11話:怒り
阿津斗に依頼をした後、私は食事を済ませて歯を磨いていた。
霊に霊力を与えられる存在。
そんなもの、ひとつしかない。
──霊操師だ。
うがいをして歯ブラシを洗う。
霊操師とは、霊力を他者に分け与えられる人間の総称。
素質があっても扱えなかったり、そもそも自分にそんな力があると気づいていなかったりする。
だからこそ、貴重な存在だ。
十年ほど前から少しずつ数を増やし、最初の頃は除霊師の霊力を回復させる存在として重宝された。
......しかし、良い使い方があれば悪い使い方もある。
霊や妖怪に霊力を分け与え、その見返りとして盗みや殺しをさせる。
そんな奴らが現れ始めた。
......6年前。こいつらがいなければ、あんな事件は起きなかった。
お母様は死ななかったっ!
ギリッ、と歯ぎしりをする。
6年前の百鬼夜行と呼ばれる事件。
あの時のことが、ぐるぐると頭の中で渦巻いて、悔しさと怒りが心をぐちゃぐちゃにしていく。
どうして?
どうしてお母様は死ななきゃいけなかったの?
どうして?どうしてっ!?
今でも鮮明に覚えている。
大鎌を持った女が、お母様を殺したのを。
肩から腰にかけてバックリと切り裂かれたお母様。
あの時のお母様の優しい笑顔も、握っていた手が冷たくなっていくあの感覚も......。
私がもう少し、ほんのもう少し早く駆けつけられていれば......。
ギュッと強く胸が締め付けられる。
でも、洗面台の鏡に映る私の顔は、涙が出ているわけでも、怒りで歪んでいるわけでもない。
......顔色ひとつ変えられない私がいた。
「だからなんだ」と、そう言うように。ただじっと私を見返している。
涙の一つすら流せない私自身の顔が何よりも気に食わなかった。
「っ!」
──ガシャンッッ!!と鏡を殴り割る。
お母様が死んだ時、涙のひとつも流せなかった事実に。
......今もなお人形でしかない自分への嫌気と怒りで。
ポタリ、と腕から血が垂れる。
どうやらガラスの破片がいくつか腕に刺さったらしい。
痛みはない。
──いや、あまり感じなくなった、の方が近いと思う。
鏡の割れる音と怒りをぶつけたことで、冷静になれた。
動脈を切らないように気をつけながら、ガラスの破片を抜いていく。
「あ〜あ。なんて言い訳しようかな......」
私が怪我してると、昧がうるさいんだよね...。
怪我を治す術なんて、そんな都合のいいものはない。
せいぜい治りを少し早めるのが関の山だ。
もしそんなものがあれば、お母様を救えていたのに......。
......また、考えてしまう。
これ以上昔のことを考えないように、軽く止血して、早めに眠ることにするのだった。




