【朗報】生後6日で即位した女王がとうとう解任されるらしい
「リジョア公爵嫡男、ガルーシアの名の下に宣言する。
王国議会の総意にて、女王クラリス・オブ・ノルターニャを解任する」
固く冷たい玉座の在る上段に座するのは自分ひとり。
かつて自分を支えてくれた従兄弟を筆頭に、貴族諸侯、役人たち、使用人たちまでが広間に集結し、自分を一斉に見据えている。
『どうしてこうなった』
もはや受け入れる以外の選択肢がない状況で、クラリスは目を閉じてこめかみを押さえた。
ーークラリスはもうずっと、物心ついた時から女王である。
いつ王位に就いたかって?
生後6日目である!
血統が何より重要視されるこの国において、色々あり、本当に色々な不幸が重なり、ぽっかりと王位継承権保持者が不在となった時期があった。
その中で国中の視線を一斉に集めたのが、クラリスの母であるノリス妃だ。
正確には、彼女の腹、だが。
ノリス妃はもともと正妃どころか側妃でもない。妃たちにあまりにも懐妊の兆しがないため「ものの試しに」宛がわれた経産婦であった。
それがあっという間に懐妊。
さすがに宛がう前後は徹底的にその身を管理されたため、王の御子であることは確実だった。
そして度重なる不幸、不幸、不幸。
ついに王位継承者がノリス妃の腹の中に居着いたばかりの胎児だけになってしまい、どうなったかというと。
王国議会がヤケを起こしたのである。
「そこにいるであろう!
正統な、産まれながらの王が!」
ということでクラリスは産まれる前から王位に就くことが決定し、ノリス妃は何が何でも無事に子を産まねばならなくなった。
そして何とか使命を果たし、生後6日を迎えたその日、産まれた赤子はクラリスと名付けられ、その直後に王位に就いたのである。
それから20年、クラリスはもうずっと王なのである。
『産まれながらの王って言っても、限度があるでしょうよ』
ちなみにノリス妃は妊娠中のプレッシャーが相当堪えたらしく、クラリスが王位に就き乳母がやってくると、すたこらさっさと元の家庭に帰っていった。
それからというもの、クラリスはさすがに政はできないものの、神輿代わりにえっさほいさと国内行事に引っ張り出され、もはや神輿の上で成長したようなものだった。
クラリスが2歳の頃に一応王家の血をうっすら継いだ子が産まれて公爵家に引き取られ、クラリスの負担は多少減ったものの、教育はそこそこ厳しく15歳からはついに政も始まり、白目を剥いて踏ん張る日々なのであった。
『その結果がこれか・・・』
自分の政はそれほど悪政だったろうか。
もしかして解任に持って行くために、色々細工されていたのだろうか。
「クラリス姉様、既に荷は用意してあります。
王杓も王冠も残らず置いて、
衣も着替えてさっさと馬車に乗ってください」
まさかの国外追放コースである。
「・・・わかったわ」
処刑じゃないだけずいぶんマシだと言い聞かせながら、クラリスはその場で王冠を取り去った。王杓と共に玉座に置くと、すかさず執事たちが退室を促す。
「姉様、どうぞごゆっくり」
ガルーシアがその目を潤ませながら呟く。
おうおうそうか、そんなに解任が嬉しいか。
『ちくしょうめ』
女王らしくない言葉遣いで恐縮だが、クラリスはぷんぷんしているのでどうか許して欲しい。
案内された小部屋でコルセットを外され、綺麗なデイドレスに着替えさせられ、これまたお洒落な帽子をかぶせられ、いつもの侍女がバッグを持ち、王家の紋章が取り払われただけのいつもの馬車に乗せられゴトゴト揺られている最中、クラリスはようやくぷんぷんを止めた。
馬車は表通りをごとごと通り、
街道から手を振る民衆に手を振り返す。
『もはや王ではないのに・・・!
つい、つい手が・・・!染みついた癖で・・・!』
騙しているようで、罪悪感で痛む胃を押さえながら、クラリスは進む。
風光明媚な場所を選んで所々休憩を挟みながら、
到着したのは国境沿いの大変美しい屋敷だった。
「ようこそ、クラリス様!!」
『歓迎 クラリス前女王』と横断幕を掲げ、ずらりと並んだ使用人に出迎えられクラリスは首をひねる。
えーと、バケーションかな?
ーーーーーー
「ガルーシア、泣くでない」
クラリスが去った玉座の間では、先頭に立ったガルーシアが人目もはばからず男泣きに泣いていた。
「泣かずにいられましょうか!
我らの本懐、ついに成せり!」
「う・・・うっ、言うでない、
儂も堪え切れなくなるではないか・・・!」
そこかしこから啜り泣きが響く異様な空間で、誰かが言い出した。
「ううっ、クラリス前女王、万歳!」
そこからは鳴り止まない万歳コールである。
一体何が起きているのか?
話は数年前に遡る。
「クラリス姉様が二十歳を迎えられるまで、あと数年・・・」
ガルーシアをはじめとした王国諸侯たちは、真剣な顔を突き合わせていた。
きっかけはどこの貴族だったか、
「クラリス様にはおかわいそうなことをした」
とかいう呟きが聞こえてきたことだ。
そう。
みんなわかっていた。
さすがに生後6日で王にするのはやりすぎた。
おかげでクラリスは母の愛も知らず、友情も青春も知らず、ただただ産まれる前から重圧を一身に背負い続けている。可哀相なのは彼女がその重圧の中でしか生きてこなかったため、いかにその環境が過酷か自覚していないことである。
そうしていつしか、貴族たちはひとつの目標に向かって結託することとなる。
『クラリス女王解放戦線』である。
色々あって現王家には王位継承者が極端に少ない。正直ガルーシアのみである。
そのためクラリスは二十歳を迎えると、王の肩書きはそのまま、政から退き子作りに励んで貰う定めとなっている。そうなれば彼女の人生はさらに強固に王家に縛られ、その血を残すために心身を消費することになる。
それまでには何とかして解放してやりたい。
そこで諸侯は頑張った。
歴史上少しでも王家の血を汲む者同士を婚姻させまくり、子を為させまくった。そうして増やすことに成功した王家の子ら(仮)を公爵家や侯爵家に取り込んだ。
血統を何より重んじる国だったはずが、
みんな血とかどうでもよくなっていた。
そして充分量の王位継承者を確保したのち、ガルーシアが次に動いたのはクラリスの次の生活拠点の整備である。
「姉様は才媛でいらっしゃる。
だがそれをよく思わない国もあるという。
女性に広く学問・労働が認められており、
かつ我が国と隣接する国を選ぼう」
その観点から選ばれたのが隣国セイブルである。
ガルーシアは動いた。
ぶっちゃけあんまり仲良くなかったセイブルとの強固な和平を結び、国境の出入りを存分に緩和した。もはやゆるゆるである。ゆるゆる。
そしてセイブルとの国境に近い、安全かつ景色の良い場所に美しい屋敷を建て、門前町を興した。
質の良い使用人を集め、街の治安が良くなるよう様々な策をとった。
ついでに国中に転用したところ、国中の治安が良くなったのは儲けものだった。
そして準備万端でこの日を迎えたのである。
「クラリス姉様、あとは我々が頑張ります。
あとはゆっくり、人生を謳歌してください」
ーーーーーー
一方その頃、屋敷のクラリス。
「・・・何したら良いのかしら?」
食後の紅茶を染みついた完璧なマナーで頂きながら、思わず呟いた。
「何をしても結構ですし、
何をしなくても結構なのですよ」
王宮から着いてきてくれた侍女がにこりと笑って言う。
「例えば旅行するとかはいかがでしょう」
「え、でも急に行ったら迷惑かからない?」
「かかりません!
だってあなたは女王ではないのだから!」
「そっか!」
「他にも好きな小説を夜を徹して読むとか」
「え、朝目に隈ができてたら侍女が怒られない?」
「怒られません!
だってあなたはもう女王じゃないのだから!」
「そっか!いいんだ!他には?」
「スイーツを作ってみるとか?」
「ま、まさか、失敗してシェフが怒られたりなんて」
「するわけないじゃないですか!
だってあなたは、」
「「もう女王じゃないのだから!!」」
侍女と声をダブらせて、クラリスはようやく実感した。
もう女王じゃないのだ!!!!
「ひゃっはー!!
ねぇねぇ、私運良く殺されなかったけど、
どこまで許されてるの?何したらアウトとかある?」
「ございませんよ。
楽しむも良し。休むもよし。
気が向けば何か仕事だってできます。
隣国へ遊びに行くことだって」
「ええ?!
亡命するかもしれないとか考えなかったの?!
もしかしてこの状況、軟禁でもないの?!」
「そうでございますよ。
あなた様はただただ、自由なのです」
クラリスは思いきって、マナー違反と知りながらケーキを手づかみで頬張った。
「よう、ようございます」
涙ぐむ侍女の情緒はよく分からなかったが、クラリスの眼前はパッと明るくなった。
さあ、何をしようか!!!!
そこに「クラリス様、お客様でございますよ」と執事がやってくる。
「どうぞ」
とクラリスはケーキをもごもごしながらGoを出す。
こんなみっともないこと、初めてしたわ!
でもいいのよ!私はもう女王じゃないのだから!!!
「お邪魔致しますよ、クラリス前女王」
入ってきたのは隣国セイブルの公爵子息ミルコだった。
おいやめろよりによってドストライクイケメンじゃねえか!!!!
以前から目の保養としてほくほく眺めていた美青年の登場に、クラリスは数秒前の自分を殴りたくて仕方なかった。
女王じゃなくたって、人としての理性は保っておくべきだと学んだ。
「お、おほほ、ごめんなさいねおほほ」
「いえこちらこそ、お楽しみのところ失礼」
「お、ほほ、おかけに、なって・・・」
「ああすみません、幻滅してませんからね!
むしろ可愛かったですからね!」
「ほ、ほほ、とほほ・・・」
こほん、と壁際の執事が咳払いをする。
「そ、そうでした。
ゆっくり休まれてからで構いませんので、
セイブルに遊びにいらっしゃらないかお誘いに来たのです。」
「え」
「実は僕もちょっとこちらの都市が気になってまして、
少し勉強がてら滞在させてもらうことになりました。
人的交流の一環で、お互いの国を楽しみませんか」
「い、いいのかしら」
思わずクラリスは侍女を探す。
侍女は口パクで返してくれる。
(いいのです。
だってあなたは、)
(もう女王ではないのだから!)
うんうん頷く侍女に、クラリスも何度も頷き返す。
「い、行ってみたいです」
実はセイブル自体は何度も行ったことがある。
まぁ仕事だが。
で、でも、
マナー違反してないか緊張であんまり楽しめなかったし、
あの頃はあんまり国同士仲良くなかったから舐められないようにちょっと怖い顔をキープするのに一生懸命だったから!
「じ、じつは、セイブルの、
あの大きな神輿がぶつかり合う祭りが見たいのです」
「おお!よくご存じですね」
「あの血沸き肉躍るパッションを直に感じたいと、
常々思っていたのです」
「ではお約束しましょう。
次のシーズンには是非共に」
「ええ!」
ひとしきり盛り上がって帰って行ったミルコの綺麗な顔を思い出し、風呂の中でクラリスは思わず「ほぅ・・・」とした。
浴槽の外でクラリスの髪をとかす侍女が言う。
「クラリス様、
良いのですよ、恋をなさったって」
あまりの衝撃にクラリスは湯船の中でひっくり返る。
「クラリス様!!!!!」
がぼがぼ言って這い出てきたクラリスは問い詰める。
「こここここ恋?!
恋?!恋ってあれ?!あの恋?!」
「そ、そうでございますよ」
「ええーーーーー!!!!
していいの?!血統とか関係なく?!」
「ええ、もちろんでございますよ。
だってあなたは、」
「「もう女王ではないのだから!!!!」」
それから先、クラリスがどんな人生を送ったか。
それはまた、別のお話で。




