僕の放課後
「彼方、おまえの番だぞ」
紫信さんからのメールに返信を打っている僕に、小等部生徒会会長の海音寺蓮が言った。会長は黒髪に茶色い目の猫目の少年だ。僕より五センチは身長が高いが、まだまだ子供らしい体つきである。その手にはトランプがあり、僕がカードを捨てるのを待っていた。机の中央には掛け金の代わりに数十枚の書類が置いてある。
ゲームのメンバーは小等部生徒会役員、全四名だ。
「二枚チェンジです」
僕がカードを交換したのを見ると、親である会長がルールに乗っ取り「Jのワンペア以上があるやつ」と言った。
***
「チッ、あー、これいつになったら終わるんだよ!」
放課後の生徒会室で、他のメンバーよりも多くの書類が積まれた机に座る会長は不機嫌そうに舌打ちをした。僕の隣に会長が座っている為、書類の山も僕に近い。僕の担当した書類の二倍はある。
そんな会長の向かい側に座る副会長の藤堂朱音が「蓮君、自分が言い出したゲームで負けて不機嫌になるって、こっちからしたらいい迷惑だよ」と諌めた。
生徒会役員の紅一点である副会長は色素が薄く、髪も瞳も薄茶色の少女だ。色も相まって儚げにも見えるが、実際はかなり気が強い。
「うるさい。仕事はしてるんだ。別にいいだろう」
副会長を横目に睨みながら会長は書類の山に手を伸ばした。
僕も会長の様に次の書類に手を伸ばす。ついでに副会長の隣に座っている書記の村雨肇を見ると、会長の半分ほどの量である書類を無言で片づけていた。肇は僕と同じクラスであり、親友と言えなくもない間柄だ。小さい頃から剣道をやっていて、僕と同じ黒髪黒目ながら雰囲気はまったく違う。
私立華宮学園では、小等部とはいえ生徒会が設置されている。中等部生徒会や高等部生徒会に比べれば仕事は無いに等しい。学習発表会、林間学校、修学旅行といったイベントを纏めるだけだ。しかも林間学校、修学旅行といったものは学年が定まっているので、やることは殆どない。必ず六年生が務めることになっている生徒会会長が、旅行前の集会で軽く挨拶をする程度だ。
結果的に小等部生徒会の仕事は学習発表会のみになる。そして今、僕たちが忙しく処理している書類は、各クラスの委員長から提出された学習発表会のクラス発表についての書類だった。
私立華宮学園は多くの学科があるが、それは中等部二年生で学科選択し決定する。小等部は成績順に四十人ずつクラス分けされ、それが各学年平均四十クラスもあるのだ。全体で二百四十クラス分にもなる書類は、一クラスが三枚ほどしかなくとも全体からすれば凄い量である。僕たちはそれに軽く目を通し、自分たちの教室以外を使いたいと言う要望のあるものをはじき出していた。
「ったく。担任が内容チェックを済ませてるなら、序に教室の振り分けもしろっつーんだよ!」
会長の書類が初めの三分の二ほどの高さになった頃、ついに集中力が切れてしまったらしい。席――と言ってもパイプイスだが――から立ち上がりながらそう言った。
「蓮君うるさい! そんなこと言っても仕方無いでしょ! 文句なら教師に言って!」
副会長が同じように席から立ち上がりながら言う。会長を叱りつけているだけに見えるが、自分も我慢の限界だっただけだろう。
「あ゛? 優等生の俺がんなこと言えるか!」
負けじとドスのある声で会長が返すが、声変わり前である会長のソプラノでは威力など全くない。
二人はそのままキャンキャンと子犬の様に言い合いを続ける。
今年で二年目になる光景を横目に仕事をしていると、向かいの席から視線を感じた。顔をかげると肇が無表情に僕を見ている。彼は僕と視線が合うと、顎を会長たちの方に向けてクイッと動かした。僕はそれに頷きを一つ返すと、書類に視線を戻す。
今のは去年の同時期から、何となく二人の間にできた合図だ。意味は「自分たちの仕事だけ済ませれば帰ってもいいよな?」である。
会長たちは一度口論――以前、口喧嘩と言って諌めたら何故か僕が怒られた――を始めると、満足するまでそれを止めない。第三者が止めに入っても無駄なため、無視することが僕たち二人の間で決定されたのだ。
窓から入り込む日差しが橙色になり始めた頃、僕は全ての書類に目を通し終わった。僕が担当した中で、教室以外を使う申請を出したのは四クラス。その書類を混じらないように離れた所に置くと、僕は携帯電話を取り出し、メールの作成を始めた。
[To:柳咲彼方 Sub:お仕事です
今、生徒会の仕事が終わりました。大した事は無いのですが、量が多いので少し疲れました。]
大した内容が無い上に愚痴っぽいが、こういう内容を送ると必ず紫信さんは僕を褒めてくれる。つい、週に一回か二回はこういった内容を送ってしまっていた。
返信が早く来ますように、と思いながら送信ボタンを押して携帯電話を仕舞う。教室の隅にある机に置いてあったランドセルを背負い肇を見ると、彼も仕事を終えたらしく、ランドセルを取りに来るところだった。
「帰ろうか」
僕たちが帰ろうとしているのに気付いた会長たちが、時計を見て驚いているのを尻目に聞く。
そんな会長たちが視界に入っているにも関わらず、肇は「そうだな」と笑顔で返してきた。
僕たちは自家用車で送迎して貰っている為、一緒に行くのは昇降口までだが、僕らは共に生徒会室を後にした。
扉を閉める時に聞こえた「おい! まだ終わってない!」「二人とも、先輩を手伝ってよ!」と言う声は努めて無視し、「お疲れ様でした」と言っておく。
ついでに肇のクツクツと言う性格の悪そうな笑いも無視したかったが「あいつら仕事が終わらなくて泣くんじゃねぇの? 手伝わなくっていいのか?」と言う問いかけに、「相変わらず性格悪いね」と返さずにはいられなかった。