ゴールデンウィーク 二日目 パート5
「どう? 何か分かった?」
昨日とほぼ同じ時間に部屋を訪れた叔母さんは、ソファーに腰掛けるなりそう言った。実に楽しそうで、チェシャ猫のように口を歪ませている。
「…何となくなら」
私も昨日と同じように席に着くと、少し口籠りながらも言う。その言葉に叔母さんは笑みを浮かべた。その表情は私が子供の頃、ちょっとした親切をしたのを褒める母さんに似ていて少し恥ずかしい。
叔母さんは視線で続きを促した。
「柳咲弟は何かトラウマを持ってみたい。で、その原因が柳咲兄なのかな、と」
「何で柳咲兄が原因だと思ったの?」
自信なさげに言う私に叔母さんは微笑を浮かべたまま追究する。
「それは簡単だよ。だって柳咲兄が関係なかったら、叔母さんは期限を今日までにしなかったでしょう?」
先ほどとは真逆の自信満々な答えに叔母さんは「ぶっ」と噴出した後、「うん。そうだね」と答えた。
「正解?」
「正解」
私の確認に、叔母さんは笑いながら返す。その返答に私は「ふう」と溜息を吐いた。一日がかりのアルバイトを終えた後に吐く溜息にそれは近い。要は疲れと終わった感だ。充足感と言えなくもないかもしれない。
「それで? そのトラウマの解消は出来そう」
けれども、叔母さんのその言葉に私は思わず固まった。叔母さんの顔をじっと見て、冗談ではないかと確認する。そんな私に気付いたのだろう、叔母さんは笑みを深めた。本気だよ? そう言う声が聞こえてきそうだ。
「そんなの無茶だよ」
私は思わず天を仰ぎながら言った。目に映るのが無駄に豪華な模様入りの天井で余計にげんなりとする。
「私が今までシノちゃんに無茶を言ったことがあった?」
そんな私に叔母さんは、深い笑みのままそう言った。
それが事実なので、私は「……ない」としか言えない。
「なら大丈夫でしょう?」
叔母さんは満足げに返すと、「おやすみ。明日から大変だから早く寝なさいね」と言って部屋を出て行った。
扉が音もなく閉まるのを見ながら、私は自分の血の気が引くのを感じた。今まで叔母さんが大変だと言った後にもたらされたことを思い出したのだ。
小学校一年生の時、なぜか叔母さんと一緒に四番目の叔父さんのお見合いに連れて行かれた。そしてお見合いのはずなのに、マジックミラー越しにお見合い相手の女性の批判をさせられた。一人一人に履歴書みたいな書類が揃えてあり、スリーサイズから細かな性格の評価とその証拠――具体的な会話や行動――が書かれていたのを覚えている。今考えても意味が解らない。因みに叔父さんはその後、私と叔母さんが選んだ女性の何人かと付き合ったらしい。同時進行で。刺されないのが不思議だ。まぁ、それはいい。問題は振られた女性の腹いせが私達に来たことだ。…叔母さんが懐柔したので一週間で終わったけど。
中学二年生の時、年下組(三歳から十歳まで。それ以下は年少組)の面倒を年上組(十一歳から三十歳まで。それ以上は年長組)の女性陣で見ることになった。私、母さん、叔母さん達、従姉妹達の総勢七人で十六人の面倒を見なければならないのだ。精神的にとても疲れた。皆頭がいいから言ったことはすぐに聞いてくれるんだけど、発言に粗があると正論で潰されるか毒舌に晒される。年下だと思うと余計に精神的にクルものがあった。しかも正論だから反論も出来ない。今思い出しても疲れる。
それ以来、叔母さんが「大変」と言うのを聞いたことがない。
私は明日何が起こるのかと戦々恐々としながらベッドに潜り込んだ。高級羽毛布団はすでに疲れ切ってしまった私を優しく包みこんでくれ、明日よ来るなと本気で思った。