プライドで腹は膨れません
授業が終わり、特に部活にも入っていない私は帰りの支度をしていた。
明日からはゴールデンウィークということで、教室の空気はどこか浮足立っている。友人たちも、明日は朝からバスに乗り、町に出るようだ。
いつもと変わらない、いや、いつもより少し明るい雰囲気の漂う教室に異質な訪問者が来たのはそんな時だった。
「シノちゃん、ゴールデンウィーク、暇?」
その訪問者はふんわりと金木犀の香りを漂わせながら私に話しかけて来た。まだ、ホームルームが終わった直後だったので、教室にはほとんど全員のクラスメートがいる。彼らは、反応は様々だが皆好奇の視線を向けていた。
「シノちゃん?」
いきなり背後から話しかけられた私は、驚きから反応が返せず、不審に思ったらしいその人が私を後ろから覗き込んだ。私はひとつ息を吐くとゆっくりと振り返り話しかけた。
「叔母さん、頼むから、気配を消して背後に立つのはやめて」
「普通に話しかけただけだったんだけどね。背後からって言うのは次から気をつけるよ」
叔母さんはそう言って優しく笑った。
クラスメイトの息を飲む音が聞こえた。叔母さんは美人というわけではないがどこか人を引き付ける雰囲気を持つ人なのだ。
私と同い年の叔母さんの名前は、緋乃籠目と言う。身長は170センチもあるが、バランスが良い体型をしているのであまり大きくは感じられない。母親がアルビノだそうで、赤い瞳と真っ白い髪と肌をしていて、少し癖のある髪を顎あたりで切りそろえている髪型がとても似合っている。体のラインはどう見ても女性なのに、中性的な雰囲気のある不思議な人だ。
叔母さんは、教室の視線をまったく気にせず話を続けようとしたが、私は気になる。
だから場所を教室から別の場所に移したいと視線で叔母さんに訴えた。
人の気持ちに聡い叔母さんはそれに直ぐに気がついた。
「お邪魔してごめんなさいね」
微笑を浮かべ、一言そう言い、叔母さんは教室から出た。
その後に続きながら、最後の一言に叔母さんの性格が出ているなと思った。
「・・・学校にキングサイズのベットはいらないと思うんだけど」
私は思わず呟いた。
叔母さんに連れてこられたのは、帝王学科の個人部屋だった。
帝王学科は、お金持ちの生徒達の学科だ。財閥の御子息から、ヤのつく職業の跡取りまで幅広い。学校への寄付金が多いことから、帝王学科のある棟のつくり違うと人づてに聞いたことはあったが、目の前にするとその凄さに圧倒された。
精々、全体のつくりが丁寧とかそういうことだろうと、私は思っていたが、考えが甘かった。
でも、それは仕方がないと思う。誰が学校の廊下に赤い絨毯があるなどと想像するだろうか。しかも個人部屋? 学校にそんなものは必要ないよね?
この学校に通って10年はたつが、驚きの新事実発覚である。
私が探索するように部屋を見渡していると、叔母さんはベットに足を組みながら腰かけていた。
そんな叔母さんを見て、自分の行動が馬鹿らしくなり、私はベットの脇に置いてある高級感あふれる椅子に腰かけた。
「それで、ゴールデンウィーク、暇?」
「暇だけど、どうしたの?」
なんで帝王学科の個人部屋を叔母さんが使えるのだとか、色々と言いたいことはあったが、あえてそれを飲みこみ質問に答えた。
別に諦めとかそういうことではなく、答えが予想できるからだ。叔母さんは私とは違い、広く深い人間関係を築いているので帝王学科にも友人がいるのだろう。
叔母さんは私の答えを聞くと、悪戯を計画している子供のように赤い瞳を輝かせた。
昔は、叔母さんのこの容姿が特別なようで羨ましかったが、今は叔母さんだからこそ似合う色だと思える。まぁ、母さんと叔母さんは義母姉妹らしいのでどんなことがあっても私がアルビノに生まれることはなかったのだが。
「ゴールデンウィーク、2泊3日で東京に遊びに行かない?」
叔母さんは、声をはずませながらそう言った。
「叔母さん、私そんなお金ないよ。叔母さんなら知ってるでしょ?」
叔母さんのまさかの発言に私はため息交じりにそう答えた。高給取りな叔母さんと比べたら、私の収入は雀の涙、いや、それ以下だ。そうそう泊まりで遊びに行けるような稼ぎはない。
そんな私を見て叔母さんは更に瞳を輝かせた。
「それがね、お金を稼げて、旅行にも行ける美味しい話があるんだよね」
「え? なにそれ? 何かの罠?」
「いやいや、シノちゃんに私が罠仕掛けてなんの得があるの」
美味しい話には裏がある。叔母さんが私を騙すようなことをする人ではないと知っているが、思わず訊ねてしまった。
叔母さんはそんな私をなぜだが微笑ましげに見た。
「えーと、取りあえず、詳しい話を聞いてもいい?」
なんだか恥ずかしくなり、私が話を促すと叔母さんはひとつ頷き、その内容を話し出した。
「元々はね、私に名指しで来た仕事なのよ。それが、東京で2泊3日過ごす間、護衛兼話し相手をして欲しいって言う依頼なの。対象は、雇い主の高等部2年の柳咲梗也とその弟の小等部4年の柳咲彼方。で、この彼方君がシノちゃんを雇う理由になるのよ」
「柳咲って、柳咲財閥だよね。帝王学科って本当にお金持ちばっかりなんだね」
日本で1、2を争う大財閥の御子息がこの学校にいるならこの無駄な豪華さも何とか受け入れられそうだ。だが、それとこれとは関係ない。金持ちだろうと何だろうと相手は10歳の子供だ。
「でも、別に対象が2人いても私が必要になる理由はないんじゃない? 叔母さん子供の扱いは得意でしょう?」
叔母さんには、上にも下にも年の離れた友人がいる。私が知っているだけでも、上は30代、下は小学生だ。
そして、誰に対しても主導権を確保出来る叔母さんだ(先生が相手でもそうである)。
色々な意味で、不得意だと言われても信じられない。
「うん。そうだね、子供の扱いはどちらかと言えば得意だよ。でも、それは関係ないんだよね」
「と言うと?」
「その彼方君はね、酷く内向的な性格なのよ」
内向的、人見知りということだろうか。ならば尚更私の必要性が分からない。しかも子供の扱い方が関係ないって、一体叔母さんは私に何を求めてるいのだろうか。
私が理解していないことを察したのか、叔母さんは噛み砕いて説明をしてくれた。
「彼方君には、一度会ったんだけど、流石財閥の御子息ってだけあって外ズラは10歳にしては中々のものだったよ。でもね、子供らしさがまったくもって感じられないって言うのも問題ありだよね?」
そこまで言われて、叔母さんが何を私に求めているのかが分かった。
つまり、その彼方君には子供の扱いが得意な大人ではなく、普通の友人が必要と言うことなのだろう。10歳の子供と同等の位置にいる友人が。
かなり私を馬鹿にしている内容だが、確実に叔母さんに悪気はないのだろう。おそらく、この内容が人を馬鹿にしていると分かってはいるが事実だから問題なし、と考えているのだろう。
確かに、私は叔母さんや武芸科の人達に比べれば子供っぽいかもしれないがこれは普通だ。叔母さんたちが非常に大人びているだけだと思う。
だが、そうだとしても17歳の自分が10歳の子供と同レベルと言われていることは少々腹立たしい。その彼方君が大人びているという可能性もあるがそれはそれでプライドが傷つく。
そんなことを考えて、中々答えの出せない私の耳に叔母さんの声が届いた。
「時給1000円」
その言葉に思考が一瞬止まる。
「交通費、食費、宿泊費はすべて向こう持ち。睡眠時間も時給換算」
「やる」
睡眠時間も入れれば、1日最低でも10000円は確実。それが3日。
毎月、実家からの仕送りと華アルで何とか生活費を稼いでいる私にはその話は魅力的過ぎた。
プライドよりも生活水準の向上である。