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第九話 いいかい?

「いいかい、これは誰にも言ってはいけないよ」


おじいさんは意味ありげに口の前で人差し指を立てた。


私はウンウン頷いた。


このあとの展開を読み取っていたから。


おじいさんのお屋敷の縁側に、なるべくお行儀良く座って、目の前のしわがれた老人の目をしっかりと見据える。


「檻村の家はね、数ある名家の中でも特別なんだよ」


そういいながら、おじいさんは私の大好きな飴玉で手のひらをいっぱいにして、どれがいい?と私の方へ差し出す。


私は喜んで、好きな味を二つ取ろうとしたけれど、一個目をとったところで、おじいさんは手を引っ込めてしまう。


うーうん、と私は唸り、催促する。


そうするとおじいさんは優しく目を細めて、もう少し、私のお話を聞いてくれたらまたあげよう。


いつもより、手強い。


ここでこうすれば、たいがいもう一個飴玉をくれるのに。


どうやら、今日は大事なお話があるのだ、と私は認識を新たにする。


いや、ここで断られる前に、意味深な前置きがあった時点でその点に思い至るべきなのだが、おじいさんはこの手の演出が好きなので、私はすっかり慣れてしまっていたのだ。


ここだけの話。


みんなには内緒だよ。


誰にも離さないこと、いいね?指切りげんまん嘘ついたらハリセンボンのーます、指切った。


そんな具合に。


「まあ、一個目を舐めなさいな」


促されるがままに、私はお気に入りの一つ、ブドウ味の紫色の包装紙でくるまれた飴玉を口に放り込む。


口の中に、一瞬変な味が広がり、それから、口直しするみたいにお砂糖とほのかなブドウの風味が漂い出す。


うーん、たまらない。


私は、思わず笑顔になる。


おじいさんはそんな私の頭を可愛いなあなんてなでながら、ゆっくりと話し出す。


縁側にほど近い場所でウグイスがないていた。


夕日が落ちかけて、おじいさんをスポットライトみたいに照らし出していたオレンジ色の光がだんだんと影に吸い込まれて行く。


「私たちは、特別な力を持っているんだ」


「特別な…力?」


特別な力。


なんだか、不思議な響き。


「そうだよ。特別な力だ。そして、それは本来、あってはいけない力なんだ」


あっては、いけない力。


おじいさんはあんなにたくさんの飴玉をどこへやったのか、私を撫でた方と反対の手で床においてあった茶碗を手に取り、上品な動作で茶を飲んだ。


私の方に、すこしだけ、茶のいい匂いが漂ってきたような気がした。


「どんな、力なの?」


しびれそうになった足を崩しながら、私は言う。


「それはね…」




雨は嫌いだ。


まあ、それは一般的に他の皆もそうではないだろうか?


私が思うに、雨が好きだとかいう人は農家の経営者とか乾燥地帯の住人とかいわゆる雨を恵みとして体感できる人かあるいは、気取っている人だと思っている。


私の二三歩前を歩く彼が手に持った傘からスッと手を差し出して、わざわざ雨水にさらす。


なにしてんのよ。


そんな彼の行動を私は理解できない。


彼のシャツの腕の部分に水玉模様が浮き上がる。


はじめは小さく。


だんだん大きく。


雨の匂い、ついちゃうよ。


私は、雨の匂いが好きではない。


あの匂いをどう表現したらいいのか、それもわからないのだけれど、あのなんとも言えない、くせのある匂いが苦手だった。


鼻にまとわりつく、不思議な匂い。


信じられないことに、ふと彼がその手を引っ込めたかと思うと、そのまま顔を寄せて、その匂いを嗅いだ。


なにしてんのよ。


今度こそ、私は口にしようかと思ったけれど、なんとか思いとどまった。


嫌な匂いを思い出す。


こいつは一体いつまで、私を混乱させるのだろう?


いつになったら、この男の本質が見え、腹を割り合い、互いの論の鎬を削る日がくるだろうか?



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