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平凡な私と可愛い彼、そして時々ファンタジー?  作者: 成露 草
第一章 兄弟と宿題、そして時々イカサマ
9/19

ゴールデンウィーク 二日目 パート2

 7勝負中7勝。勿論、私が勝ちだ。

 昨日の事があったお陰で、柳咲弟の諦めは意外と速かった。

 いや、諦めたと言うよりは明日に持ち越したと言う雰囲気が強いかもしれない。

 唇を尖らせ、トランプと私の手を交互に見ている。

 昨日の今日だと言うのに、柳咲弟は私が教えた技をある程度使いこなしていた。

 まだまだ技が荒いし、5回も私にバレたが、明後日ぐらいにはいい勝負が出来そうな気がする。

 まあ、そんなことより、ゲームのお陰ではっきり解った。

 柳咲弟は、人の前で猫を被っているのではなく、柳咲兄の前で猫を被っているんだ。

 ゲームをしている姿や次に向けて試行錯誤している姿は年相応に見える。

 会って2日しか経っていない私に素を見せるとは思えない。

 でも、これが素で無いとは思いたくない。

 もし、これが素ではなく猫を被っている状態ならば、私には荷が重すぎだ。

 だから、その可能性は考えない方向で行く。

 そうすると、柳咲兄が特別なのだとしか思えないのだ。

 ああ、でも、叔母さんに対する態度はどうなのだろう。

 叔母さんと柳咲弟が会っている所には、毎回柳咲兄がいるので情報として使えない。

 それが解れば、柳咲兄特別説に確信が持てるのに。

「紫信さん、どうしたんですか?」

「ん?」

「眉間に皺が寄っていますし、唇もとんがってます」

 柳咲弟はそう言って笑った。

 屈託のない子供らしい笑顔である。

 だから余計に気になるのだ。

 家族と言うのは、一番近くに居て、一番本音を見せられる相手のはずである。

 勿論、全ての家族がそうだとは思っていない。冷めた家族も居るだろう。

 でも、柳咲弟の家族がそうだとは思えない。

 こんな風に笑う子供の家が冷めているなんて。

「彼方君は良い顔で笑うよね」

 思わず私がそう言うと、柳咲弟はまさに『きょとん』と表現し得る表情を浮かべた。

 そして、じわじわと頬が赤らんでいく。

「な、何を言っているんですか! 普通でしょう!」

 怒っているとも取れる科白だが、真っ赤な顔と落ち着きなく組んでいる手で照れているのだと解る。

 なんだか意外だ。

 これだけ可愛かったら周りに持て囃されて、これぐらいの褒め言葉は何度も聞いていそうな気がするのに。

 まあ、うん。取りあえず。

「そんな事無いよ。彼方君の笑顔は、見てる側も良い気持ちになるんだよね」

 もっと照れさせてみよう。

 反応が良い子が居ると、もっと反応させたくなるのが人情だよね。

 勿論、言っている事は本当の事だ。

 叔母さんみたいに嘘を吐かないとは言えないけど、本当に必要な時以外は付かない様にしている。

 正確には、うちの家族は勘が良すぎて嘘を吐いてもすぐバレるので、吐かなくなっただけだけど。

 ええ、叔母さんみたいな信念なんてこれっぽっちもございません。

 そして柳咲弟は私の期待にしっかりと答えてくれた。

 いや、期待以上だった。

「まさか。そんなわけないじゃないですか……」

 柳咲弟はそう言って、苦しそうに顔を歪めた。

 まるで涙を流さず泣いている様だ。

 突然の事に一瞬固まってしまったが、すぐに我に返ると柳咲弟の隣に腰かける。

 私の行動に、柳咲弟は僅かに疑問を持ったようだが何も言わない。

 だから私も何も言わず、柳咲弟の手を握った。

 柳咲弟は今度こそ驚いた様な表情を浮かべると、振り払おうと手を動かした。

 だが、私も負けない。

 より強く手を握り、絶対に離れないようにする。

 これが同い年の男子なら負けるが、相手は小学生だ。当然軍配は私に上がる。

 暫くの間柳咲弟は暴れたが、段々力は弱まり、最後には泣きそうな顔で私の手を強く握り返した。

 実は、これはうちの女性陣がよくやる手だったりする。

 うちの男性陣は、基本的に弱らない。いつも完璧で自信満々な顔をしている。

 でも時折、辛そうな顔をして居る時がある。

 そんな時、うちの女性陣の誰かしらが何も言わずに手を握ってやるのだ。

 弱っている所を見られたくない奴は、そもそも人目のない所に行ってしまう。

 だから、人目がある所でそう言う所を見せると言うことは構って欲しいのだ。

 うちの男性陣もそれに気づいていない様で、そうされると柳咲弟の様に暴れる。

 相手が青年の域に入っていれば、大概女性は負けてしまう。

 しかし、それでも繰り返し握ると、最後には柳咲弟の様に静かになるのだ。

 母や叔母さんの場合、この後は相手が何だかんだで心の内を吐露したりするのだが、私には難しそうだ。

 家族の場合も、私がそうした所で話してくれる男性陣はそう居ない。頼りがいと表現されるものが足りないのだろう。

 まあ、そんな事になったのは2回しかないし、相手は私よりも歳が上だったから何とも言えないが。

 だが、柳咲弟の場合は、付き合いが浅すぎるのだから仕方がない。

 いや、この部屋から出て行かないのだから、それなりに頼られているのだろうか。

 切羽詰まっていただけ、と言うのもあり得るが。

 寧ろこっちか?

 でも、会って2日目の私に頼ってしまうほど切羽詰まっているというのは……。

 それから私と柳咲弟は無言で手を握り合った。

 1時間ほど経った頃、柳咲弟は小さく笑い声を上げた。

 自嘲気味な乾いた笑いだ。

 何も言わずに見つめていると、柳咲弟はゆっくりと顔を上げた。

 やはり泣いてはいない。

 だが、眉は下がっているし、小刻みに震える唇から悲しんでいる事は十分に解った。

「何も言わないんですね」

 柳咲弟が唇と同じ様に震える声で言う。

「何て言ったらいいか解らないから」

 事情が解らないのだから言える事は何もない。

 私の科白に、柳咲弟はまた笑った。

 今度は健全な笑い声だった。

「紫信さんは素直なんですね」

 顔は悲しそうだが、声が震えてはいない。

「そうでもないよ。叔母さんに比べたら嘘も吐くし。でも、嘘と解る嘘は吐かない事にしてるから」

「……そうなんですか。なら、僕もそうします」

 柳咲弟は、私の言葉を噛みしめる様に唇を噛んだ後、静かにそう言った。

 そして、痛いくらいに強く私の手を握り、私の目を見ながら口を開く。

 柳咲弟が私の目を見るのは、手を握ってから初めてだ。

「僕、悲しいんです」

「うん」

「紫信さんの言葉は嬉しかったです」

「うん」

「でも……。でも、悲しいんです」

「なんで?」

「それだと、矛盾してしまうから」

「なにが?」

「僕の笑顔は」

「笑顔は?」

 そこで柳咲弟の言葉は止まってしまった。

 私の誘導じみた科白に気付いたのかと思ったが、それが違った事に直ぐに気が付く。

 柳咲弟は泣いていた。

 声を上げることも、鼻を啜ることもなく。

 唇を噛みながら静かに泣いていた。

 それでも柳咲弟が私の手を離すことは無かったので、私は涙を拭って上げることも出来ず、手を握り返すしかなかった。


   ***


 柳咲弟は零れた涙で自分のズボンの色が変わるまで泣いた後、ソファーにもたれかかる様にして眠ってしまった。

 それでも手の力は弱まらないので、私は無理やり手を離させる。

 そして体が痛くならない様にソファーに横たわらせた後、また手を握った。

 今度は、身動きが取れる様、片手だけにしておいたが。

 空いた片手で涙の後を拭った。

 ハンカチなんて物は持ち歩いていないので袖でだ。スカートにポケットが付いていないのだから仕方がない。

 それにしても、柳咲弟の言葉が気になる。

 笑顔が一体なんだと言うのだろうか?

 取りあえず、可能性があるのは柳咲兄だろう。

 今回の話は叔母さんが持ってきたもので、叔母さんは私に柳咲兄しか紹介していない。

 まさか他の人物が関わってくる事は無いはずだ。

 それに何より、柳咲弟が柳咲兄の前で笑っていなかった事を思い出した。

 今だから解るが、これだけ社交的な柳咲弟が自己紹介の時に笑顔を一つ見せないのは違和感がある。

 食事の時だってそうだ。

 仮に、柳咲兄が嫌いで会話もしたくなかったとしても、私や叔母さんに気を使って笑顔ぐらい見せてもいいはずだ。

 私情で他人に嫌な思いをさせても良いと考えるほど、柳咲弟は子供には思えない。

 無理に柳咲弟に話を聞くべきか。柳咲兄を詰問するべきか。それとも、静観するべきか。

 私は柳咲弟の寝顔を見ながらそれだけを考えた。

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