第零話 デート
受験期間中ですが、休憩時間に読んでいた小説に触発され、書いてしまいました…。
新しい作風を心がけようと思ってます。
ですが、メインのthe thirdの方が優先になるので、更新は不定期になります…すみません。
冬越大樹は困惑していた。
御伽高校という地域の進学校に通う、平凡な一生徒であるところの彼は今、同級生の沙耶とのいわゆるデートの帰り道だった。
御伽高校は中の上と言ったところで、いわゆる中堅校で、超難関大学に進むものもいれば、そこいらの専門学校や短大にいくものも少なくない、そんな学校。
その通学路の、歩道橋の途中を歩く。
二人で散々遊んだ帰り道がたまたま通学路と重なったのだった。
昨日降った雪が溶け出して、また凍りついた、滑りやすい道。
黒一色だった路面は雪一つで様々な色を表していた。
でも、その色はどれも綺麗とは言えない。
ほら、こんなに汚れてるんだぞ、なんて言いたがっているようにも見えた。
先を歩く沙耶がこちらに向き直る。
髪に止まったリボンがひらりと風に舞った。
薄紅色。
「ねえ、どうしてスーパーの袋って透明じゃないのかな」
と沙耶が言う。
そうだな…。
太樹は反応に困って、ほおをかく。
相変わらずの幼馴染かつ同級生の沙耶だ。
いつだって、思いついたことをそのまま口に出す。
それは深かったり、浅かったり、いろいろだけど、おかげで話題に困ったことはない。
太樹は答える。
「なんとなく…とか?」
そんなのでいいのか。
もっと普段はできないような…せっかく、デートな訳だから。
言えなかった。
言わなかった。
「あ、ほら、またそれだよ。なんとなく。そればっかり。どうして、太樹はそう、話を適当に終わらせようとするのかな?」
沙耶はむくれる。
学校では可愛いと評判の彼女は快活という言葉を体現したような見た目の女の子…とは言えない。
長めの黒髪を一本にまとめ、薄紅色の大きなリボンで結んでいた。
それは、今時珍しい髪型であるとも言えるし、逆に言えば、ショートカットだから元気のいい子!とかそんな風にひとまとまりで判断できない、髪型である。
まあ、でも、彼女の表情は多彩だった。
それから、よく、切り替わる。
少しでも気分を悪くすれば、赤くなりむくれる。
少しでも恥ずかしい思いをすれば、赤くなり、困ったような笑みを浮かべる。
少しでもいい気分になると、ほおが上気し、赤くなる。
あれ?
考えたら、赤ばっかりだな。
そんなことを考えながら、太樹はいつも通り答えた。
「だって、興味ないし」
このあとも、いつも通り、沙耶のほおがさらにむくれて、風船みたいになる…。(いや、いうと怒られそうだから…ぱんぱんにドングリを頬張ったリスそっくりとでも言っておこうか)
それから、いつも通り、そっぽを向く。
その時、いつも転びそうになるのはご愛嬌だ。
その上、今日は路面凍結中だ、彼女が転ばないほうがおかしいくらいのベストコンディション。
案の定、大勢を崩しかけた彼女はすんでのところでなんとかバランスを取り戻し、こちらに聞こえるくらいの大きさでふんっと鼻を鳴らす。
それはもう、怒っているからか、自分のバランス感覚を誇っているのかもわからない。
ただ、こんな時太樹はいつも肩がけの通学カバンからガサガサと音を立てて袋を取り出す。
『よりもりフルーツ』
袋にはそう書いてある。
八種類の果物の味を再現した、なんでも果汁十パーセント未満の飴玉でだいたい二十粒くらい入った、いわゆる袋物のお菓子だ。
今時珍しく、値段の割には量が入っている気がしないでもない。
価格は百五円だ。
太樹はその中から一つ、緑色の小さな包装を取り出す。
それから、ヒョイっと沙耶の方に放った。
先ほどから(だいたい太樹が袋の音をさせ始めたあたりから)こちらをチラチラ見ていた彼女は、もう、運動的センス抜群なのがそれだけでわかるほど鮮やかな動作で、飛びついた。
「わぁっ!今日はよりもりフルーツですかぁっ!」
当然の反応だ。
よりもりフルーツは沙耶のお気に入りだから。
それから、とくにその中でもこのマスカットが一番美味しいのだという。
だが、太樹にはそのうまさを理解することはできなかった。
太樹は甘いものは好きな方だが、どちらかといえば、ビターチョコレートやらコーヒーヌガーやらお菓子だけれど苦目なものが好きだった。
「うん、沙耶の好きなマスカットだよ」
そう言うと、さらに嬉しそうに目を細めた。
幸せという単語を周りへと明るくばらまく、花のような笑み。
これを見るたび、太樹はドキッとする。
少しだけ高揚した気分を殺し、眺める。
うまく、開け口のギザギザが機能しないらしく、指先が滑る。
そんな彼女を見ているのが、太樹は好きだ。
だって、今時、飴玉一つで目の色変えたり、喜んだりできる女の子なんて、珍しい。
学校ではみんなまだ若い顔を目に見えるくらいに厚化粧をして、いつだって、ブランドものの服やら時計やらを身につけた男を探し、色目を使う。
そういう光景を見るたび、深くため息をつくのが当たり前になってきた今日この頃だ。
それにしたって、いいんだろうか?
まだ、袋と悪戦苦闘中の沙耶に目で問おうとする。
人は最後の日、自分がこの世から消えてしまう日に、何を望むんだろう?
想像はつく。
でも、それは人によって本当に様々だろうと思う。
だけど、自分だったら、と思うと、非現実的なことばかり。
それは、好きなバンドさんが集合して自分のためにライブを開いてくれるとか、または世界征服だったり…。
でも、彼女は…。
それは唐突だった。
いつも通り、一緒に登校して、いつも通りにたどり着いた学校の玄関。
制服に張り付いた雪をはたき落としている時に、彼女は言った。
「明日…さ…私に付き合ってくれないかな」
笑えないジョークだと思った。
どうして、最後の日に、最後の時間に、自分なんかと。
「どうして僕と?」
わかってるくせに。
「頭いいくせに、鈍いなあ、太樹は。まあでも、そうだよね。ずっと一緒にいたら、気づかないよね」
その時、彼女は困ったように笑った。
でも、その笑みは太樹が好きなものとは程遠いものだった。
気づかない 鈍い
これまでも、たくさんの人に言われた。
まるで、自分だけを弾く見えないバリアーのような言葉。
だけど、それは本当は…。
「だめ、かな?」
沙耶が覗き込んでくる。
「僕なんかで、良かったら」
知っているのか…そんな言葉を飲み込み、答えた。
「わぁ!良かったあ!私、楽しみにしてるから」
そう言って真っ赤な顔のまま、バタバタと走り去る彼女の背中にはしっかりと刻まれていた。
青く光る、見覚えのある漢数字。
嫌味なまでに美しいその字体。
『十二月二十四日二十時十八分十五秒』
ああ、そうだった。
これは、僕にしか見えないものだっけ。
太樹は思い出し、独りで笑った。
ひどくさみしい笑みだった。
大樹は上機嫌の沙耶を引き止めた。
「あの…さ、鈍いの…かな。僕」
口をついてでた言葉。
でも、だめだ、やめろ、ここでこれ以上口を開いていたら…。
「どうして?」
まだ、口の中に飴玉が残ってる。
口元がモゴモゴと話しづらそうだった。
「ほら、だって、昨日…」
言われちゃったから。
「ああ、あれね。さすがの私もデートの誘いとなると、緊張しちゃって…失敗した時のセリフを先に行っちゃった…ごめん」
うつむく、沙耶。
それから、いまさらデートという言葉の恥ずかしさを思い出したのか、その首筋が真っ赤に染まる。
ああ、言えたらいいのに。
こんなことじゃダメなのに、鈍くないって、ごめんって、ちゃんと言ってくれたのに。
太樹は一歩を踏み出せない。
だから太樹は一番大切なものを失う。
でも、言ったところで、何が変わるんだ。
手元のデジタル時計がカチリと音を立てた。
『12月24日・PM8時13分・35秒』
時計は、残酷だ。
太樹を急かし、太樹を困らせる。
また一つ、時計は彼から奪って行くのだ。
ようやく降り立った歩道。
まだ、雪かきをされていない部分をザクザク言わせながら、彼女が歩く。
少し、速い。
すぐに、距離が開く。
追いつこうとしたその姿はだんだん霞んで行く。
ああ、この感覚だ。
『12月24日・PM8時18分・5秒』
耐えきれなくなって、彼女へ向けて走り出す。
たったの数mがひどく遠かった。
視界が霞んで、もう、彼女しか見えていなかった。
「行くなっ!」
やっと追いついた彼女の背中に抱きつく。
「うわわっ!」
あまりに勢いづいていたせいで、押し倒す形になってしまった。
照れ笑いを浮かべる彼女の顔は、もう半分はこの世からなくなってしまっていた。
その代わりみたいに、あの青い光が彼女の半身を再現する。
それは、ひどく精巧につくられたガラス細工のように見えた。
ああ、まだ、まだ、手はあるはずだ。
「あの、あのさ」
いざという時にはひっかかる言葉。
こんなことなら、もっとちゃんと会話すれば良かった。
でも、わかってたそんなことをしても、虚しいだけ。
それでも、それだから…。
一雫、雪の中にまみれて見えなくなった。
もう、涙さえ、彼女には届かない。
息が届くぐらい近いのに。
恥ずかしくて顔を背けたくなるくらい近いのに。
崩れ落ちそうな太樹を見て、沙耶は一瞬目を見開いた。
それから、何かを悟ったような笑みを浮かべ
、その整った唇を動かした。
「………」
それは、声にはならなかった。
この世界に音として生まれ落ちることはできなかった。
ぱぁっという音と共に、彼女の身体は全部ガラス細工になって、それから、霧散してしまった。
『十二月二十四日二十時十八分十五秒』
浮かび上がった忌まわしい漢数字。
でも、見えたよ。
感じたよ。
わかったよ。
僕は鈍くなんかないんだ。
『好きだよ』
沙耶の唇の動き。
最後の言葉。
これを彼女はわかっていたのだろうか?
こんなことなら見えなければいいのに、鈍かったらいいのに。
もっと、鉄人みたいに冷たい心を持てればいいのに。
そうしたら、こんな気分にならないのに。
柄にもないことを考えた。
それでも、一雫が止まらない。
それは、だんだんと水量を増していた。
落ちた先にはもう、解けかかった氷しかなくて。
どうして。
それはひどく、茶色く、黒っぽく、汚れていた。
大樹のカバンから転んだ勢いで飛び出した袋から緑色の包装がチラッと覗いていた。
マスカット。
だって、そうだろっ!
さっきまで…ずっと…。
………ああ、もう、やめだ。
大樹は大きく息をついた。
やりきれないことはこれまでだってたくさんあった。
だから、きっと…。
そこでブンブンと首を振る。
でも、ちょっとばかりキツそうだな。
それに、忘れたくない。
そう、太樹は思った。
力の抜けた手で地面にばらまいかれた飴玉を一つずつ集めた。
黄色。
彼女が言っていた言葉を思い出す。
『え?なんで「よりもりフルーツ」が好きなのかって?ああ、そっか。太樹はなんでわざわざ嫌いな味まで入ってる袋物の飴玉を買うのかって言いたいのかあ』
確か、そうだよと答えたはずだ。
沙耶はよりもりフルーツの中のパイン味が好きじゃなかった。
黄色い袋を見ただけでよく酸っぱい顔をしていた。
『だって、全部好きなのが入ってるよりもさ、嫌いなのもあるけど好きなのがあって、どっちも可能性があるって、そっちの方がさ、好きなものをより楽しめるでしょ』
貧乏性じゃないの?そんなひどいことを言った気がする。
そうしたら、彼女は悟ったような顔でこう言ったのだ。
『それにね、本当の楽しみは嫌な思いをしなきゃ手に入らないんだよ』
と。
でも、その時自分がなんて答えたか思い出せない。
だけど、今ならこう答えるよ、沙耶。
「そんなの矛盾してるじゃないか」
この苦しみを。
一体どんな楽しみで返すというんだ。
とても、見合わないじゃないか。
止まらない一雫が雨みたいに汚れた雪を溶かし続けていた。
どうせなら地を貫いて、雪みたいに、こんな汚れた世界なんか溶かし尽くしてしまえばいいのに。
でも、大樹はわかってる。
この世界が残酷なまでに頑丈であることを。