ゴールデンウィーク 一日目 パート1
ダブリン城の様なデザインの建物は、クリーム色と深緑色を基調とした、落ち着いた雰囲気のものだ。豪奢と言うよりも凛然としている。庭園には噴水があり、愛らしい天使が水瓶から水を流し続けている。咲き乱れる薄桃色の薔薇は満開だ。建物内の家具などの装飾品は、木製の物が多い。だが、全体に施された細やかな彫刻や所々にアクセントとして付けられているエメラルドと銀によって、一つ一つに芸術作品の様な美しさがある。
朝の6時に寮に車(柳咲家の物)が来て、連れてこられたのがこの城、としか呼べない屋敷だ。
私のゴールデンウィーク中の滞在場所である。
自分のイメージとのギャップに思わず目を瞬く。
叔母さんが言ったことに間違いはない。所在地は東京、滞在日数は2泊3日である。
だが、どうしても一言言いたくなって、一緒の車に乗ってきた叔母さんをみると、エントランスホール(玄関とはとても言えない)の床の大理石に施された細工を何の興味もなさそうに観察していた。
……なんだろう、この疎外感。この屋敷の凄さに驚愕しているのは、私だけなのだろうか?
「叔母さん、私、今すぐ帰りたくなってきたよ」
「駄目だよ、シノちゃん。一度引き受けたことは最後まで遣り通すのが大人ってものだよ?」
「いやいや、私まだ17歳だから大丈夫。未成年だからね」
そんな雑談を繰り返しているうちに、だんだんと落ち着いてきた。
叔母さんもそのつもりだった様で、私が落ち着いたのを感じ取ったのか、背中を軽く叩かれる。
こういう瞬間、私は何時も叔母さんの凄さを実感する。
そうこうしているうちに、私と叔母さんの荷物がジェントルマン・イン・ウェイティング(以下ジェントル)によって、車から運び出されていった。
本来は、ホール・ポーターと呼ばれる荷物だけ運ぶ係が居たそうだが、今では殆ど置いていないそうだ。
私は、使用人はメイドと執事だけだと思っていたのでそんな役職があった事を叔母さんから聞き、とても驚いた。
また、メイドの男性版と言えば、執事だと思っていたが、これもまたジェントルと言う別の役職があるそうだ。。
日本で執事と言っているのは、ランド・スチュワードやバトラーのことらしい。叔母さん曰く、この二つは全く仕事が違うが、ランド・スチュワードが雇えない家は、バトラーにその仕事も兼任させるので同じような扱いになったそうだ。
叔母さんからそんなマメ知識を聞いていると、正面にある巨大な螺旋階段から、初老の男性が足音もなく降りてきた。
どことなく緊張をはらんだ空気が、彼が表れたと同時にジェントルの間に走る。
顔に深い皺が刻まれた男性は、若い頃は美青年であったであろう面影が窺えた。
彼は、ハウス・スチュワードの七瀬だと自己紹介すると、この屋敷の主人であり、私達の雇い主である柳咲梗也と彼方のもとへ案内し始めた。
彼らは昨日、授業が終わって直ぐに出発しており、昨日の夜からこの屋敷にいるそうだ。
エントランスホールを抜け、彼らが待っている部屋へと廊下を歩きだしたが、ここでもすれ違うジェントルやメイド(これもまた色々種類があるらしいが面倒くさいのでメイドで統一)は七瀬を見ると、緊張しているのが雰囲気から分かった。
彼が恐ろしいのか、彼の役職が恐ろしいのか、いまいち分からない。
右手首につけている水色を基調としたシンプルな腕時計を見ると、まだここに着いてから10分程しか経っていない事に気がついた。
しかし、与えられた様々な情報に(その半分は叔母さんによるものだ)私は多大な疲れを感じていた。
右斜め前を歩いている叔母さんが首だけで少し振り返り、苦笑を浮かべたのを見て、何もかもお見通しなのがわかった。