三之坊神社事始
「三っちゃ、三っちゃ」
高い空に高い声が響く
三は土手に茣蓙を引いて横になったまま
「ん」
と風のまにまに掻き消えてしまいそうな声で答える
「三っちゃ、もう、返事くらいしなよ」
三を見つけた帆は隣りに座る
「ん」
「疲れてんの、大変ね」
「そんなことは御座いません」
あくびを伴いつつようやく体を起こす三
帆は三の横顔をしばらく眺めた後散らかった藁屑のような頭髪に手を伸ばし軽く梳いてやる
「そうね、いつもどおりか。ご飯よ」
「いつも申し訳ありません」
「思ってもないでしょ」
四方五方塚はその底に黄泉を抱えており不穏の結着した地であった
それでいて塚周辺は水回りに恵まれ優良な耕作地であった
塚より湧き出るのは養分を豊富に含んだ水ばかりではなく黄泉から生じた魑魅魍魎も含まれき奴らはいたずらばかりではなくときには無惨に人命を害した
守護は幾度もつわものを配したがいかに人間に対して無敵のものであろうと魍魎どもの相手にはならなかったしむしろ剛のものほどひどい死に方をした
まるでみせしめるかのように
話が広まるにつれ事態が容易ならんことを理解した守護は各方面に問い合わせ霊峰富士嶽には深く修行を収めた験者がいるとつきとめ僅かな筋を手繰って通じた
求めに応じた富士嶽から来た高位の修験士は調査の結果をこのように報告
一、塚に裂があり魍魎が出入りしている
二、裂を封じれば魍魎が減る可能性はある
三、土地柄魍魎の出現を払底するのは難儀である
四、周辺の豊かな実りは塚の構造つまり黄泉の存在とも密接に関わっている
五、状況が極めて特殊であり幼少からここで暮らし研鑽を積んだ験者が有効である
守護は実際に魍魎を撃退する験者の力量を見たうえで信を置き富士嶽からの提案に従った
故に三は数人の験者とともに村人と一緒に生活を始める
三は帆の家の世話になっていた
修験者たちはもちまわりでひとりづつ村の者の厄介になる話になっていたが帆が三を気に入り帆と離れたくないと両親に訴えたため両親は村の長と験者の長に相談の上帆の思う通りにした
「結構な扶持を賜りましてありがとうございます」
空の膳を前に深々と頭を下げる様は丁重であったがしかし無表情に席を立ちそれ以外はなにも喋らず帆の家を出る三を見送る帆の両親は憮然としたものだった
預かった験者たちを賄うだけのものは守護から支払われてはいる
「気をつけてね」
帆は笑顔で見送った
家の手伝いをしながら帆は三の帰りを待つ
魑魅魍魎は不穏であり恐怖するものだがそれが出現したがためにやってきた三はこの村娘に幸福を与えていた
いつ造られたものか験者にも計り知れなかったが四方五方塚は標高こそ高くはないものの現在は巨大な山であって探索は困難ではなかったが労力と時間は膨大に必要だった
裂があると呪いの結果が出たもののそれがどこにありどんなものであるのか検討はつかない
ときには探索の途中で魍魎に出くわしおおきな損害を被った
魍魎との対決の場面にまだ幼さの残る三に出る幕はなかった
だが探索行の中途で音を上げることもなかった
「おまえはどこにもいないようでいて、いつもそこにいるね」
とは験者の三に対する印象
引き戸をやわらかにかすかに叩く音がする
床に入る寸前であった帆は跳ねるようにして立ち上がり明かりを持って引き戸に向かう
「三っちゃ、おかえり」
抱きつかんばかりの勢いの帆を制する三
「本日もまたご厄介になります。まこと申し訳ございません」
三は深々と頭を下げ帆の親からの許しがない限り敷居をまたがない
奥からどうぞの声が聞こえると三はようやく前に進む
「おなかすいてない」
「だいじょうぶです」
「いま、すすぎを用意するから」
三は土間の縁に座って帆のするがままに任せる
「遅くまで大変だね」
「いえ」
「寝間着、これね」
「はい」
「んじゃ、寝ようね」
「はい」
「お手手、繋いでてもいい」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
そして毎夜のごとく三は帆の掌に指先で文字を入れる
「三っちゃ、くすぐったい」
それでようやく帆は眠ることが出来る
「帆といったかねえ、あの娘は」
年嵩の験者が三に問う山の道
三はかすかに頷く
「親御さんが心配しなすっているようだが」
験者たちの計画は数年数十年に及ぶ
それでも村の人人が願うような平穏が訪れるとは考えてはいなかった
験者の長が述べた通りこの地の周辺の豊かさは黄泉の力に寄っている
このあたりの塩梅を見極めるのが彼らの役割であってその結果について断言できることはなかった
彼らはその地のあらゆるものと出来事のものの語りを拾い集め呪いを用いてことがどのように成り立っているのかを検分する
日の出がどのように目覚めの力を与え
風がどのように動かし
星星がどんな夢を見せるか
呪いの材を集めれば集めるほど結果は不穏なものしか算出されない
豊かな恵みは魍魎どもの働きにより魍魎どもの働きとはすなわち村人に加えられる害に他ならぬ
帆は家を出てふらりふらりと塚へと向かう
その目はどこを見ているのかどこも見ていないのか
あるいは夢を見ているかのような
だが帆の身体はまだ家の中にあって親の言いつけのままに縄を綯っている
探索の中にある三は帆の気配を感じて足を止める
「帆、そこにいるね」
三は言葉使いを改める
「えへ。来てくれると思ったの」
「声をかけてくれても良かった」
「反対するでしょ」
「帆の言うことなら聞くよ」
「そうなの、嬉し。死んでてよかったかも」
帆が死んだとき村は日蝕による闇の中にあった
親が見守る前で帆は息を引き取った
生まれたときから体の弱い子であった
愛おしい我が子は早すぎる死を背負って生まれてきた
時折調子の良いときに見せる屈託のない笑顔はあたりにいのちを振り撒くほどの力があったその背景にはいつもいつも死が張り付いていた
だから動揺も狼狽もなかった
だから悲しみだけがあった
日蝕が通り過ぎて光戻りし後帆は寝床から体を起こしていた
ここでも親は仰天することはなかった
なぜなら始終は親の眼の前で行われていたからだ
蝕のはじまりとともにこまかいものが湧き出て帆の床からなにか光るものを運び出して戸外へ消えてゆく
不穏が行われているのは明白であったから親は動こうとしたが体が思う通りにならぬ
やがて帆は殻だけを残すばかりとなった
そのように親には見えていた
やがてひとがたの光の塊が閉じた扉をすり抜けるようにして現れる
その丈は帆と近いものだった
ひとがたの光は親の顔を覗き込むような仕草の後帆の床に向かい帆の殻に重なるように横たわる
ここで日蝕が何事もなかったかのように通り過ぎる
三は黄泉に潜るための裂を見つけていた
そのための材を帆から得ていた
以前の帆はそこにいるのだろう
「帆、私も以前の帆に会いに黄泉に行こうと思うのだけど」
「いいんじゃない。一緒に行ってもいいの」
「断っても来るだろ」
「えへへ」
他の験者たちには知らせていなかった
また知らせる取り決めもなかった
最年少の三にとってもおなじ
ある出来事はその験者のみに起きたことであり知ったからとてどうにかなるものでもない
加えて他所に話したがゆえにうまく行かなくなる事どもも多かった
本当の帆が黄泉から解放されたときどうなるのかと帆の親は尋ねる
「本当の死を迎えることとなろうかと」
それはどういうことかと重ねて尋ねる親
「いまあなた方が見ている帆は消失するかと」
ひといきふたいきの沈黙の後帆の親は言い募る
すでに一度我が子を失う悲しみを味わった
絶望を味わった
怒りを味わった
それをまた味わわせるつもりか
帆の親の気持は良く分かったし気持ちの矛先が三に向くのも致し方なしと思う
差支えがあるのかないのかは三にもわからぬ
帆でないものが帆として生きていては都合が悪いのか
もちろん都合は悪い
この帆は帆ではないからだ
うつつにはうつつの理がある
死はあらゆる物事の結着点であって平衡でなくてはならぬ
だがこの場合黄泉にひとりうつつにひとりとりかえになっただけではないか
しかもたかが小娘ひとり
生きているような素振りを見せても大したことにはなるまい
三の気持ちも揺れる
三は富士嶽を出立するときに高位修験者に言葉を賜った
曰く
お前は強大な力を持つことになろう
それがかならずしもお前自身またお前に関わるひとびとを幸福にできるとは限らない
正しいとも間違っているとも善とも悪とも限らない
そしてまた行き着くところがこのとおりとは限らない
三は
「ならば、何も聞かぬほうがましではなかったですか」
とぽつり
高位修験者はからりと笑い行っておいでと見送る
富士嶽から派遣された験者たちは依頼されてから約半年の間を四方五方塚の下調べに費やした
近隣諸国に知らぬものはない巨大な方墳であったが伝えられているところは存外に少なくまたそれを事実と認定するだけの根拠にも乏しかった
ただの山に過ぎぬとする者もいる有様
だが下段四方はその頂点が正確に東西南北を指しており五方は等距離等角度の五辺五角を有す
なにものかの手が加えられているという形跡も僅かではあるが確認されている
ただの山ではない自然の造形物ではないことだけは確かであり確かなことはそれだけしかないとも言えた
ではなにものかとはなにか
有り体の解としては当時の有力者が作らせたとするもの
だが四方五方塚成立以前のこの地は悪しき瘴気に満ちた不毛の土地であった
形跡は鉱物から漏れる微量の波動から読み取れた
それがどうしてこのような実り豊かな地になったのか
なにか大きな力が働いたに違いない
口伝によると神神の御威光だという
その時代を営むものらは何かを書き残すという文化を持たなかった
験者らはしたがって神神がここにおわしたとした
神神は悪しき瘴気を浄化するために四方五方塚を構築した
そうまとめてしまうと神神と人間の年代が数千年ずれ込んでしまうのだが験者にとってはそれは委細に過ぎぬ
人間がやったとてどうせその手段について説明することは不可能だった
験者たちはその力の残滓が四方五方塚底部の黄泉を形成している
そう推測して現在の探索行の段取りを組んだ
日蝕はうつつの平衡を狂わせる
験者たちは陰陽をかき混ぜるという言い方をする
混沌とも呼んだ
「日蝕についてなにか知っているかい」
三は印を結び解きして話しつつ歩みを進める
「月読が天照に呼び出されるんだか喧嘩しに行くんだか、とか言うけど」
帆は屈託なくつらつら答える
「天文の出来事なんでしょ。めくるめく軌のめぐり合わせ」
「そうさな。そんなつまらないことを知っているのは黄泉の帆だねえ」
「つまらないことなの。頑張って勉強したんでしょ」
「勉強したらつまらんくなった。私のことも見えるんだね」
「もちろん。面白いことは何でも見ちゃうよ」
「面白いかねえ。と、それはうつつの帆も知っているの」
「あたしが知ってることは何でも。三っちゃのことはうつつの帆が知りたがったのよ」
「そうかい」
「て言っても、帆と帆はおんなじなんだけどね」
「そのようだねえ。でも違うんだね」
「違うと言いたいだけだよ。おんなじ」
「そうかねえ。おんなじものがふたつもあると」
「なにか悪いことでもあるの」
「ないんだがねえ」
験者たちが考えるよりも狡猾
知的
魍魎の実態はとらえどころはないものではある
しかし認識は改めざるを得ない
騒動は表面であり内実は静寂の中で進行
山間で魍魎を相手にしている間に村のそこかしこに魍魎の胚珠がばらまかれていた
胚珠と呼ぶもののこれが本当に魍魎の胚珠となるのかはいまだ不明瞭
だが呪いによればこれが育って魍魎が発生する可能性が示唆される
胚珠は微細であり駆除は難儀である
拡散した蒲公英の種子を拾い集めるようなもの
事態の行く末を推測するならばおそらくはうつつの制圧
我が国の征服
四方五方塚に派遣された験者は富士嶽に報告した
回答は可能な限りの対処をするに留めよとの旨
だが脅威を目の当たりにしている行のものらの損耗も甚だしい
黄泉への道のりを帆とともに歩きながら三は今隣りにいる黄泉の帆が帆そのものではないことには気付いていた
生死の境を彷徨うものとなった帆であってもこのような力は持たぬ
この世ならぬ原始の鼓動
気付いていながら言葉を崩した
村娘と修験者でもなく
敵と味方でもなく
帆と三でなければならなかった
結着の場面に至る緊張の道程であったとしても
帆と三であるべき言葉でなくてはならなかった
岩に足を取られよろける帆
すかさず支える三
「三っちゃ、ありがとね」
「いや。手を繋いでいこうかねえ」
あたりを照らすかのような帆の笑顔
「うん。ぎゅって握ってね」
富士嶽は富士嶽で行き詰まりの様相となっていた
霊峰富士嶽は行を修めるに適したところではあるがそれはそれなりの霊場であるからだ
修験士は修行をしながら霊的な力場を鎮静している
そこから員数を割き四方五方へ派遣していた
当然鎮静作用は減少
呪いの上では平衡を保てると出ていたが四方五方での損耗が大きかった
彼の地で肉体を欠損し精神を病んだものらの交代要員も送らねばならぬ有り様
じりじりとすり減っていく組織の力を肌で感じつつも彼らは無言で行に明け地鎮に暮れた
終極
口には出さぬものの胸に浮かぶ言葉は同じく
「三っちゃ、遊び行こうよ」
「同行させて頂きます」
帆は家の手伝いに区切りがつき三は早めに切り上げた探索からの戻りだった
「なんなの、それ」
三の堅いもの言いを帆はけらりと笑う
他の子供らはこんなとき鎮守の広場に集まるのだが帆はひと気のない草原へと三を誘う
「帆様、本日はどのような遊戯を」
「侍ごっこ」
「心得ました」
ここらにはぼん草と名のついた軽くほどほど丈夫だが弾力があって強い力が加わると折れてしまうという太刀の打ち合いの真似事をするのに相のよい植物がそこらに生えている
「いざ、尋常に」
草の太刀を上段に構えた帆の声が響く
「勝負ッ」
帆の体が五つに増えて三に向かって駆け出す
三は袂から榊の葉を四枚取り出し息を吹きかけ式を打つ
帆の影は榊の直撃を受け消滅
したのだが
「たあっ」
帆のぼん草太刀がぽこと音を立て三の頭に直撃する
「負けました。お見事にございます」
三は草の太刀を納め帆に一礼する
「まあたわざと負けて」
帆は口を尖らせる
「滅相もございません」
「でも、勝つっていいね。三っちゃに勝つの、嬉しい」
「ご褒美を差し上げましょう」
「負けたほうがくれるのね」
「戦利品と呼びましょうか」
「ご褒美のほうがいい」
三はまた袂を探る
「では目を閉じて、掌を」
「あいあい」
「謹んで贈呈いたします」
「わっ、かわいいっ」
掌上には浅葱色の紙で折られた小さな蝶が飾りになっている髪留め
「着けて着けて」
「承りました」
くろぐろと粗野な村娘の髪のなかで鮮やかな蝶が休んでいる
「とても似合います。よかった」
「そう」
帆は薄く頬を染める
そして続ける
「これであたしを監視するのね」
三は表情を変えない
「お見守りさせて頂きます」
突き当りの岩戸が開かれると心得のないものには耐え難き光景
帆の骸
三はまっすぐに見つめる
「私は、蝕とともにこの世にふたたび現れることを決めた。おとろうた力ではそんなきっかけでもなくてはな。もしくは、日蝕いが私にそうさせたのかもわからぬ」
見るも無惨な死にかけの帆の骸に手を伸ばす
見る間に蟲や雷が払われて健やかに眠る少女が現れる
「臨終を迎えた帆にはそのとき出会った。いやこれも帆に呼ばれた故かもわからぬ。帆の導きが発端やも知らぬ。思えば力のない私がこんなことなど出来るとは不審ではある」
「村の小娘にそんな霊力がありますか」
「蝕、この地、生と死の端境、それからお主らが魑魅魍魎と呼ぶ神神の思惑」
「あれはやはり神様なんですね。なんで魍魎変化など」
「知らん。お主らが欲したのだろう。帆は私が現れても驚くでもなく快く迎えてくれた。もうじきに終焉が訪れることもわかっていた。生への執着も口にした」
三の知っている帆は無論黄泉の帆であるがほぼ同一のあり様であろう
帆は世にあるもの全てを愛おしんでいた
その中にある自分自身を喜んでいた
生きている幸福に満ちていた
執着は当然であろうと三は知る
「私は弱っていたが少しばかり先の世を見ることができた。自分がいなくなったあとの世がどうなるのか、帆は聞きたがった。私はもうじき来るお前のことを話した。とてつもなく強い、私より強い力を持った、帆と同じ年頃の験者がもうじきやってくる、と。帆はそれまで生きられるかと問う」
「正直に答えたんですね」
「保たぬ、とな。せめてお前に会ってから死にたいと泣いて泣いて。私は願いを聞く他なかった」
「聞いてやるとは珍しい」
「おとろえていたからな。分別を超えて気持ちで動かされてしまった。私は帆になり帆は私になる。滅びから逃れることはできぬが帆は三に遭うことが出来る。黄泉にその体を置けば通路となりうつつと黄泉をまたいで感ずることが出来る、と話した」
「すぐに受け入れたでしょう。そして」
三は小さく印を結んでから続ける
「それが神神がこちらに達するための通路になりうることを知っていたとしても。神神が人間を駆逐してうつつにてふたたび君臨するのを望むと知っていたとしても、受け入れたでしょうね」
「お前に対する執着でな」
「おっしゃるとおりで」
まるで全て三が責を負わねばならぬような言いようは理不尽としかいいようがない
だが
初めて帆と対面したとき
帆の笑顔を目の当たりにしたとき
三はこんなにも輝かしいものがこの世にあったかと震えたのだ
自分を待ちわびていたひとの顔
出会ってからここまでいくつもの帆の顔を思い浮かべながら三は立ち上がり杖を構える
「それでも人間の暮らしを守らねばなりません」
「帆とお前が生きられるだけの世になるのだが。帆は生に飢えておったのだが」
「私はたくさんの人間の信託のもとここに来ています。天之御中主神、お手合わせを」
「ふむ、参れ」
よこたわるうつつの帆に黄泉の帆が覆いかぶさる
ふたりの帆はひとつになりゆたりゆたりと立ち上がる
二本の指で杖をすいと撫でる三
そして構える
天之御中主神あるいは帆もはや三にすら判然とせぬ黄泉の主は舞を舞うかのように振袖を靡かせ三の繰り出す杖を弾き時折手刀をもって三に斬りつける
その切っ先は容赦もためらいもなく鋭い
「建前は大事だ。遠慮は結構だ。礼儀は弁えねばならぬのう。しかしお前の本心は隠しきれまい。なぜ無駄に抗う」
「お恥ずかしい限りです」
霊力を込めた千早はすでに千々となり未練がましく絡みつくばかり
千早を剥ぎ取り天之御中主神に投げつけ間合いを稼ぐと同時に五体の式を打つ三
これは榊ではなく霊峰富士嶽の水で漉いた紙で作った人型を模した式神であった
「んふ。三っちゃはほんとに強いね」
天之御中主神の撹乱か帆のはしやぐ声か
黄泉の主も六に分身し式神それぞれと三に襲いかかる
「無駄手だのう」
「そのようで」
三はまた二本の指で杖をたたく
すると分散していた式神は三と対峙している一体に集中して攻撃を加え始める
分身は相打ちを恐れ攻撃することができない
背後の式と相まって三の杖が遊びの相手を圧し始める
が
「これだから三っちゃ、大好き」
帆は一体に集合してくるりと大きく舞う
そのひとふりだけで式神は砕け散った
「三っちゃ、今度こそあたしの勝ち」
一の突きを杖で返す三
しかし反動が大きく胸ががら空きになりそこに二の突きが差し込まれる
「とはいかぬようじゃな」
光の筋が多方面から打ち出され天之御中主神の手刀を居抜き射止める
「睦まじい児戯かと見ておったが、古の刻印であったか」
眠る前に帆の掌に書き込んでいたのは流れる星を集めたる的であった
本来であれば愛し合うふたりを結び付ける呪いであった
その強い力は多くの人を苦しめるものとなり禁呪とされ強固な封印を施されていた
だが三は幼いとは言え尋常な験者ではない
それでもなお禁を解くのは難しい
「お主、命を捨てておったか」
「ほら、本気でやったら三っちゃが勝つじゃない」
「そんなことはありません」
三は構えた杖を脇に落とす
そして胸先に向けられた手刀に向かって進む
ずぶずぶと手刀は三の体内に差し込まれ周辺は三の血で赤く染め抜かれる
やがて帆の腕は三の身体を貫く
ごぼと音を立てて血を吐く三
「お見事にございます」
「三っちゃ」
「私もね、帆が大好きになった。もうこれで離れなくて済む」
「三っちゃ」
「生を与えることはできないが、死を共にするならわけもない。さあ、愛しい帆」
両の腕を広げる三
「永劫の無へ」
帆と三は意識の形をぼかしつつよりあわせになりゆるゆると波を打ち消失を始める
「ならぬ」
天之御中主神はゆっくりと腕を引き抜き傷跡に手を当てる
その姿勢のままの帆が残り天之御中主神は帆の背後に立つ
「このままでは私が何もかもを失って仕舞いだ。のう、帆。私も一緒に遊んでいてかまわぬか」
「あたしはいいよ。三っちゃは」
「ご随意に」
神と娘が姿を消し浅葱色の光が舞う
髪飾りの蝶が舞い帆が手を当てていた三の胸の中心に停まり吸い込まれるように消える
ことと音がして金物を加工した髪留めの部品が落ちる
黄泉から戻った三は次第をありのまま話した
決まりごとをいくつも守らなかったこと
騒動は帆と三そして天之御中主神の三者がこの世に揃ったときより始まっていたこと
自分の中に帆と天之御中主神がいること
帆に魅入られ抗いはしたが三も帆を愛してしまったこと
証として胸に浮かぶ浅葱色の痣を見せた
話を受けた験者は富士嶽に告げたが経過を随時報告せよというばかり
現場にいる験者たちは困惑したがそのあたりを期に事態は沈静に向かう
魍魎たちの力は明確に弱くなりまた回数も減っていった
全くなくなりはしなかったからつどつど村人からは訝しがられたし意味無しと影で言うものもあったが記録を持っている彼らはそこは意に介さなかった
ことのほぼすべてを三に引き受けさせてしまいしかも先については全く予測がつかない
それを憂慮した
「お前は生きてるのも死んでるのも変わらないものになったな」
富士嶽から来た験者の長は村外れに設えた小屋にて三と面会してまずそう言った
小屋は注連縄と塩で結界してあるものだ
「誰が誰だかようわからなくもなっています」
「だろうな。そんな有り様でこの地より他に動かれるとみなが困るのだが」
砂占いをしながら話を続ける
「私の気持ちも見通されてここに寄越されたのでしょう」
「さて、どうにもお前はうまくやりすぎた。守護とも話をしてな、この地に社を築きお前の力を使って黄泉を封じ続ける、とまとまった。後は頼む」
「勝手なもの言いをしよる」
どこかから声が聞こえ砂占いに用いる台紙と砂が一瞬で燃え尽きる
「凄まじい力だがうつつには余る。どうせ黄泉はこれからも漏れ続けるだろう。これ以上の村人への難儀を思いやるなら使命を全うするよう」
千切るような言い方で印を結びつつつとと立ち上がりすいと小屋を出ていく験者の長。
日没前の曖昧な光の中にひとり坐す三。
「あたしあのひときらい」
と帆の声
ひとときのあと笑いが吹き出してしまう三
「帆、ごもっとも」
「三っちゃ、おかしいの」
「満ち足りたものには何も必要ない、ってことだよ、帆」
社は裂を封じる岩を囲むように建てられた
修験者と俗世の権力によって造られたものを嫌った三は近くに岩屋を配してそこに住んだ
誰もいないというのも不審であるし魍魎のいたずらには対処する必要があったから断られると思いつつ富士嶽に験者を送るよう通達すると思いの外早いうちに送られてきた
送られてきた験者たちは社に三之坊神社と名付け近隣から娘を巫女として雇いいれこの地を鎮守する神社としての活動を始める
之坊は神社内の地位を示す
裏には成長しないものという意味もあるらしい
以後この神社の神主は某之坊と命名されるようになる




