第8話 強さを誇らない男は、背中で語る
訓練場は、今日も広かった。
……いや、
正確には「広かったはず」だ。
「……これ、
また広がってない?」
「気のせいだ!」
即答だった。
目の前で腕を組んでいるのは、
第三四天王――ガルド・バルバロス。
金髪ショート。
分厚い筋肉。
立っているだけで、空気が張り詰める。
「魔王様!
今日は軽く体を動かそう!」
「“軽く”の基準が信用できないんだけど!」
「模擬戦、
……とか?」
俺が恐る恐る聞くと、
ガルドは首を横に振った。
「今日は戦わん」
「え?」
「魔王様は、
戦いたくないだろう?」
その一言に、
少しだけ驚いた。
「……うん」
「なら、
剣も拳も要らん」
ガルドは、
訓練場の中央に立つ。
構えない。
力を入れない。
ただ、そこに立っているだけ。
「……何するの?」
「立つ」
「それだけ?」
「それだけだ!」
意味が分からない。
沈黙の中、
俺は聞いてみた。
「ガルドってさ」
「なんだ!」
「なんで、
能力を持たなかったの?」
ガルドは、
少しだけ視線を上げた。
「持たなかったのではない」
「選ばなかった」
「え?」
「力に頼れば、
力に振り回される」
「だから、
全部、身体に刻んだ」
ガルドは拳を握る。
「鍛えた。
壊した。
また立った」
「それを、
何度も繰り返した」
淡々とした口調。
でも、
重みがあった。
「……じゃあさ」
俺は、
訓練場の床を見つめながら言った。
「倒れそうになったら、
どうするの?」
ガルドは、
即答しなかった。
しばらくして、
静かに言う。
「……倒れない」
「根性論?」
「覚悟だ」
ガルドは、
まっすぐ俺を見る。
「俺が倒れたら、
背後が死ぬ」
「守るものがある限り、
膝はつかん」
その言葉に、
息を呑んだ。
「でもさ」
俺は、
正直に言った。
「そこまで強くならなくても、
いいんじゃない?」
ガルドは、
少しだけ目を見開いた。
「……魔王様」
「魔王様は、
戦わなくていい」
「だから、
俺が強くいる」
一瞬、
言葉が詰まる。
「それって……」
「魔王様が、
剣を抜かずに済む世界を
作るためだ」
ああ。
そうか。
この人も――
アルスと同じ方向を見ている
その時。
訓練場の床が、
わずかに揺れた。
「……っ」
ガルドの足が、
一瞬だけ、沈む。
膝が
ほんの少し、
曲がった。
「ガルド!?」
俺が叫ぶと、
ガルドは歯を食いしばり、
すぐに姿勢を戻した。
「……失礼」
「今、
膝……」
「ついていない」
断言。
だが、
額に汗が滲んでいる。
「……無理しすぎだよ」
俺がそう言うと、
ガルドは――
初めて、笑った。
「そうかもしれんな」
「……じゃあさ」
俺は、
少し考えてから言った。
「たまには、
休んでいいんじゃない?」
「俺が、
戦わない代わりに」
「ガルドが、
倒れない理由が減るなら」
ガルドは、
しばらく黙っていた。
やがて、
大きく息を吐く。
「……難しい提案だ」
「アルスと同じ反応だね」
「だが」
ガルドは、
ゆっくりと頭を下げた。
「考えよう」
「それでいい」
訓練場を出る時。
ガルドは、
少し前を歩いていた。
その背中は、
相変わらず大きい。
でも
どこか、
少しだけ軽く見えた。
「……ガルド」
「なんだ、魔王様!」
「ありがとう」
短い沈黙。
それから、
照れたような声が返ってきた。
「……当然だ!」
その日。
ガルドは、
一度も倒れなかった。
でも、
ほんの少しだけ
無理をしなくなった。
読んでいただきありがとうございます。
次話は、静かに心を掴むニエル回です。




