第10話 魔王様の実力を、誰も見たくなかった
きっかけは、本当に軽い一言だった。
「……俺さ」
魔王城の中庭で、
俺はリリスに聞いた。
「魔法、使ってみてもいい?」
その瞬間。
リリス・アウレリアの表情が、
ほんの一瞬だけ硬くなる。
「……もちろんです、魔王様」
すぐに微笑むが、
声はわずかに慎重だった。
「ただし――
本当に“軽く”お願いしますね」
「うん。
大きい炎を出す、でいい?」
「はい。
大きすぎない炎でお願いします」
その返事が、
一番信用できなかったらしい。
「では、まず私から」
リリスは一歩前に出て、
片手を差し出した。
淡い赤紫の魔法陣。
ゴウッと、
人の背丈ほどの炎が立ち上がる。
「これが、
少し大きい炎です」
石畳が焦げ、
熱風が中庭を撫でる。
「おお……」
素直に感心した。
「では、
魔王様も同じように」
「……大きい炎」
俺は、
特に何も考えず手を出した。
次の瞬間。
「――っ!?」
リリスの顔色が、
はっきりと変わった。
空気が、
一気に重くなる。
魔法陣が、
俺の足元から異常な大きさで広がった。
「ま、魔王様!
ちょっと待って――」
ドンッ
音が、遅れてやってきた。
炎が――
城の天井を超える高さで噴き上がる。
赤でも、紫でもない。
黒に近い、
圧倒的な灼熱。
夜空を照らし、
中庭全体が昼のように明るくなる。
「……」
「……」
「……え?」
「魔王様!!
それは“大きい炎”ではありません!!」
「え、
もっと大きいの?」
「災害です!!」
叫びながら、
魔導書を一斉に展開。
「結界最大!
遮断! 遮断!!」
炎は、
結界の中でうねり――
何事もなかったかのように、消えた。
数秒。
風だけが吹く。
「……」
「……」
「……あの」
俺は恐る恐る聞いた。
「出しすぎた?」
リリスは、
額を押さえて深呼吸した。
「……はい」
即答。
「大きすぎました」
「ごめん」
「いえ……」
顔を上げて、
苦笑い。
「魔王様が悪いわけではありません」
「え?」
「世界の耐久が低すぎるだけです」
「それ、
フォローになってる?」
「全然なっていません」
遅れて、
四天王が中庭に集まる。
アルスが、
焼けた空気を見て一言。
「……剣を抜かなくて正解でした」
ガルドは、
地面を見て沈黙。
「……あれを受け止める役目、
俺じゃないな」
ニエルは、
小さく呟いた。
「……怒らなくて、よかった」
「……じゃあさ」
俺は、
少し困った顔で言う。
「魔法、
あんまり使わない方がいい?」
四天王は、
一斉に頷いた。
「「「「はい」」」」
即答。
「……だよね」
――こうして。
魔王様の実力は、
“ちゃんと使えば世界が困る”
という理由で、
誰からも使わせてもらえなくなった。
それで、
世界は今日も平和だった。




