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パッチワークス

パートタイムエージェント

作者: 蓮谷 渓介

 ――古伊万里の壷 三万九千円――

 草臥れた服を着た男が骨董店の前で立ち止まる。伸び放題の頭髪が顔を覆い、少し尖がった鼻が滝の様に落ちる髪を掻き分け、その下に付くやや大きめの口が見える。

 

 電気、通信に関わる線の地下埋設化や無線化がされた今でも未だ高架電線類が頭上を蜘蛛の巣の様に張り巡り、乱雑に建設された雑居ビルの群れが高く伸びて空を隠す。まるで地の底にでも居るような錯覚すら覚える其処は平坂通り。

 昼でも薄暗く、混沌とした印象を受ける場所ではあるが大通りには、家族連れこそ見当たらないものの、人が溢れ活気に満ちている。

 町の片隅、男は古めかしい壺に目を止め、営業中かも判らぬ怪しい店構えの骨董店の店先に立ち止まる。その店の向かいには占いの店があって、人が長蛇の列を作っている。胡散臭い商売が妙に説得力を持つ不思議な場所だ。

 「止めときなさい」

 背後から女の声。

 はっと振り向くと其処には、ダークグレーのパンツスーツを着た若い女。黒縁眼鏡を掛けている。

 「此処の商品には惑わしの呪い(まじない)が掛けられているわ」

 男は溜息を吐きながら頭を掻く。

 「引っ越したばかりで慣れないかもしれないけど、気を付けなさい。はい、此れ」

 と女は男に茶封筒を手渡す。男はそれを受取り、中から何か書かれた紙を取り出し確認する。

 ”犬退治”

 男は女を上目使いで見やる。

 「何……、不満があるなら結構よ」

 女は無表情で男の手にある茶封筒に手を伸ばすが、男の手は其れを避けると女に背を向け、別れの挨拶のつもりで軽く手を上げニ、三度振りながら歩き出した。


 男の向かう先は金波駅。平坂通りから車で十分程行った所にある県の主要駅の一つ。

 

 ――先月初めに発生した局所的巨大竜巻によって壊滅的打撃を受けた金波県、香乃森地区の復旧作業は未だ続いています――

 タクシーのラジオから聞こえる全国ニュース。


 「お客さん、遠回りになるけど良いかい? 復旧作業で香乃森周辺が立ち入り禁止になっててさ」

 運転手の問い掛けに男は答えない。報道の通り、県内は先月発生した災害の復旧作業が進められている。竜巻によって破壊されたとされる鉄道の線路も復旧しつつあるが駅は未だその主たる機能を取り戻してはいない。


 今月ももう終わると言うのに、まだ工事中か。男は窓の外に聳え立つ工事用としては巨大すぎるフェンスを眺めていると、運転手が喋り出す。

 「はあ、被害地域は全域立入禁止、あんなフェンスまで張りやがって。何処の土建屋か知らないけどやり過ぎじゃないのかねぇ?」

 運転手は乗客が答えない事を一向に気にしない様子で喋りつづける。

 「この前のお客なんかね……」

 言葉が一方的に飛ぶ車内、いい加減に聞き疲れた頃、不意に運転手は車を止める。

 「着いたよ」

 男は女から貰った茶封筒を開け、慣れた手つきでタクシーチケットと鍵が二個取り付いたキーホルダーを取り出す。キーホルダーをポケットへしまうとタクシーチケットを運転手へと差し出す。

 

 バタン。


 降り立った其処は、金波駅西口ゲート。

 ふう、と息を吐いた後、男はそのまま駅構内へと進む。駅は電車こそ来ないものの、駅構内の商店街やバスやタクシーのターミナル等は機能しており人は多い。

 金波駅西口から入って右に暫く進んだ先にロッカーが立ち並ぶエリアがあり、何処の駅でも見かけるタイプの物が六列ほど並ぶ。男は手前から三列目のロッカーの向かって左から二列目、中段のボックスの前で立ち止まる。其処が何時もの指定場所だ。

 ロッカーエリアには人影は無い。昼でも暗い環境が要因かもしれない。若しくは、ただ駅構内の大外れにあって不便なだけかもしれない。

 天井近くに採光窓があるが、外の植木が成長し窓を覆われたせいで機能を失い、天井に付く蛍光灯も寿命が近く、チカチカと精一杯最後の輝きを放っている状態だ。

 男は徐にキーホルダーを取り出し、二個の内一つの鍵を差込みロッカーの扉を開けると中からは又もや扉が現れた。黒い金庫のような扉。ロッカーの扉から鍵を抜き、キーホルダーに付くもう一つの鍵を現れた扉の鍵穴にカチッと手応えがあるまで差し込み手を離し体を扉の前から外す。

 キュイ、ピピッ。

 電子音がし、鍵は独りでに回りだす。

 シュルルル……ン。

 回転が止まるとバスン、と蒸気を排出しながら扉ごと勢いよく引出し状に前に飛び出す。最初の頃は仕組みを知らず肋骨にヒビが入る怪我をしたな。等と思いながら中身を覗く。箱の中には又もや茶封筒が入っており、その下にはダークグレーのスーツと磨かれた黒革靴、黒縁眼鏡、それと銃口にサプレッサーが取り付けられた鈍く黒光りするオートマチック式拳銃がある。男は何の遠慮も無くその場でスーツに着替え、眼鏡を掛け、銃を懐に忍ばす。引出しの底にある蝋引きされた紐を取り出すとぼさぼさの髪を旋毛辺りに引張り纏め束ねて縛る。先程までのみすぼらしさはは微塵も無く、髪型を除けば大手商社のエリートビジネスマンへと見間違える程だ。今まで着ていた服は全て黒い箱に詰め込み、その場を後にする。すると独りでに黒い箱がロッカーに収まって全ての扉が閉り、男の去った其処は元の薄暗いロッカーエリアへと戻った。


 金波駅東口から外へ出れば外は晴れており、差し込む西日の眩しさに思わず目を細める。男は茶封筒を開け三つ折りの紙を取り出す。広げても何も書かれていない真っ白な紙。十五センチ角のその紙を、男は片手で地面と平行に持ち暫く見つめる。すると一つの角にじわりと紫の染みが滲む。

 男は歩き出す。歩いている内に滲みは生き物の様に位置がするすると動き、男はそれを見ながら歩みをその方向へ合せる。滲みは概ね東を向いている様だ。


 金波駅から滲みを頼りに東へ彷徨い歩く事小一時間、日が落ち夕方を少し過ぎた頃に住宅街へ辿り付く。民家が立ち並ぶ県道沿い。等間隔に点在する街灯がアスファルトの地面にオレンジ色の円を描く。男が持つ紙は全面が紫色になり、濃淡で向かうべき方向を判断する。

 男が街灯の下に差し掛かった時、学校帰りだろうか制服姿の学生数人が自転車で横を通り過ぎる。瞬間、男の持っている紙がざわざわと震え滲みが中心に濃く集まると瞬時に中心が下から突上げられた様に鋭く盛り上がり、男が持つ部分を引きちぎり一気に飛び上がる。一瞬間を置き遠く上空でくしゃっと紙が潰れる音がした刹那、街灯の上から何かが降ってくる。

 男は頭を抱え、横に飛び退きつつ銃を懐から引抜く。

 何かが男の居た場所へ落下する。ドムンと全身に響く鈍い衝撃。街灯の光に照らされた其れはやんわりと伸び上がる。成人男性ほどの大きさの、茶色い毛の塊。艶やかな毛並みは闇に良く馴染む。

 男は咄嗟に毛むくじゃらの襲来者に銃を向け引き金を引く。

 パス。

 サプレッサーから漏れる空気が抜けるような軽微な発砲音。標的は微かな音に敏感に反応し横へ避け、地面を蹴って男へ体当たりを仕掛ける。毛の一部が掻き分けられ鋭い牙を持った長い口が男に食いつこうと伸び出てくるが男は機敏にバックステップを踏みそれを回避する。牙が届かないと判断した敵は毛むくじゃらの体を丸め全身の毛をザワリと震わせ、毛を巨大な円錐状の針と化し、四方八方へ突き伸ばす。

 ガイン、と金属がぶつかる音がして男は弾き飛ばされそのまま背中から着地し二回転ほど後転を強いられ仰向けになる。

 敵が突き出した円錐上の針は地面や民家の塀に刺さってはいるものの、どこも崩れたりはせずそれらは溶け込む様に食い込んでいる。

 男はよ弱々しく上体を起こすと、巨大な針の山はすっと硬さを失い元の柔らかな毛の塊へと戻りザワリと毛を振るわせる。

 男は銃を敵へと刺し伸ばし連発する。しかし、相手は猫の様に俊敏に動き悉く避け後退する。

 十メートルほど離れたところで男は撃つのを止めると、敵は暫く呆けた様に立ち尽くした後、ゆらりゆらりと此方へ向かってくる。男は立ち上がり、ズボンの汚れを掃い溜息を吐く。そして間合いが詰まったところで男は急に一直線に突進し、敵に抱きつくと、銃を毛の奥深くに押し込む。制止された敵は危険を察したのかザワリと全身の毛を震わせ無数の針と化し、男に突き立てる。男は無防備な拳に無数の毛針を刺し込まれながら、銃を敵の毛の深くに突っ込み、引き金を引く。

 ポス、ポス、ポス……。

 くぐもった発砲音が三回、そして少し間を置きシュウシュウと毛の合間から白い煙が漏れ昇る。男が手を抜くと、一気にバサバサ、と毛が抜け落ちる。男は引抜いた右拳に刺さっている無数の毛を一息に抜き取る。思わず顔が苦痛で歪むが、手自体は血も滲みもせず無傷だ。全ての毛が地面に落ちた後には、動物の首輪が落ちているだけ。


 男は落ちている首輪を拾うと、闇の中へ紛れ姿を消した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 実に不思議でシュールな雰囲気ですね。 男が一言もしゃべらないのもいい感じです。 男は何者なんでしょうか。 “犬退治”の意味はわかりましたが、なぜ男がロッカーを通して以来されるのでしょうか。 …
2011/04/17 17:41 退会済み
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