30話:舞納め
天宮の姿が見えなくなったぐらいで
「ま、舞桜…その…服、くれない?」
大切な部分を両手でかろうじて隠した昧がそう言ってくる。
ジェヴォーダンの獣になった際に服が破れるため元の姿に戻ると裸になってしまうという致命的な欠点…。
先ほど私が巫女装束に着替えた御札と同じものを使って昧に巫女装束を着せる。
「慣れない格好かもしれないけどこれしかないから帰るまで我慢してて」
と謝る私をよそに
「めちゃくちゃ舞桜のいい匂いがするっ!」
スンスン!スンスンスン!と巫女装束の匂いを嗅いでいる。
「昧…?」
ジト目で見ながらそう言うと
「ちちち、ちがうもん!いい匂いなのが悪いもん!」
と開き直る始末。
はぁとため息を吐く私。
まぁ、元気そうで良かった。
…さて、私も私のすべきことをしないとね。
するり、と懐から緋色の扇―緋扇―を取り出す。
これは1人前の緋巫女として認められた時、先代の緋巫女から受け取るもの…私にとってはお母様の忘れ形見のようなものだ。
ゆっくりと緋扇を広げていく私を少しワクワクしながら見てくる昧。
それを横目に私はゆっくりと舞い始める。
優しく、穏やかに。しかし力強く。
何度も、何度も教わり、体に染み付くほど舞った舞を。
ねぇ、お母様。やっぱり私。舞うのすっごく好きだよ。
だって、こんなにも心が満たされるんだから。
──こんなにも、楽しいのだから。
左腕が使えないため少々いびつな舞になってしまう。
旧い文献曰く「其の舞、心に干渉せしもの。
憂いも怒りも悲しみも楽しみも慈しみも、万人の心に届かせる。最も危険で最も美しい舞也」とのこと。
霊は本来恨みや妬み、怒り、嫉妬などといった負の感情によって生まれるもの。
中には未練があったり、死んだということに気付いてない例もあるが、「舞」はその負の感情を忘れさせ、正の感情―喜びや楽しさなど―を植え付けるもの…だそう。
そうすることにより魂が浄化されて正しく天へと昇っていく…らしい。
私もお母様に言い聞かされただけだから正しいのかどうかまでは分からない。
とりあえず、この舞は霊を殺すのではなく成仏させることができる特別な舞だ。
あまり人に見せちゃいけないのだが昧は「舞」のことを知っているし、見たこともあるので大丈夫だろう。
幸せな時間というものはいつだって一瞬で過ぎ去るもので、私の舞が終わりを迎える。
パタン、と静かに緋扇を閉じると同時に周囲の霊達は小さな光の粒となり、この満月の空を幻想的に照らしながら天へと昇っていく。
男子生徒と女子生徒の霊が「ありがとう」とそう言ったような気がした。
「きれー…」
空を見上げていた昧がぽつり、と呟く。そして
「今度こそ舞納め、だね」
ニコ、とそう笑いながら私のセリフを取るのだった。




