第7話 管理しすぎる魔導師は、距離が近い
魔王城で一番危険な場所は、
訓練場でも、結界制御室でもない。
――リリスの管理下だ。
「魔王様、体調はいかがですか?」
朝、廊下に出た瞬間だった。
赤髪ロングの美人魔導師、
リリス・アウレリアが、
浮遊する魔導書を従えて立っている。
「えっと……普通?」
「“普通”は数値化できません」
「そこからか……」
「昨夜の睡眠時間、
六時間四十二分」
「なんで知ってるの?」
「寝室の結界が記録しています」
「記録しなくていい!」
リリスは気にした様子もなく続ける。
「食事量、やや少なめ。
精神状態、安定。
ストレス値、軽度上昇」
「待って、
ストレスの原因は?」
「私です」
即答だった。
「自覚あるなら控えて!?」
リリスは、
ふふっと楽しそうに笑う。
「でも、
管理はやめられません」
「なんで!?」
「魔王様は、
世界の要ですから」
さらっと重い。
「今日は、
休憩を取りましょう」
そう言って案内されたのは、
魔王城のテラス。
紅茶。
お菓子。
完璧な配置。
「……普通に、
いい場所だね」
「当然です。
魔王様が落ち着けるよう、
最適化しました」
「最適化って言葉、
日常で使わないよ?」
俺が席に座ると、
リリスが隣に腰掛ける。
近い。
「……距離も、
最適化されてる?」
「はい」
即答。
「近すぎない?」
「魔王様の声量と表情が、
一番読み取りやすい距離です」
「恋愛ゲームの好感度管理
みたいなこと言わないで!?」
紅茶を一口飲もうとした時、
リリスがスプーンを差し出してきた。
嫌な予感。
「魔王様」
「言わなくていい」
「はい、あ~ん」
「言った!!」
反射的に身を引く。
「自分で飲めるから!」
「分かっています」
そう言いながら、
距離を詰める。
「ですが、
拒否反応が出るかの
確認も必要です」
「なにを確認するの!?」
「はい、あ~ん」
「だから!!」
……結局。
「……一口だけだからな?」
観念して口を開ける。
「はい、あ~ん」
……甘い。
「……美味しい」
「でしょう?」
リリスは満足そうに微笑む。
「魔王様の味覚に合わせて、
茶葉を調整しましたから」
「そこまでやるの!?」
ひと段落したところで、
俺は聞いてみた。
「リリスってさ」
「はい」
「なんで、
そこまで管理するの?」
リリスは、
少しだけ表情を緩めた。
「……管理しないと、
壊れてしまうものを、
たくさん見てきました」
「え」
「優しい人ほど、
無理をしてしまう」
一瞬、
空気が静かになる。
「だから」
「壊れる前に、
支えるんです」
「……俺、
そんなに危なっかしい?」
「はい」
即答。
「即答やめて!?」
でも、
その声は柔らかかった。
「……じゃあさ」
俺は少し考えてから言った。
「一つだけ、
お願いしてもいい?」
リリスは、
驚いたように目を瞬かせる。
「お願い、ですか?」
「うん」
「管理するのはいいけど」
「たまには、
俺の“普通”も信じて」
少しの沈黙。
それから、
リリスは小さく笑った。
「……難しいお願いですね」
「アルスの時と同じ反応だ」
「ですが」
リリスは、
そっとスプーンを下ろした。
「努力します」
「……できる?」
「完璧には」
「だよね」
「でも」
彼女は、
優しく微笑む。
「魔王様が
そう望むなら」
テラスを出る時。
リリスは、
いつもより一歩だけ
距離を取って歩いていた。
「……どう?」
俺が聞くと、
彼女は少し照れたように答える。
「……少し、
落ち着きません」
「俺は、
ちょうどいい」
その言葉に、
リリスは一瞬だけ――
嬉しそうに笑った。
その後。
なぜか、
夕食のデザートが
一品増えていた。
管理は、
完全には止まらないらしい。
読んでいただきありがとうございます。次話は、強さの意味を語るガルド回です。




