8話:仕方ないでしょ?
「そいつ反省したんだろ?なら無理に成仏させる必要なんてないだろうが」
そんなことを言いながら、除霊高の制服を着た男子生徒が姿を現した。
正義感ぶったお人好し。まさしく今のこの状況のような印象を受ける見た目をしている。
漫画なら主人公とでも言えそうな見た目の男子生徒だ。
「私は私の仕事をしてるだけ。誰か知らないけど邪魔しないで」
「俺は天宮漣だ」
そう言いながら、チラリと女の霊の方を見る。
「こいつだって元々は人だ。人はいつだってやり直せる。
そのためのチャンスは誰にだって必要だろ?だからそいつを無理に成仏させる必要なんてないだろ」
情に訴えるように言ってくる天宮。
「そう。ならあなたは、こいつが殺した人の責任を取ってくれるの?
もしここで許して、また誰かを殺したら?」
「それ......は......」
私の言葉に言い淀む天宮。
......きっと彼の言い分は正しい。
そうであるべきだ。
........けど、この世界は彼が思っているほど正しくはない。もっと、もっと汚れている。
だからこそ私は、彼みたいな気持ちを持っている人を汚したくない。
「いいよ。チャンスをあげる」
彼が納得するには理由が必要だ。
自分の考えは間違っていなかった。けど、力が及ばなかった――そう言える理由が。
どうするかって? 簡単なことだ。
「私を倒せれば、この女の霊を見逃す」
実力で負かせればいい。それだけで、彼の中に都合のいい言い訳が作られる。
もっと強くならないと守りたいものが守れない――そういう言い訳が。
負けたせいで守れなかった――そういう言い訳が。
そして、そのための悪役は私がやるのがちょうどいい。
「言ったな?」
ニヤ、と不敵に笑う天宮。
「......それはそれとして、あなたは逃さないよ?」
私と天宮のやり取りの最中に逃げようとしていた女の霊に向けて、そう言いながら御札を投げる。
「痛っ!?」
見えない壁にぶつかったように、女の霊が跳ね返る。
逃がさないための結界を張った。
「結界か?それに今の御札......お前、巫女か何かかよ」
「まぁ、そんなところかな」
天宮の言葉を肯定する。
「これで安心だね。いつでもいいよ」
天宮に攻撃していいことを伝える。
「俺は女だからって手加減はしないぞ?後悔すんなよ?」
「......しないよ」
「約束、守れよ?」
「さてね」
そう言って軽く肩を竦める。
天宮の考えは正しい。
この結果がどうなるにせよ、私は女の霊を成仏させる。
これは言わば茶番みたいなものだ。
ダッ!! という地面を蹴る音とともに、天宮の姿が消えた。
「っ!」
咄嗟に自分の左側を両手で十字にして守る。
同時に衝撃が走り、右に吹き飛ばされる。
何度か地面にバウンドして威力を殺し、起き上がる。
「まじかよ......お前、人間か?」
驚いた表情をする天宮。
それはこちらのセリフだ。
人ひとりの身体を浮かせるほどの蹴りなんて、常人が出していいものじゃない。
それも、見えないほど速く。
大体どこを狙ってくるか見えていたから防御は間に合った。
でも、普通の人なら死んでるか重傷だ。
防御に使った腕がビリビリと痺れている。
下手をすれば折れていた。
──ドクン、と心臓が高鳴る。
......あぁ。久しぶりに張り合いがありそうなやつを見つけた。
心の中のどこかで、楽しんでいる自分がいる。
少しだけ頬が緩んでしまう。
(私は人形なのに?)
人形が頭の中で囁く。
その言葉で一気に熱が冷めた。
......あぁそうだ。私は人形として仕事をするだけ。
静かに歩いて女の霊に近付いていく。
......残念だけど、舞での成仏は無理、か。
「お、おいっ!」
天宮が私に声をかけてくるが無視。
どうせ結界の中には入ってこれない。
「ごめんね。せめて苦しめないように一太刀で終わらせるから」
「やめろっ、近づくなっ!!」
ブワッ! と再び焔を発生させる女の霊。
「......せめて来世ではまともな人になれるといいね」
焔の中にそのまま突っ込み、女の霊の首を斬り落とした。
女の霊だったそれは音もなく光の粒になり、空へと昇っていく。
無駄に綺麗で、幻想的な光景だ。
結界が消えるとともに、天宮がこちらに近付いてきて私の胸倉を掴む。
「おい!まだ途中だっただろうが!何で約束を破ったっ!」
「......チャンスならちゃんとあげたでしょ。
あなたは私を一発で倒せなかった。それだけだよ」
淡々と告げる。
「最初からこうするつもりだったのかよ......」
クズ野郎。そう呟く天宮。
「いいか、俺は絶対にお前のやり方を認めねぇからな!
誰もがやり直す権利ってのがあるんだよ!それを不意にしてやがって!
確かに何かをやらかしたやつに罰を与えるのは間違ってねぇよ!
そうやって平和な世の中になっていくんだからな。」
バッと腕を横に振りながら叫ぶ。
「だけどそうやって嘘をついてまで殺すのはおかしいだろ!
誰だって幸せが一番だ!
その幸せを壊して、誰かが不幸にならなきゃいけない平和なんて認めねぇっ!
──絶対に認められねぇっ!」
そこまで言ってギリッ、と歯ぎしりをした後、私を突き飛ばす。
そしてそのままその場を立ち去った。
「......」
尻もちをついた私は土を払い、立ち上がる。
胸に手を当てて鍵を外す。
「......私だって、好きでやっている訳じゃないんだけどなぁ」
目に涙を浮かべながら嘲笑する私。
でもさ、仕方ないでしょ?
誰かがやらなきゃ、他の誰かがやらされる。
みんなが幸せになるためには、誰かが不幸になるしかない。
誰かが手を汚さなければいけない。
......そんな世界なのだから。
それがたまたま私だったってだけ。
私はただ、守ると決めたみんなを守るために生きている。
そして、そのためなら何でもやる。
......それが私。私に生きる意味を、心を教えてくれた恩返し。
だから──
「──だから、私が幸せになりたいなんて望んだらいけないのに......」
昧達といると、もっと一緒にいたいって、もっと笑い合いたいって、そんなことを思ってしまう。
今以上を願ってしまう。
「『誰かを不幸にする平和なんて認めない』、か」
もし、もし本当にそんな世界だったら――
「──私も、もう少しだけ幸せになれるのかな......」
そんな、あるわけのないもしもを考えようとして、止める。
だってそうでしょ?
存在しないものを願ったところで、世界は変わらないのだから。




