捨て犬は
「なんて答えていいかわかんないけど、でも、相良とはそんなんじゃないから。それだけは断言する」
奏の言葉に、朗太はギュッと空の拳を握りこんだ。
「ただ、相良はあんたより15年程知り合ってからが長いだけよ」
「……そんな…前?」
奏自身口にして、ほんの少し驚いたほどだ。
人生の半分以上の付き合いになるのだということに。
「……けない」
朗太の掠れた声が、微かに耳に届いた。
ふうっと空気が揺れる。
それは、朗太の乾いた笑いの生み出す流れ。
「追いつけない。…オレが、これからカナデさんに15年ついて回っても、相良さんは、オレの、15年先をいってる」
笑っているのに苦しそうな声に、奏の心までが息苦しさを覚える。
やっぱり、付き合うなんて言うのは、やめておけばよかった。
イタズラ心なんて、起こすんじゃなかった。
中途半端に、朗太を貶めようとなんて、するべきじゃ、なかった。
今はもう。
……真っ直ぐな心を見せられれば見せられる程、その心が曲がる瞬間をみたくない。
最初は、それを見たくて始めたはずなのに。
「……あんた、あたしにはやっぱ勿体無いわ。あんたには、もっと、ちゃんとした可愛い女の子が似合ってる。ごめんね。振り回して。こんななら……こんななら、付き合うなんて、そんなん、言わなきゃよかったね」
本当は。
ずっとずっと寂しくて。
だから酒を飲むとついついタガが外れてしまう。
あの時――。
捨てておけばよかった。
一時の気まぐれで捨て犬に餌をやって懐かれた記憶が蘇る。
……でも、捨て犬は朗太じゃなくて、あたしなんだ。
「は?……なに、それ。オレが嫌ならっ!オレがダメんだったら、ちゃんとそう言ってくれ!!そんな、そんな的外れに優しい、ずるい言い方しないでくれよっ」
きっと今、あの真っ直ぐな目を向けられいるのだと、そう感じる背中。
奏はとても振り返ることなどできず、ただ、ドアに手をかけた。
ああ。
あっさりと、あんたに興味ないって、言ってしまえばいい。
そうすれば、まだ小さなキズでお互い解放される。
そもそも朗太が望む恋愛感情なんて、持ち合わせてないんだから。
……でも……。
でも、言えない。
言いたくない。
先でもっと深くキズつけることになっても、どうしても自分のずるい部分がそれを口にすることを拒んでしまう。
無条件に差しのべられる手の温もりを知ってしまったら、そんなもの……手放せるわけない。
それが、朗太にどんな残酷な結果を押し付けることになるのだとしても。
その手を。
離せない。
ミイラ取りがミイラになる。
なら、もうそれでいい。
ミイラでいいから。
だから。