでも会社内で奏を待つつもりだったからか、それなりにカッチリとジャケットを着込んでいる。
礼や侘びなら……まあ、別段されたくもないが、別に週明けのタイミングでも構わないのに、わざわざ時間を割く律儀さも奏をイラつかせた。
それともそこまでして口止めしたかったかもしれない。
奏は適当に大きく頷くと、体の横で理解したとばかり両手を軽く手をあげる。
「よし。OK。あんたの気持ちは十分伝わった。こちらこそわざわざどーも。とにかく、誰にも言わないから、じゃ、これで」
慇懃無礼に頭を下げ、その場を立ち去ろうをした奏の前に、止まれとばかり腕が差し出された。
「ダメだよ、そんなの。ご飯行こう。奢らせて」
「お気持ちだけで。遠慮じゃないから。ほんと気にしなくていいから」
「ええー、なんか警戒してる?大丈夫だよ。オレ、合意の下でしかエッチしない主義だから、基本襲ったりしませんって。昨日のも、オレ、襲ってないんでしょ?ね?
それに今日は酒飲まないし、あ。なんだったら他の女の子呼ぶ?さっき声してたし。ちょっと呼んでくる……っ」
「あーあーあー、止めて止めてっ!!何すんの!?わかった。わかったからっ!!」
冗談じゃない。
さっきの彼女らにこんな話を聞かれでもしたらっ。
「あはは。んじゃあ、いきますか。何食べたい?今日はちょっとくらいのムリもしますよー。あ、車あっちです」
「ラーメン屋でいいわよ、そんなもん」
「えー、なにそれ、奢りがいないなー。ああ、じゃあ、中華どう?うん。少し離れてるけど、いいとこあるんだ。そーしよそーしよ」
「ちょっとっ!離れて歩いてっ」
社員用の駐車場までの道。
いくら休日とはいえ、誰の目に留まるかわからない。
妙な詮索をされるのはごめんだ。
「わー。すっげ傷つく」
口を尖らせて拗ねる朗太を、ほんの少しでも可愛いと思ってしまったのは、昔飼っていた飼い犬におやつをやらなかったときと被って見えたからだと、自らに言い聞かせる。
「目立つのヤなの。あんたなんかと歩いてたら、絶対見られる」
「ひゃは。願ったり叶ったり。……嘘です。すみません」
睨む奏に、朗太が小さく頭を下げた。
「あ、俺の車、C-2ですから。先言ってます。けど、逃げたらあしたロジ管まで迎えにいきますからね」
ロジ管とはロジテクス管理課の略で、奏の所属する物流部の中の担当部署だ。
「逃げないわよ」
朗太の行動が読めず、ただひたすらに、酒に飲まれた自分を恨めしく思うのだった。