第9話 静かな黒龍は、褒められると弱い
夜の魔王城は、
昼とは別の顔をしている。
灯りは少なく、
音もほとんどない。
「……外、出てもいい?」
そう言うと、
ニエル・ノワールは小さく頷いた。
「……うん」
それだけ。
それで十分だった。
城の外は、
夜風が静かに吹いていた。
星が見える。
思ったより、
ずっと穏やかだ。
「……見張り?」
俺が聞くと、
ニエルは首を横に振る。
「……ただ、いるだけ」
「それでいいの?」
「……それが、
一番安全」
……確かに。
この子が“いるだけ”で、
世界の危険度は
たぶん、激減している。
しばらく沈黙。
俺は、
ふと思い出して聞いた。
「ニエルってさ」
「……なに」
「自分の力、
怖くない?」
ニエルは、
少しだけ考えた。
「……怖い」
即答だった。
「落としたら、
終わる」
「雫?」
小さく頷く。
「……だから、
落とさない」
「簡単に言うね」
「……簡単じゃない」
その声は、
少しだけ低かった。
「……俺さ」
夜空を見上げながら言う。
「ニエルに、
戦ってほしくない」
ニエルは、
驚いたようにこちらを見た。
「……それは、
無理」
「即答だね」
「……でも」
少し間を置いて、
続ける。
「魔王様が、
望まないなら」
「……使わない」
胸が、
少しだけ軽くなった。
「……ねえ」
俺は、
本当に何気なく言った。
「ニエルって、
すごく我慢強いよね」
ニエルの肩が、
わずかに揺れた。
「……そう?」
「うん」
「あれだけの力があって、
ちゃんと抑えてる」
「それって、
すごいことだと思う」
沈黙。
夜風だけが、
二人の間を通り抜ける。
「……」
「……ニエル?」
彼は、
ゆっくりと顔を背けた。
耳が、
ほんのり赤い。
「……褒められるの、
慣れてない」
「そうなんだ」
「……嫌いじゃ、
ないけど」
その一言が、
妙に胸に残った。
しばらくして、
ニエルがぽつりと言った。
「……魔王様」
「なに?」
「……ここにいても、
いい?」
「もちろん」
即答すると、
ニエルは――
ほんの少しだけ、
距離を詰めてきた。
「……ありがとう」
声は小さい。
でも、
ちゃんと聞こえた。
城に戻る前。
ニエルは、
最後に言った。
「……魔王様が、
怒らないなら」
「世界は、
静かなまま」
「……そうだと、
いいね」
「……うん」
――その夜。
黒龍の炎は、
一度も灯らなかった。
雫も、
落ちなかった。
ただ、
静かに。
世界は、
今日も守られていた。
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