ゴールデンウィーク 三日目 パート2
今回は短めです。
立花さんの視線から逃れるために、僕は紫信さんを図書室に案内した。他の客間に移動しても良かったのだけど、他の使用人さん達の目に付かないとは言い切れない。それに比べ、読書をする場である図書室は自室程ではないがプライベートな空間と言う認識になっている。飲食も基本的に禁止なので、定時の掃除時間以外は僕と兄さん以外は入ってこないのだ。
図書室にあるソファーセットの中でも日当たりのよい物に僕たちは腰掛けた。
「…先程のメイドの方は立花さんと言うんです」
視線を彷徨わせて図書室を見ている紫信さんに僕は言った。その言葉に反応して、紫信さんは僕の方を向く。紫信さんの黒い瞳が日の光を浴びて焦げ茶色に見えた。
「付き合いが長い人なの?」
紫信さんは疑問形で聞いたが、その表情は確信気味だ。敏い人だな、と思う。
「はい。僕が5歳の頃からの付き合いになります。3年前からは僕の専属になったので、他のメイドさんよりもずっと親しいですね」
僕の言葉に紫信さんは納得、という風の表情を浮かべた。これだけで何故、立花さんがあんな表情をしていたのか分かったのだろうか? …出来ればあまり知られたくないので聞くのは止めておこう。
話題を変える目的も兼ねて、僕は携帯電話をポケットから取り出した。
「紫信さん、あの、いいですか?」
携帯電話を開き、赤外線の受信状態になった画面を見せる。紫信さんは「ちょっと待って」と言い、手に持っていた携帯電話を操作し始めた。急な移動の申し出だったのに、ちゃんと携帯電話を持ち出してくれていたことが、妙に嬉しい。
紫信さんは準備を終えると「送るね」と言い、携帯電話を僕の携帯に向けた。
メールアドレスと番号の交換は1分もかからずに終わる。僕は携帯に入ったそのデータを念のために自分のパソコンに転送した。
僕は携帯電話をあまり使う方ではない。メールのやり取りは友人と時折する程度だし、電話なんて緊急時くらいしかしない。だから携帯電話に対する執着は殆ど無いと言っても良かったのだけれど、紫信さんと連絡を取れる道具となった今はとても大切な物に思えた。
「彼方君?」
僕は無意識の内に長い時間、携帯電話を見つめていたらしい。紫信さんが不思議そうな表情で僕を見ていた。
「あ、すみません。…その、嬉しくて、つい」
自然に顔が綻ぶのを止めることが出来ず、僕は小声ながらも確りと本心を言った。紫信さんなら馬鹿にしたり笑ったりしないという確信があった。
「えっと、ありがとう」
事実、紫信さんはそのどちらもしなかった。
恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後、ほんのりと赤くなった顔でそう言う。その表情に僕は妙にソワソワとした気持ちになったのだが、その理由は分からなかった。
紫信さんが帰寮するまでの数時間、僕たちはトランプをすることもなく、のんびりと会話を楽しんだ。最初の1時間は図書室で過ごしたが、その後は庭園を散歩し、お昼御飯もピクニックの様に木陰で食べた。
その間に、僕は笑顔で紫信さんに様々な意味を込めてお礼をした。紫信さんは「私こそ、彼方君と話せて楽しかったから。…ありがとう」と言ってくれた。
少し目が潤んだけれど、紫信さんはそのことを言及せず、ただ微笑んだ。じんわりと胸の奥が温まり、とても幸せな気持ちになれた。
そして、紫信さんと籠目さんは寮へと帰って行った。少しの寂しさを感じたが、悲しくはない。
「連絡するね」
帰り際に紫信さんが言ったこの言葉に、僕は満面の笑みで返した。
――兄さんがそんな僕を驚愕の表情で見ていたことを、僕だけが知らない。