第6話:アルス回(もう書いた完成稿あり)
夜の魔王城は、静かだった。
昼間は騒がしいこの城も、
夜になると、嘘みたいに落ち着く。
「……見回り?」
「はい」
隣を歩くアルス・クロイツが、
短く答えた。
黒い肌に赤い目。
紫の髪が、月明かりを反射している。
「魔王城の夜間警戒です」
「別に、
そこまでしなくてもいいんじゃない?」
俺がそう言うと、
アルスは一瞬、足を止めた。
「……それは、
魔王様の命令ですか?」
「え?」
「“警戒を解け”という命令でしょうか」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は慌てて手を振る。
「ただの感想。
雑談、みたいなもの」
アルスは、
ゆっくりと歩みを再開した。
「……承知しました」
だが、その声は
どこか硬かった。
しばらく、無言で歩く。
沈黙が重くなってきた頃、
俺は聞いてみた。
「アルスってさ」
「はい」
「疲れないの?」
即答だった。
「疲労は、
任務完遂の妨げになりません」
「そういう意味じゃなくて」
俺は頭をかいた。
「ずっと、
守る側でいるのって」
アルスは、
城壁の外――闇の向こうを見つめた。
「……私の役目です」
「それしか、
答えないよね」
「他に、
答え方を知りません」
その言葉は淡々としていたが、
どこか正直だった。
「……もしさ」
俺は、少しだけ真面目に言った。
「俺が、
間違ったことを命令したら?」
アルスは、
一瞬も迷わず答えた。
「従います」
「え」
「魔王様の意志が、
この世界の最優先事項です」
「それ、
危なくない?」
俺は足を止めた。
「俺、
そんなに信用できる?」
アルスは、
ようやくこちらを見た。
赤い瞳が、
まっすぐ俺を捉える。
「……魔王様」
「あなたが剣を抜く時、
世界は終わります」
「だから」
「剣を抜かせない主でいてください」
一瞬、
言葉が出なかった。
「……じゃあさ」
少し考えてから、
俺は言った。
「一つ、
命令してもいい?」
アルスは、
即座に跪いた。
「命、
喜んで」
「跪かなくていいから!」
慌てて止める。
「えっと……」
「今後、
俺が危なくない限り」
「剣を抜かないで」
アルスの目が、
わずかに見開かれた。
「……それは」
「命令」
そう言うと、
アルスはしばらく沈黙した。
やがて、
ゆっくりと頭を下げる。
「――承知しました」
「……できる?」
「努力します」
即答じゃない。
それが、
少し嬉しかった。
見回りが終わり、
城内に戻る途中。
アルスが、
ぽつりと言った。
「……魔王様」
「なに?」
「先ほどの命令」
「うん」
「私にとって、
最も難しいものです」
「……そっか」
「ですが」
アルスは、
ほんのわずかに口元を緩めた。
「嫌いではありません」
「それなら、
よかった」
その夜。
アルスの剣は、
一度も鞘から抜かれなかった。
それが、
この世界にとって
どれほど異常なことかを――
俺は、
まだ知らない。
読んでいただきありがとうございます。次話は、世話焼きが止まらないリリス回です。




