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34話:私を

舞桜(まお)」、天宮(あまみや)に名前でそう呼ばれた瞬間とくん、と胸が高鳴った。


今まで感じたことのない優しい気持ち。変な幸福感が遅れてやってくる。


知らない感情。でも、不思議と嫌な感じはしない。


「いきなり名前は不味(まず)かったか…?」


ボソボソと何かを言って


「あ~、不快になったのなら謝る。悪かった」


と謝ってくる。


どうやら私が黙り込んでいるのを名字ではなく名前で呼んだからだと思っているっぽい。


「あ、いや。別にそういうわけじゃないんだけど…」


黙り込んだのは自分にもよくわからない変な感情のせいだし。


なんて言えるわけもなく歯切れの悪い否定にってしまう。


「と、とりあえず制服に着替えてくるからそこで待ってて。


...(のぞ)かないでよ?」


「しねぇよ。そんなこと」


何故(なぜ)かすこし嬉しそうに微笑む天宮(あまみや)


逃げるようにしてリビングを離れ、自分の部屋へ入り、(かぎ)をかける。


(わけ…わかんない…)


ドクドクと心臓がずっとうるさい。


なのに、変に優しい気持ちになっている。


ギュッと強く胸を掴む。


鍵をかけられない…。


こんなことは今までなかった。


──心を殺せない。


余計(よけい)に、わけがわからない…。


頭の中をよぎるのは天宮(あまみや)のこと。


ごつごつとした男の人っぽい手だとか、近くで見ると意外と整っている顔だとか、さっきの笑顔だとか…。


ほんと…わけわかんない…。


制服に着替える間もそれらは続いた。


「れ…(れん)


着替えた後、私は天宮(あまみや)の名前を1人で(つぶや)いてみる。


誰かの名前を呼ぶということはこんなにも恥ずかしくて緊張するものだっただろうか…?


そう思わずにはいられなかった。


でも…なんだろう。


パズルのピースがカッチリとはまったようなこの感覚は。


(れん)(れん)(れん)…)


何度も心の中で(つぶや)く。


何故(なぜ)だかしっくりくる。この名前を知っていて、まるで…そう。


──まるで何度も使ったことがあるような。そんな感じの懐かしさがあるのだ。










何処(どこ)かのビルの屋上に私と(れん)が横並びに座り、話している。


「ねぇ(れん)


もし、もしさ、この先私が悪者になったらさ君は私を殺してくれる?」


「何いってんだか…今までなんだかんだで上手くやってこれただろ?


......だからきっとまたなんとかなるさ」


微笑(ほほえ)みながらそう言って励ましてくれる。


...ごめんね。自分の身体のことは自分が一番良く分かってるんだ。だから―─


「もしもの話、だよ」


「そうだな...。そんときゃ全力で俺が止めてやるよ」


ここで殺してやるって言わないあたりほんとお人好(ひとよ)しなんだから...。


「──約束、だからね?」


そう言って小指だけを立てて差し出す私。


「あぁ、約束する。命に代えてもな」


私の小指と自分の小指を(から)ませ、指切りげんまんをする私達。


だから


―─その時はちゃんと、私を殺して、ね…?








──ズキンっ!


と頭痛がして現実に帰ってくる。


今のって私と天宮(あまみや)…?でも、あんなの知らない。


そもそも天宮(あまみや)とは出会って数日だ。


だったらなんで頭の中に出てくるの…?それに…。


考えようとすればするほど頭がズキズキと痛くなる。


まるで思い出すな、とでも忠告(ちゅうこく)されているようだ。


どんどんと強くなる痛みのせいで上手く頭が回らない。


仕方なく考えるのをやめる。


すると、さっきまでの痛みが嘘のようになくなった。


それと同時にさっきまでの熱が冷めてくれた。


深呼吸。鏡を見る。


そこには何も変わらない無表情のいつもの私がいた。

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