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第一話 休校万歳!

日常生活を描くということをあまりしてこなかったので、変な部分や、違和感のある部分があるかもしれませんが、お許しください。


今回も楽しんでいただけたら、幸いです。


それから、ご意見ご感想いただけたら、なお、嬉しいです。(心の声が…)

「まだ、寒いな…」


自宅の玄関前。


おなじみの制服に身を包んだ太樹は白いため息を吐いた。


することもなく、ただ、まだ違和感の残る光景に目をやっていた。


目にはいる民家の屋根は例外なく、真っ白に染まっている。


ザクザクと音を立ててショベルを路面に張り付いた雪の下へと潜り込ませる、熱心な近所のおじさんおばさんが見える。


みな、長靴に手袋や耳を隠すフードみたいな帽子(太樹には名前がわからない)を厚着の上にさらに着込んでいた。


やる気満々といったところか。


そんな光景を何をするでもなく、眺めていると、時折何かしなくてはいけないような罪悪感でも使命感でも義務感でもない、モヤモヤしたものが胸を巡るが、それらは一切無視する。


雪の溶け切っていない道路は相変わらずの冬の寒さをより厳しいものにしていた。


制服のいたるところから、冷たい風が入り込むのを感じる。


まあ、それももうそろそろ終わるけれど。


三月の暮れ。


そもそも、前日にあった降雪がおかしかったのだ。


この御伽市が位置する夢物地方は寒い地方ではあるものの、三月に雪が降るというのは未だになかったことだ。


さすがの太樹も突然の大雪を生で見た時は驚いた。


少しずつ、春へと歩き出していた季節が、振り出しに戻ったような不思議な感じを覚えたものだ。


徐々に足元へ降り積もっていくそれは、どこかツクリモノのようで、制服にひっついた小さな結晶はこの世のものとは思えないくらいに綺麗に映った。


昨日はそんな不思議な違和感の中、ただ、同じように驚く人々を見ながら帰った。


「太樹ー待ったー?」


ようやく現れた沙耶。


見慣れた制服の上にかわりばえしないダッフルコートを着たその姿で太樹の元へかけてくる。


「十分遅刻だよ」


対して怒る風でもなく太樹は言う。


「ごめん。設定時間まちがえちゃって…」


沙耶が言い訳した。


その両足は早く行こうとばかりに足踏みなんかしている。


足元の水たまりとも呼べないような水量の雪どけ水がピシャピシャいう。


「何時に設定したの?」


「六時十分」


「今何時か知ってる?」


「八時十分でしょ?わかるよ、それくらい」


「じゃあ、どうして六時十分に起きた人がここに遅刻してくるのさ。徒歩五分もかからないでしょ」


「うん、そうなんだけど…って、とにかくもう行かないと遅刻になるよ」


足踏みの速度が上がる。


それなりに焦っているようだった。


じゃあ、どうして二時間も家でのんびりしてたのかと言ってしまいたいけれど、


「そうだね。行こう」


遅刻してまでする話じゃない。


太樹と沙耶はほとんど同時に走り出した。


太樹の家は学校まで普通に歩いてものの二十分で着く位置にはあるものの、さすがに、今からだとは走らないと間に合わない。




「着いたぁー」


沙耶の安堵のこもった叫びと共に、何とか登校時間の八時半までに学校に辿り着いた二人。


「それじゃあ」


太樹がさっさと入れ替えた上靴を持ち上げながら言う。


御伽高校は上履き常用なのだ。


「うん、また昼休みね」


沙耶が満面の笑みで返す。


「え?それは聞いてない」


太樹が敏感にそう答えると、沙耶はあからさまに不満そうな顔を作る。


「いいじゃない。別に。仲良い人クラスにいないでしょ」


「うわあ、辛い言い方だな…いや、でも、それはどっちにしても、ちょっと…」


太樹は口ごもる。


「ちょっとなに?」


沙耶がそこへ追い打ちをかけた。


それから、太樹はバツが悪そうに沙耶から顔を背けて、答える。


「だから、その…なんとなく…かな?」


言いづらい。


女子と昼ごはん食べるのがなんか恥ずかしいなんて。


「ああ、またそれっ。もう!その口癖なんとかならないの?」


沙耶が大きなリボンでまとめた髪をブンブン言わせる。


このままいくとあとあと大変なことになる。


まあ、いいか。


太樹は半ば諦めつつ、答える。


「わかったよ。昼休みね。教室で待ってる。それでいい?」


「うん!それじゃあ!」


太樹の答えると同時に普段の明るさに戻った沙耶の爽やかな一声。


そして、彼女は太樹とは反対方向へと廊下を駆け出した。


そんな沙耶を見かねて太樹が声を掛ける。


「風紀委員が廊下走っていいのかー」


「緊急事態だからよし!」


彼女が振り向きもせずに答えた。


相当焦っているようだった。


不意に何か忘れているような気がして、なんとなく腕時計に目をやる太樹。


『3月20日・AM8時30分18秒』


うん。


思い出した。


上靴を履くのももどかしく、太樹は駆け出した。


全力疾走。


遅刻したときのあの感覚だけは嫌だった。


おそるおそる開ける教室の扉。


自分以外の皆が揃っている教室。


すでに始まっている先生の出席確認の高い声。


みんなの視線。


遅刻していいことなんて一つもない。


太樹はようやくたどり着いた教室の扉を息を整えることもままならないままに、だけれどそっと開く。


それから、愕然とした。


「そっかあ…今日は集会だったんだ…」


そこには、文字通り、人っ子一人いなかったのだ。


太樹はがっくりとうなだれると、ただ、少しの安堵と多大なる後悔を胸に、自分の席へ沈み込む。


窓際の一番後ろの列が太樹の席だった。


冬は寒く、夏は暑い。


より、外に近い状態が保たれるその席を太樹はなかなかに気に入っていた。


「まあ…気にしてもしょうがないか」


未だにどうしようとか、家に連絡が行くのだろうかとか考える臆病な自分へ言い聞かせるように言う太樹。


そんな彼を少しだけ空いていた窓から吹き込んだ風が優しく撫ぜた。


ひどく冷たかった。




太樹の目には誰もいない教室はひどく殺風景に映った。


考えてみれば、教室なんて人がいるから光景として意味を持つけれど、机と椅子だけがガランと広い部屋に並べられているだけというのはとても…なんというか、さみしい。


そこにぽつんと座る自分はもっと、さみしい奴か…なんて考えた太樹。


隙間風に気がついて、締め切った窓からヒューヒューと音がする。


案外風の強い日だったんだ。


沙耶を待っている時は周囲の観察に夢中で、いざ登校は走ってたから、意識してなかったな。


帰り道の気温の低さを考えると、今から身体が震え出すのを感じた太樹。


コートをきてこなかったのを少しだけ後悔していた。


いっそ、帰りも走ろうかな。


そんな考えすら胸をよぎった。


それから、なんとなく見上げた黒板に書いてあった文字に気がつく。


その意味を把握した時にはさすがの太樹もショックを受けた。


『大雪のため、休校』


サラリと少し右に流れ気味の文字は白いチョークでくっきりと書いてあった。


太樹は自分の杞憂がすべて無意味であったことを嘆くよりも、よもや雪で休校なんてあり得るのだろうか?


とそんなことを考えた。


そして、なにより、自分の鈍さに驚いていた。


思い返すと、遅刻寸前の時間とはいえ、通学路に生徒が一人もいないのもおかしな話だった。


そんなのにも気がつかないとか…。


「はぁ…」


太樹は思わずため息をついた。


だが、連絡網がなぜ回っていないのかということについては深く考察しないことにした。


考えたら、辛いだけだ。


そんな折、ガラガラと教室の扉が開く。


「ん?」


今日は休校だよ。


まあ、人に言えたものではないけれど。


「あれ?冬越君、なんで…?」


入ってきたのは檻村カナコ。


クラスメートだ。


しかし、話したことはほとんど皆無だった。


そもそも、名前を呼ばれたことさえ、今が初めてかもしれなかった。


そんな檻村はクラスメートの中でもかなりまともな方だ。(まあ、見ていた部分だけだけれど)


なぜか、女子が荒れやすいこの御伽高校の校風に巻き込まれず、我を保つ彼女は真面目でおとなしいタイプだった。


それゆえ、学級委員、並びに数々の雑用を、女子のドン、唐沢晶子から押し付けられている。


いわゆる、パシリのような存在だ。


太樹もたくさんの場面において、それはやりすぎだとか、そこまでやることはないだろとか思うようなことはあったものの、言ったあとのデメリットからなに一つとして言えていなかった。


だから、みんなと共犯者とも言える位置にいた。


「お、檻村さんこそどうしたの?」


だからこそ、罪悪感やら何やらで話しづらい。


「あ、ひどいな。冬越君は。いつも言ってるじゃない。私は苗字で呼ばれるの嫌いだってこと」


檻村は思いっきり嫌そうな顔をした。


そうだった。


今更ながら、思い出す太樹。


檻村カナコはその物騒な漢字を含んだ名字で呼ばれるのを、いや、その名字自体をひどく嫌っていたのだ。


基本的にイエスウーマンな彼女も名字で呼ばれるのだけは耐えきれないようで、先生が間違って、名字で呼んでから掃除ロッカーの整理を頼んだ時の剣幕はすごかった。


割と整ったその顔立ちを鬼のような形相へと変え、こう言ったのだ。


「それが人にものを頼む態度ですか?」


と。


その普段とのギャップ、そして、苛立ちからくる妙に静かな彼女の口調が今でも太樹は忘れられない…(忘れていたけれど)


でも、事情が事情とはいえ、女の子を名前で呼ぶなんて、恥ずかしすぎる。


「その、なんというか、なんか、誤解を招くというか…なんというか…」


そうだ。


それを避けるためにクラスメートの男子たちはみな、あのさとか、ねえ、とかそんな風に直接名前を呼ぶのを避けていた。


しかし、この状況では何の役にも立たない。


「ふーん。赤梨さんのことはいっつもサヤサヤって呼びまくってるのに?」


もとは温和そうな顔立ちを意地の悪い笑みで作り変えて言う檻村。


「そ、それはっ……そう、だけどさ…」


なんとも嫌な話を引き合いに出されてしまった。


そうだ。


あいつも女子だったんだ…(こんなこと思ったとしれたら、思い切り殴られるかもしれない。沙耶は見かけによらず、腕力があるのだ)


「じゃあいいわ。私をカナコって呼ばないなら、赤梨さんのことも赤梨さんって呼ぶのよ。それでフェアでしょ?」


檻村はそれだけ言うと、うんうん首を縦に振る。


名案だとばかりに。


しかし、太樹としては全然フェアではない。


第一、どうしてほとんど話したことのない女子のために安全な生活に終止符を打たなければいけないのか。


グタグタ考えたあと、太樹は解決策がないという結論に持って行き、諦めたように思い切りうなだれた。


ああもう、いいや…。


「わかったよ。か、カナコさん」


太樹は割り切ったとはいえ、慣れないことで自分の顔が赤くなるのを感じた。


窓を閉めなきゃ良かった。


あの隙間風が恋しい。


「わかればよし。で、どうして、冬越君は学校にいるの?」


トレードマークとも言えるメガネを外し、どこからか取り出したハンカチでその表面をさっと磨きながら、カナコが言う。


「いや、だからその…休校だって気がつかなくてさ…」


太樹がはずかしそうに答える。


すると、


「そうなの?私も!なんか、連絡網が回ってなかったみたいなんだ」


とメガネを掛け直したカナコ。


それじゃあもっと人がいるはずだよ、とは太樹は言えなかった。


いや、言わなくとも、彼女は気がついているだろう。


学年トップの成績を持つ彼女なら。


成績ランキング表が貼り出され始めた去年から、依然として学年で一番はゆるがない。


二番までがいくら動いたとしても、その王座だけは交代もなしだった。


なにせ、十教科の中で、苦手だと言う社会以外、すべて百点がズラリだ。


それでいて、苦手という社会が九十点代を下回ったことはなかったのだから、挑みかかろうにも、隙がなさすぎる。


まして、平均点より少し上というあまりに平凡な位置にいる太樹からすれば、高嶺の花どころの騒ぎではなかった。


だからこそ、そんな彼女なら察しはつくはずなのだ。


彼女はただのパシリじゃない。


クラスから、浮いてしまっているのだ。


「そっか…なんか、時間の無駄だよね」


うまい言葉が見つからなかった。


やり切れず、指先でほおをかきながら太樹が答えた言葉はそんなだった。


「うん。まあでも、どちらにしてもこの時間帯ってまだ何もやることないよ。店だって開店前だし」


とカナコ。


「そう?うちならツクヨさんに、朝からボーっとしてるようじゃあちゃんとした大人になれないっ!って、怒られるな」


「ツクヨさん?」


カナコが小首をかしげる。


「ああ、そっか、ツクヨさんは、なんだ、その、世話焼きの義理のお姉さん…みたいな?」


「私に投げないでよ」


至極まともな回答だ。


「うーん。でも、まあ、ツクヨさんはツクヨさんだから」


「よくわかんないよー。でも、その様子だと仲いいんだ?」


「それなりにね。一緒に住んでるわけだし。ただ、ちょっと困ったところもあってさ…」


「ん?なになに?料理が下手とか?なんとか?」


「いやその、何でもかんでもやってくれるのはいいんだけどさ…少し過保護すぎるんだよ」


「ふーん。例えば?」


「例えばねえ…」


太樹は考える。


少し考えただけでも、普通に話したら引かれるようなことばかりで、手間取る。


「門限が六時で、破ると晩ご飯抜きなんだけど、お腹減ったって言うと、ちゃんと作ってくれるとことか」


これでも、言っていて、恥ずかしくなる。


「それは過保護というより、なんか、可愛い人だね」


「うんまあ、可愛い人ではあるんだけどさ…」


なんとなく、頷きながら答えた太樹。


だが、それから、カナコの驚いた表情で我に返る。


あれ?なんか、変なこと言ったっけ?


「ふ、ふーん。そっか。冬越君、年上好きなんだ」


「へ?待って待って!なんでそうなるのさ」


「いや、だって…ねえ…」


意地悪な顔をするカナコ。


その真意は窺い知れない。


「ツクヨさんはお姉さんみたいなものなんだって。そんな感情とは無縁だよ。もう、からかいすぎだって」


「それもそうだね。それで、その、ツクヨさんからは冬越君はなんて呼ばれてるの?」


「どうしてそんなことを?」


「いいからいいから」


カナコが太樹を急かす。


しかし、考えてみると、思い出すのに時間がかかった。


日付を忘れているような感覚に近かった。


身近すぎて気にしていないことはいざ聞かれると、ポンっと記憶から離れていたりする。


それから、数十秒後、思い出した太樹が顔を赤くする。


「ねえ、ねえ、早く早くー」


さらに急かすカナコ。


「タイちゃん…かな」


やばい。


かなり恥ずかしい。


またしても、太樹の顔が、いやもう全身が熱くなる。


「…なにそれぇ。可愛い」


カナコがからかうように笑う。


心から笑っているように見えた。


笑われている太樹からすれば、恥ずかしいことこの上ないが、そんな彼女の笑顔に本当の姿が見えた気がして、なぜか太樹は嬉しかった。


そんな時、バンッと扉が開く音と共に入ってくる影一つ。


制服に、前からでもバッチリその全体像がつかめるくらいに大きなリボンでまとめた髪が特徴の彼女は…。


沙耶だ。


「太樹ー。今日、休みなんだってぇ〜………って、あれ?檻村さん?」


カナコの存在に気がつくと同時に、少し驚いた風で沙耶が言う。


「カナコです」


即答だった。


さっきまでの慣れた雰囲気は一瞬でカナコの周囲から消え去り、さっと代わりに冷たい風が吹き込んだような感じがした。


太樹はあまりの温度差に、思わず窓を振り返る。


あれ?さっき閉めたままだったような…。


「はっ⁉ご、ごめんなさい。カナコちゃん。つい…」


「わかればよし!…それにしても…二人とも休校中に仲良く登校ですか…」


ニヤニヤ笑いながら太樹と沙耶を交互に見やるカナコ。


「な、なに?」


学年トップのメガネが陽光も差し込んでいないのに、キラリと光った気がした。


「いえ、別に。それじゃあタイちゃん、赤梨さん。また明日。明日こそ学校があればだけど…」


「うん!それじゃあまた…って、ええっ!?いつの間に二人はそんな仲に!?」


まず、沙耶が仰天。


「そんな仲って、ええっ⁉」


それから、続いて太樹が仰天。


いやいや、いやいやいや…今日初めて話したようなものなんだから…ないない。


「いいじゃない。ツクヨさんは良くて私はダメなのかな?」


カナコはその白く長い指を唇にあてる。


その動作が妙に扇情的に見える。


「そ、その言い方は…ちょっと…」


おかしな態度のカナコに惑わされながらも、なんとか対応しようとする太樹。


「ええっ!?お、おり…カナコちゃん、なんでツクヨさんのこと知ってるの!?本当に二人は…互いの家に行ってキャッキャウフフなことを!?」


こちらはもう勘違いが勘違いをさらに大きくして大変なことになっていた。


沙耶は芝居がかったふうに(実際は本気でやってるのだろう)ひたいに手を当て、「ああ…太樹が…こんなに淫乱になってしまうなんて…」なんて物騒なことまで言い始める始末。


太樹は一度大きく息を吸い、かなり焦っていた心を平常に戻してから言った。


「いや、カナコさん、これ以上誤解を招くようなことは…」


そこまで言うと、すかさずツッコミが入った。


「か、カナコさんっ!だって。やっぱり、二人はデキてるぅ〜。それにこれ以上ってなんだよ〜。これ以上って〜…うわーん!先越されたよ〜」


泣き言のように喚き散らす沙耶。


いやいや、先越されたよ〜てどういう意味だよ。


って、そんなことはどうでも良くて…。


「もういいでしょ?カナコさん。少しからかいすぎですよ」


「あはははは…ごめんなさい。つい、赤梨さんの反応が面白くて…ふふふふふふふ」


「いやいや、なんかまだ笑い噛み殺せてないし、謝る気あんまりないみたいに見えるし」


思わず突っ込む太樹。


実は思っていたよりも性格が悪いのか?カナコさん。


まあ、でも、良くも悪くもこんな風に笑顔が作れる人だってわかっただけよしとするか。


「へ?今のジョークだったの?」


沙耶がパッと顔をあげた。


反応がやけに早かった。


半信半疑と言うのが正しいような表情。


目を細め、ジーっとカナコさんの顔を見つめる。


「ええ。ごめんなさい。あなたの反応があんまり面白かったから、つい」


やりづらそうに、カナコさんが言った。


「もう、意地悪ですよ。カナコちゃん。次は風紀委員として取り締まりますからね」


どうやら、疑いは晴れたようだ。


沙耶の表情がみるみるうちに明るくなる。


桜が開花するのを早送りで見ているみたいだった。


本当に、表情豊かなやつだ。


「へえ、風紀委員って、廊下は走っていいのに、ブラックジョークは取り締まっちゃうのね」


「あ、いや、その…み、見てたんですかっ!」


うわわと胸の前で無茶苦茶に腕を振る沙耶。


私じゃありませんと嘘をつく犯人みたいに。


「うん、バッチリ。最初から最後まで、なにせ私も風紀委員だからね」


カナコが追い打ちをかけた。


「な、なんと…!?恥ずかしい…」


沙耶が今度は頭を抱える。


「大丈夫可愛かったよ」


「そういう問題じゃないですー」


さらなる一撃により、うずくまる沙耶。


「ふふふふ」


そんなカナコが満足げに笑う。


「はははは」


そんな二人を見ていた太樹はいつの間にか笑い出していた。


二人が動きを止め太樹の方を向く。


「なんか、こういうの、いいね」


太樹は満面の笑みで告げた。


すると、カナコが答える。


首をかしげながら。


「うん。こんなにすぐ話せるようになるのに、なんで、もっとタイちゃんと話そうとしなかったんだろ?」


「やっぱり、何事もきっかけが大切なんだってことだと思うよ。…ねえ、カナコさん。どうせなら、一緒に帰らない?いいよね?沙耶?」


太樹が沙耶に問う。


すると、迷いもなく沙耶が答えた。


「もっちろん!」


だが、そんな沙耶の横でカナコが俯き加減になる。


「一緒に…帰る…」


「ん?やっぱり、なんか用事あったりした?」


「う、ううん。ありがとう!私でよければ!」


さっと顔をあげた彼女の顔は、キラキラした笑みでいっぱいだった。


押さえつけてないとポロポロこぼれ落ちそうなくらいのその笑みの量が、それから、その目から何故に流れたのかわからない涙が、太樹を困らせた。


「いいもなにもこちらから誘ってる訳で…って、なんで泣くのさ?」


本当に、わけのわからない展開だ。


そのまま、またうつむき、彼女はおいおいと本格的に泣き出した。


「ああっ!太樹がカナコちゃん泣かせたぁっ!男子が女子を泣かせるのは校則違反です!」


「いやいや、なに校則に個人的な事情組み込んでるのさ」


「これぞ風紀委員の特権なり!」


「うわあ、その調子だと風紀委員の特権って、そのうち駅前の商店街なんかでも使えるようになるんじゃないの?」


「現在、検討中です」


「いやいや、ノリよすぎだから、風紀委員得しすぎだから!地元の経済破綻しちゃうから」


「いいの。風紀委員に抜擢された時点で人生の勝ち組なんだから!」


「おいおい、そんなこと…って、あれ?」


気がつくと、彼女は笑っていた。


思い切り、笑っていた。


女子っぽく、口に手を当てたりとか、声を抑えたりとか、そんなの全くなくて、心の底から溢れ出すままに笑ってた。


やっぱり、笑っていると、別人みたいだ。


なんだか、とても…可愛く見える。


しばらくして、落ち着いた彼女はひどく真面目な顔になって太樹と沙耶に向き直る。


「ねえ、私も一応、風紀委員なんだけど…特権、濫用してもいい?」


なにを言い出すんだろうか?


ここで?


誰もなにも悪いことなんてしてないぞ。


しかし、わけがわからず、首を傾げる太樹と沙耶の返事を待たずに、カナコ大きく息を吸い込んでから一言。


「わ、私と…そ、その…友達になってください!」


カナコが頭を下げた。


深く、深く。


そんな彼女を見て、顔を見合わせた太樹と沙耶は一緒になって笑い出した。


「特権濫用なんかしなくてもさ、なあ?沙耶?」


沙耶と目で会話する太樹。


「うんっ!特権の濫用はいけないけど、私たちはそんなのなくたってさ」


もう友達だろ!


もう友達でしょ!


声が重なった。


もちろんだ。


妙なところで沙耶とは気が合うんだ。


だてに、十七年間、幼馴染してたわけじゃないからな。


彼女が顔をあげた。


涙でぐしゃぐしゃになっていた。


きっとクラスメートの他の女子だとしたら、メイクが大変なことになっていたことだろう。


「ありがぁとぅおぅ!」


カナコは声がうまく出せないほど、いっぱいいっぱいのようだった。


もう、だめだ。


抑えたってこぼれ出してくる。


そういう時だって、人にはあるのだ。




その時ばかりは、誰もいないはずの教室が、普段よりずっと、楽しい場所となったように、太樹には思えた。


いいな、休日の間違った登校。


すごくいい。


そのおかげで僕は大きなものを得られたのだ。


連絡網がなんだ。


クラスメートがなんだ。


大切なものが今ここにある。


暖房機も備え付けられていない教室が、この時ばかりは妙にあったかくて、なんだか、とても、居心地が良かった。


「それじゃあ、みんなで帰ろっか」


沙耶が言う。


「ええ。だって私たち」


もう落ち着いたけれど、まだ目の赤いカナコが続く。


「友達だから!」


太樹がしめた。


ひどく大声になった。


ひどく恥ずかしかった。


でも、とても清々しい、いい気持ちだった。


こんなこと、間違って登校しなきゃできないな。


休校万歳。


大雪万歳。


そう思うのはきっと僕ばかりではないはずだと太樹は思って、見上げた先には二人の顔。


そこには、幸せのふた文字がしっかりと刻まれていた気がした。


そして、そんなことを思ってから、それがあの、青く、美しい、残酷な数字じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。


それから、窓の外に白いものがちらつき出しているのに気づいて、外を見やる。


朝のおじさんおばさんの雪かきはどこまで進んだろう?


また、積もるといいい。


この雪と一緒に、どんどん、いろんなものが積もるといい。


そんなことを考えてから、不思議なものもあるものだと太樹は思った。


太樹は驚いていたのだ。


何年か前まで、雪が大嫌いだったのに、今は…こんなに平気で、見ていられるようになった自分に。


今は思う。


こんな幸せがあの暖かい陽光に溶かされ、汚いものと混ざることを余儀無くされた雪と同じようにいつか溶け出してしまう、そんなことがないように。


いつまでも降り続く雪のように、積もり続けますようにと。



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