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ヒーローの証明

 進治が目を覚ますと、そこは尋問部屋としか形容できない薄暗い小部屋だった。

 下着一枚(青のトランクス)という格好で椅子に拘束されている進治は、首を振って周りを見回す。 


「どこなんだ、ここ……?」


 進治の持つ最後の記憶は、妖精を名乗るウサギと交差点で会話したところ。

 そこで意識を失ったわけだが、どう考えても現在の状況と結び付かない。

 果たして誰が、何の目的でこんな場所に閉じ込めたのか。

 皆目検討がつかず、彼は焦燥のままに身を捩る。

 その度に後ろ手に縛られた手錠がガシャガシャと鳴り、椅子の軋む音が部屋に反響した。

 と、その時。


「──お気持ちは分かりますが、あまりジタバタしないで頂けます? 場合によっては発砲も()む無し、という決まりでしてねぇ」

「……っ!」


 進治は、咄嗟に顔を上げる。

 不意に聞こえた声の発生源は、鉄格子の向かい側にある鉄扉の奥。

 直後、部屋に光が差し込み硬い靴音が近づいてくる。

 一步、二歩、そして三歩。

 そこに現れたのは、紺色のネクタイに黒い背広のスーツを着込んだ初老の男だった。

 男は、胡散臭(うさんくさ)い笑みを浮かべながら口を開く。


「いやぁ、すぐに大人しくしてくれて大変助かります。初めまして、風守進治くん」

「あ、あなたは……? ていうか、なんで俺の名前を」


 進治から見た男の印象は、まるで枯れ木のようだった。

 体型は細く痩せ細り、身長は進治より頭一つ分ほど高い。

 目つきは線を引いたように横長で、口元には深い豊齢線(ほうれいせん)が刻まれている。髪型はポマードで固めた白髪交じりの七三分け。

 飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を振り撒いているが、スーツの内側に忍ばせた右手と直前に口にした”発砲”という単語が、その存在感を危険なものへと昇華させていた。

 相変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、男は続ける。


「色々と混乱しておいででしょう。ですので、まずは自己紹介を。(わたくし)は──」

「……っ!?」 

 

 そう言いながら、男は躊躇なく内ポケットから右手を引き抜いた。 

 名前知られていたことに疑問を抱いたのも束の間、進治は反射的に目を細める。

 けれど続く男の言葉と取り出されたモノ見て、(たちま)ちその目を見開いた。


「──防衛省(ぼうえいしょう)超常災害対策課ちょうじょうさいがいたいさくか職員の山田(やまだ)と申します」

「…………、…………ぼう、えいしょう? ちょうじょう……何?」

 

 男──山田の手に握られていたのは、掌に収まる横長のプレートだった。

 プレートには『防衛省』の文字とともに、山田の顔写真と所属が記されている。

 防衛省とは、自衛隊とも呼ばれる日本の防衛組織だ。国の組織やら管轄やらの細かいアレコレに詳しくない進治でも、その程度の知識はあった。

 けれど続く『超常災害対策課』という耳馴染みのない単語に、ただでさえ寝起きで頭が回らない進治は混乱とともに首をひねる。

 そんな彼の様子を察してか、山田は世間話でもするかのような口ぶりで語り始めた。


「超常災害対策課とは文字通り、国内で発生した未知の異常事態に対応する組織のことです。これはあくまで例えですが……『異世界からの侵攻』、『大怪獣による大破壊』、『異能力者による国家転覆』などが挙げられますね」

「ち、ちょっと待って下さい。異世界、大怪獣、異能力者……? 正直、全然話に付いて行けていないといいますか……。そもそも、なんで俺は拘束されているんですか?」


 防衛省職員という大層な肩書きを持つ男の口から淡々と繰り出される、少年心を(くすぐ)る言葉の数々。

 これがマンガや映画の話であれば、進治は瞳を輝かせながら続く言葉を待っていただろう。しかし今の状況では、空気の読めないヘッタクソな冗談にしか聞こえない。

 そもそも自分が拘束されている理由の説明に一切なっていないのだから当然だ。

 保護というには扱いがあまりに悪く、かといって逮捕されるような(いわ)れもない。

 すると山田は、そんな進治の反応を見越していたかのように言った。


「今から二九時間ほど前──突如、世界各地で空が割れました」

「……!」

「確認が取れているだけでも七箇所、国内とアメリカでそれぞれ二箇所、中国、カナダ、フランスで一箇所ずつ。その全てから正体不明の怪物が現れ、周辺地域に壊滅的な被害を(もたら)しました」

「アレが、他に六体も……?」


 進治の脳裏に蘇る、交差点で相対した黒い球体の記憶。

 自身の倍以上ある体躯に、驚異的な破壊力を持つ棘。カバンを投げつけた際の恐怖と重圧、そして吹き飛ばされた痛みと衝撃。

 進治は、それらを今も鮮明に覚えている。

 だからこそ山田に告げられた(しら)せは、耳を疑いたくなるような悪夢と言う他なかった。

 山田は、そんな進治に同調するように首を横に振る。


「えぇ、困ったことに。……ですが、それはある一体を除いての話です」

 

 次の瞬間、山田の纏う雰囲気が一変する。


「単刀直入にお(たず)ねします、風守進治くん──貴方は何者ですか?」

「……っ」


 山田は、およそ友好的とは言えない眼差しで進治を睨む。

 そのただならぬ圧に、進治はようやく自身が拘束されている意味を理解した。

 自分は今、”人間”ではなく未知の”脅威”として扱われているのだ、と。

 その考えを裏打ちするように、山田の追求は続く。


「貴方が怪物を撃破したことは既に確認済みです。幸いなことに街中には沢山の監視カメラがありますからねぇ、そこで交差点での一部始終を確認しました。貴方の名前や身分については現場で拾った学生証から確認させて頂きましたが」

「え、あ、いや。あの力については、俺も分からな」

「聞けばアメリカでは、二度目の怪物出現時に軍を投入したのだとか。しかし、まるで歯が立たなかったとのこと。不思議ですねぇ、世界最強と(うた)われる米軍をして(なお)、為す術のなかった相手。同一個体では無いにせよ同種であろう存在を、なぜ一介の高校生が打ち倒せたのでしょう?」

「いや、だから。どう説明すればいいのか俺にも……」

「というか、あのコスプレのような格好は何だったんです?」

「…………」

「だんまり、ですか。困りましたねぇ」


 言葉だけなら、山田は淡々と詰めているだけに見えるのかもしれない。

 しかし進治の発言を(ことごと)く遮ぎる様子からは、彼の果てしない緊張と警戒が垣間見える。

 当然だ。

 山田から見た進治は現状、怪物に比肩(ひけん)しうる脅威でしかない。

 加えて敵か味方か、人か怪物か。それを見分ける判断基準すらも手探りなのだ。

 正体が分らない以上、安易に取り込むべきではないことは百も承知。

 けれど万一敵対しようものなら、国は怪物への対抗策を失うだけでは済まなくなる。

 つまるところ山田は、風守進治という男が何者なのか。どういう立ち位置の存在なのかを(はか)りかねているというのが現状だった。

 一方、


 ──『なぜ倒せたのか?』って……そんなの俺だって分かんないよ!


 問い詰められる進治もまた、山田への返答にひどく困窮(こんきゅう)していた。

 そもそも、まず第一に何から話したものか。

 何者かと問われれば、『ただの男子高校生です』と答える他にない。少なくとも進治は己をそう認識している。

 しかし、そう答えたところで山田が納得するとは到底思えない。それどころか(はぐ)らかしているのかと詰められ余計に立場を悪くする可能性だってある。

 ならば妖精のことを伝えるか──それこそ、どう伝えたらいいというのか。進治自身も理解していないことを他人に説明できるはずもない。

 考えれば考えるほどに、焦りと緊張でドツボに()まっていく。

 状況は、まさしく八方塞がりだった。

 と、その時。


「──その質問、ボクが預かってもいいかな?」


 不意に、部屋の外からそんな声がした。

 直後、開けっ放しの扉の奥から影が伸びる。

 一体いつから居たのだろう、そこに立っていたのは──。


「やぁヒーロー、迎えに来たよ」


 腰まで届く真っ白な長髪に、宝石のような美しい蒼眼を持つ、不敵な笑みを(たた)えた美少女だった。

 上はノースリーブの白いヘソ出しルック、下はダメージジーンズという大胆な服装とは裏腹に、その(たたず)まいには若干の幼さが残る。

 年齢は一四歳くらいだろうか。身長は一五〇cmに満たない。

 これだけの特徴があれば間違える筈もなかった。

 彼女は進治にとって、


「………………誰ぇ?」


 まったく覚えのない、見ず知らずの少女だった。

 突如現れた未知の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、進治は呆気に取られポカンと口を開く。

 一方、山田の反応は早かった。 

 

「動くな」


 (うな)るようにドスを効かせた低い声。

 山田は背後から声がしたと同時に、身分証を入れていた方とは逆のポケットから咄嗟(とっさ)に”ある物”を引き抜いていた。

 それは彼が最初に口にした『発砲』という言葉に由来するもの。

 即ち、拳銃。

 両腕を前に突き出し、山田は少女に警告する。


「どなたかは存じませんが、ひとまず両手を頭の後ろに組んでこちらに背中を向けて下さい」

「おや、いきなり武器を向けてくるなんて穏やかじゃないね。でも生憎(あいにく)と今は急いでいるんだ」


 冷や汗を滲ませながら、山田は油断なく少女を睨みつける。

 一方、少女は一切の物怖(ものお)じなく部屋の中へ歩を進めた。

 その視線は、まるで銃を構える山田など見えていないかのように進治に(そそ)がれている。

 とはいえ、そんな強硬策が通じる筈もない。


「最後通告です、それ以上近づけば撃ちます。『止まりなさい』」

「まったく、取り付く島もないね。なら──」

 

 山田は少女の前を遮り、彼女の左胸に銃口を押し当てる。

 その指は、今にも引き金に触れようとしていた。

 だが、


「勝手に通してもらったよ」

「っ!?」


 ほんの一瞬、(まばた)きの刹那。

 気付けば山田の視界から少女は消え、代わりとばかりに背後から声がしていた。

 咄嗟に振り返る山田、そこで彼が目にしたのは──。


「さぁヒーロー、寝起き早々で悪いが出番だ」


 椅子に縛られた進治の足元に立つ、サッカーボール大の白い生き物だった。

 その姿は、デフォルメしたウサギを思わせる二頭身の小動物のような見た目をしている。断じて少女の姿ではない。

 脳が理解を拒むとはこのことか、流石の山田も言葉を失う。

 一方、進治は唐突な再開に目を見開いた。


「きみは、あの時の……!」



※ ※ ※ ※ ※

 

 

 突然の再会に、進治の脳内では様々な疑問が駆け巡っていた。

 どうやって此処に来たのか。

 キミは何者なのか。

 さっきの少女の姿は何なのか、と。

 ともあれ、こうして自分のもとへ現れたということは何かしら理由があるのだろう。

 ならば、この状況の打開策も用意しているに違いない。

 進治は、希望に満ちた眼差しで妖精を見た。

 しかし、

 

「悪いけど説明はあと。時間がないから少し強引にいくよ」

「え? あ、ちょ──っ!」

 

 進治が口を開くより先に、妖精は言うだけいうと彼の脚に触れた。

 瞬間、目も開けていられないほどの激しい風が部屋いっぱいに渦巻く。

 しかし、それも数秒ほどで収まると──。


「……あれ、この姿って」


 気付けば進治は、魔獣を倒した際に着ていたコスチュームに再び身を包んでいた。

 一体、なにが起きたというのか。

 見れば、両手を繋いでいた手錠が椅子ごと壊れている。手首には嵌ったままの金具と千切れたチェーンの一部だけがぶら下がっていた。

 困惑する彼の心情を可視化するように、フードに付いた二つのウサ耳が揺れる。

 けれど、呆然と手錠を眺めていた進治の意識は。


『パァンッ!』

「っ!」


 不意に木霊した激しい破裂音に奪われた。

 進治は、音のした方へ顔を上げる。そして表情を青ざめた。

  山田の握る拳銃の銃口が、硝煙(しょうえん)を揺らしていたのだ。

 ただの男子高校生を自認する彼にとって、その脅威度は容易に想像がつく分ある意味では魔獣以上に恐ろしい。

 だか、どうしたことだろう。


「な、なぜ……?」

 

 引き金を引いた当の山田は、なぜか進治以上に狼狽(ろうばい)していた。


「なぜ……、銃弾は確かに肩に命中したはず……」


 山田は声を震わせて呟く。

 確かに、銃弾は進治の肩に被弾していた。

 しかし結果はどうだ。

 弾は、およそ人に命中したとは思えない甲高い音を響かせながら、(はじ)かれるように天井にめり込んでいたのだ。


「そりゃあそうさ」


 一方、妖精は進治の足元で()もありなんと頷く。

 

「彼は魔獣……キミたちが言うところの『怪物』を一撃で(ほふ)る力を持っているんだ、たかが(なまり)玉程度で傷付けられるとでも?」

「……っ!」


 途端、山田は拳銃を持ち替えスーツの左ポケットからスマホを取り出した。

 理由は一つ、応援を呼ぶためだ。

 拳銃という個人が持ちうる最大武力が通用しない以上、もはや彼ひとりではどうしようもない。

 であれば、次に頼るべきは数の力。

 もとより山田にとって進治たちは未知の存在だ。当然ながら緊急時に直ぐにでも駆けつけられるよう人員は配置されている。

 しかし、彼の親指がスマホの画面に触れるより先に、妖精がピシャリと言い放った。


「死にたくないなら()しなよ」


 それは、ひどく冷たい声色だった。

 直後、まるで糸を張ったかのように山田の動きが止まる。

 何かされた訳ではない。ただ、止めた方がいいと忠告されただけ。平時であれば自衛隊職員である彼がそんな言葉に耳を貸すことはないだろう。

 しかし『死にたくないなら』という枕詞(まくらことば)は、その動きを縛り付けるに十分なものだった。

 冷や汗を流して固まる山田に、妖精は言う。


「うん、偉いね。もしキミが無視して応援を呼ぼうとしていたら、それより早く風守進治の拳がキミの命に届いていたよ」

「んぇ!?」


 いきなり水を向けられ、進治はギョッと目を見開いて妖精を見る。

 その眼差しには、言外に(そんなコトしないけどぉ!?)という思いが強く込められていた。が、謎に胸を張ってドヤ顔を浮かべる妖精には届かない。

 進治は、自分が無害であると主張するように山田に向かって首と手を全力で横に振る。

 しかし山田は、そんな二人を睨みながら口を開いた。


「……貴方”たち”の目的は、いったい何なのですか」

「あぁっ、共犯扱い!」

「魔獣──キミたちが呼ぶところの怪物を殲滅(せんめつ)することさ」


 進治の声は届かない。

 二人の会話は、当事者を置いてけぼりにして進んでいく。


「殲滅、ですか。よろしければ、貴方のことや怪物について詳しくお聞かせ頂いても?」

「さっきも言ったが時間が無い、急いでいるんだ。せめて用事が済んでからにしてくれないかな」

「用事とは?」

「今話した目的の通りだよ」

「……まさか、再び怪物が出現したと? 昨日の今日で我々も注意深く警戒していますが、そのような報告は」

「いいや、その予兆だよ。ほんの数分前に、ここから北に一〇キロの地点で空が割れた(・・・・・)

「なっ!?」


 声を上げたのは進治だった。

 空が割れた、その現象には覚えがある。

 交差点で見た光景、空に広がるガラス割れのようなヒビ。

 パラパラと蒼の欠片が降り注ぎ、開いた穴から落ちてきた真っ黒な球体。

 全ての元凶、悪夢の始点。

 妖精が口にしたそれは、まさしく魔獣が出現した時と同様の現象だ。

 直後、山田の手の中でスマホが震える。


「出て構わないよ、じゃなきゃ問答無用で押し掛けられるだろうからね。ただし分かっていると思うけど──」

「応援は呼ぶな、と……えぇ、承知していますとも」


 妖精に促され、山田は二人を警戒しつつスマホを耳に当てる。

 それから一分ほどの短いやり取りがあった。

 最初こそ、山田は慎重かつ冷静に応対していた。しかし、その落ち着きは会話が進むごとに失われていく。

 やがて通話を終えた時、山田の表情はまさしく苦虫を噛み潰したと言わんばかりに歪んでいた。

 山田は、スマホをポケットに仕舞うと手を震わせながら妖精へと向き直る。


「……どうやら貴方の言った通り『ヒビ割れ』が発見されたようです。それにしても随分とタイミングが良いように思いますが」

「ヒビ割れとボクの関与を疑っているのかい? だとしたら余計な勘繰りだね。ボクはヒビ割れの出現を感知したから風守進治の元(ここ)に来たんだ、因果関係を履き違えないでほしいな」

「素直に信じろと? なんの根拠も示されていないというのに」

「確かに、そう思っても無理もないね。でも、だったらどうするんだい? このままボクらを留めていても事態が好転するとは思えないけど」

「…………っ」

「ま、判断は任せるさ。膠着(こうちゃく)を望むというなら、『なら勝手に滅んでくれ』で話はおしまいだけど」


 妖精は、お好きにどうぞと両腕を伸ばす。

 煽るようなその仕草に、山田の奥歯がギリリと鳴った。

 とはいえ、実際にヒビ割れの報告が上がった以上、もはや魔獣の出現は確定したも同義。であれば、ここで手を(こまね)いている場合ではない。

 こうしている間にも、事態は加速度的に最悪な方向へと突き進んでいるのだ。

 山田は、しばし黙り込んで瞼を閉じる。

 端から見れば、それはほんの数秒のことに思えるだろう。

 しかし本人にとっては無限に等しい逡巡の果てに、覚悟を決めた表情で妖精に問いかけた。


「一つ、確認します。貴方の目的は『怪物の殲滅』ということでしたね? であれば、この国、ひいては世界と敵対する意思は一切ないと受け止めても?」

「うん」

「でしたら約束して頂けませんか? 怪物と相対(あいたい)する際、民間人を巻き込まないと。また戦闘が終わり次第、即座にここへ帰還すると」

「構わないよ、元よりそのつもりだからね。それはそうと……もし戻らなかったら?」

「貴方がたを凶悪なテロリストと断定し、全国に指名手配します。また捕縛の際は生死を問わないものとします」

「いいとも」

「よくないよ!?」


 話がまとまりかけた、その時。

 すっかり蚊帳(かや)の外に追いやられていた進治が声を上げた。

 このまま成り行きに任せていたら、きっと取り返しのつかないことになる。

 そんな予感が彼にはあった。


「そもそも俺は、やるなんて一言も言ってない。勝手に話を進めないでくれ!」


 魔獣が再び出現すること、唯一自分だけがそれを倒せる可能性があること。

 大雑把(おおざっぱ)ではあるのの、話の流れからそれくらいのことは進治も理解していた。

 であれば話が纏まりかけた今、再び自分が魔獣の相手をさせられるであろうことは想像に(がた)くない。それも一番危険な最前線(ポジション)に立つ当事者の意見を一切聞かずして、だ。

 当然、納得できる筈も無い。進治はどうにか流れを断とうと食い下がる。 

 しかし妖精は、そんな彼の必死な抗議に肩を竦めて答えた。


「何を言い出すかと思えば……。諦めなよ風守進治(ヒーロー)、よく言うだろう? 大いなる力には大いなる責任がってやつさ」

「誰のせいだと思って……っ」

「強いて言うなら魔獣かな」

「よくもまぁいけしゃあしゃあと」 

「そもそもヒーローになることを受け入れたのはキミだろう。双方合意の上で契約したんだ、今更取り消しなんて無責任とは思わないのかい?」

「死にかけて夢現(ゆめうつつ)だった人間の言葉を受領(サイン)扱いするんじゃないよ!」


 妖精は、強引にでも進治を納得させようとしているのだろう。

 しかし(まく)し立てる言葉は、(かえ)って進治の心を(かたく)なにする。

 もとより風守進治という男は、自身を臆病者と称するほどに小心者だ。

 身の丈に合わない責任を負う覚悟はもちろん、命がけの戦いに身を投じるような勇気もない。

 狭い部屋に木霊する、一人と一匹による醜い口戦。

 その様子を、山田は(なんでもいいから早く現場に……)と焦りの篭った眼差しで眺めている。


「はぁ……仕方ない」


 そう零したのは、妖精だった。

 このままでは(らち)が明かないとを察したのだろう。

 大きな溜息を吐くと共に、真剣な表情で進治を見上げる。

 そして一つ、彼に問いを投げかけた。

 

「なら訊くけど、キミはこれから何が起こるのか分かっていながら、見て見ぬフリをするつもりかい?」

「そんなの……!」


『そんなの知ったことじゃない、俺には関係ない』。その言葉はすぐに浮かんだ。

 実際、進治は巻き込まれた立場なのだから当然だ。全力で否定したとして、いったい誰が彼を責められるだろう。

 むしろ、それが当たり前の反応だ。

 ……そう、当たり前だと理解していたのに。

 

「そんな、の……っ」


 進治の言葉が詰まる。

 それは脳裏に、交差点で魔獣に狙われていた『あの親子』が浮かんだから。

 そもそもの話。

 関係ないと端から割り切れるのであれば、きっと彼は親子を助けるという考えにすら至らなかっただろう。

 それどころか親子が狙われているのをいいことに、これ幸いと全力で遁走(とんそう)していたに違いない。

 だが実際は、衝動任せとはいえ自ら囮になることを彼は選んだ。

 つまるところ、


「…………くそっ」


 土壇場(どたんば)で他人を見捨てることが出来なかった時点で、既に答えは出ていたのだ。

『見て見ぬフリなどできない』、と。

 何も言えなくなった進治に、妖精はほんの少しだけ優しげに微笑む。


「無理と言い切れないなら、結局それがキミの本音というコトだよ」

「……そもそも質問の仕方がズルいだろ、こんなの」

 

 進治は不貞腐(ふてくさ)れるように妖精から目を逸らす。

 正直なところ、少しも納得などしていない。

 とはいえ今さら否定も出来なかった。

 進治は、「あー、もうッ!」と頭を掻き毟りながら荒い口調で言う。


「言っておくけど、今回だけだからな!!!」


 他の誰にも対処出来ないから”仕方なく”やるのであって、変わりに手を挙げる者が居れば喜んで丸投げする。

 あくまで今回限り、スーパーヒーロー体験なんて一回で十分だ。

 ……という言い訳を胸中で繰り返しながら、進治はようやく腰を上げた。


「あぁ、いいとも。そして公認(・・)を得た以上、ここに留まり続ける必要も無くなった」


『公認』の部分を強調する妖精は、チラリと山田を見る。

 それに対し、山田は何も言わない。ただ諦めるように目を閉じて肩を竦めている。

 ともあれ、これで社会的にも精神的にも進治たちを阻む障壁は失くなった。


「それじゃ、魔獣を倒しに行こう。そしてこの国に、ひいては世界に証明するんだ、ヒーローは此処に有りと」

 

 妖精は、前を向いて歩き始める。

 小さな胸を高鳴らせ、逸る足取りを必死に抑えながら。

 そして、目的地を告げた。


「目標は、ここから北に一〇キロ──都内有数の”大病院”だ」

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