第5話 謝りたいらしいけど、今は会わなくていい
魔王城での生活にも、
少しずつ慣れてきた。
慣れていいのかは、正直分からない。
「魔王様、本日の予定です」
アルスが、いつもの無表情で告げる。
「午前は特に予定なし。
午後も特に予定なし。
夜も特に予定はありません」
「……一日まるっと空いてるね」
「はい。
魔王様が平和に過ごすことが最優先ですので」
平和の定義が、相変わらず重い。
廊下を歩いていると、
リリスが浮遊する魔導書を閉じた。
「魔王様、少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
「王国側から、連絡がありました」
嫌な予感しかしない。
「内容は……?」
リリスは一瞬だけ言葉を選び、
それから静かに告げる。
「勇者候補の方々が、
魔王様に謝罪を希望しているそうです」
「……え?」
思わず足が止まった。
「謝罪?」
「はい。
直接お会いして、
話がしたいと」
俺は、しばらく何も言えなかった。
「許可は?」
アルスが即座に聞いてくる。
「拒否なさいますか?」
「いや、拒否っていうか……」
ガルドが腕を組んで前に出た。
「魔王様、
無理に会う必要はありません!」
「そうそう」
リリスも微笑みながら頷く。
「精神的負荷は、
私が管理できますが……
そもそも負荷をかける必要はありません」
ニエルは、少しだけ眉を寄せて呟いた。
「……来たら、
近づけない」
「それ、どういう意味?」
「……自然と、
距離が空く」
……うん。
想像できる。
俺は、少し考えてから口を開いた。
「……別に、
謝らなくていいんだけど」
四天王の視線が、
一斉に集まる。
「だってさ」
「向こうは、
怖かったんだと思う」
「俺も……
怖かったし」
処刑台の上で、
視線を逸らされた瞬間。
あれは、
今でも少し胸に残っている。
でも――
「もう終わったことだし」
「今は、
こうして生きてるし」
ガルドが、
真剣な顔で言った。
「……それでも、
会えば向こうは救われるかもしれん」
「そうかもね」
俺は苦笑する。
「でも」
「俺が会うことで、
また誰かが怯えるなら」
「それって、
本当に必要かな?」
リリスは、
静かに目を伏せた。
「……優しいですね、魔王様」
「優しいっていうか、
面倒なだけだよ」
「では」
アルスが確認する。
「どのように返答しますか?」
俺は、少しも迷わず言った。
「今は会わない」
「理由は?」
「俺が、
普通に暮らしたいから」
アルスは一礼する。
「承知しました」
リリスも頷いた。
「そのように、
お伝えします」
ニエルが、
小さく息を吐いた。
「……それでいい」
この時の俺は、
まだ知らなかった。
この返答が、
王国側で――
「拒絶」ではなく、
**「慈悲」**として受け取られていることを。
「謝りたいのに、
近づくことすら許されない」
「敵と認識されていないのが、
一番怖い」
そんな評価が、
勝手に広まっていることを。
その夜。
魔王城の食堂で、
いつものように食事をする。
量は、相変わらず多い。
リリスが、
何も言わずにスプーンを持ってくる。
「……今日はやめて」
「冗談ですよ」
くすっと笑う。
ニエルが、
静かに言った。
「……今日も、
平和だった」
「そうだね」
俺は頷く。
「それが一番だ」
俺はまだ知らない。
この「平和」が、
どれほど危うい均衡の上に
成り立っているのかを。
読んでいただきありがとうございます。次話からは、四天王と二人きりの回が始まります。




