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優姫たちは温泉協会を訪れた。
「こんにちわー」
優姫がそう言いつつ扉を開けると四人から視線が向けられた。温泉協会の会長、副協会長、それから見慣れぬ二人だ。
お、おお!? と優姫が室内をさっと見回すと他にはいないらしい。
他の協会員は帰ったようだった。まあ、彼らもお仕事がある。大体は旅館、ホテルのオーナーかマネージャーという偉い人ばかりだったのだから仕方ない。
協会長は隠居、副協会長はコンサルであるので暇ではある。いつもは電話番という立ち位置だ。
「取り込み中?」
「いいよ。聞きたいって話もあったし」
「なになに?」
優姫は部屋に入りつつ見知らぬ二人に視線を向けた。
眼光鋭い男性と柔和な表情の男性である。スーツ姿ではあるが、どこか物々しい雰囲気がした。
その二人は突然入ってきた優姫たちを見て不審そうにしている。若い娘と男二人。しかも従えるようにしている。
多少は奇妙には見えるだろう。
ただし、いつもは黒部に入れ替わるだけでこの温泉街ではよく見かける光景ではあった。そのため、残っていた温泉協会の協会長も特に気にした風もない。
「彼女はどこかの旅館の従業員ですか?」
「ああ、彼女は鯉竜旅館の娘さんで若女将やってるんだよ。成瀬優姫さん。
こちら東京から来た刑事さん。例の件で……」
のんびりとそう説明するくらいには慣れている。
しかし、若女将といっても若すぎるように見える優姫へ困惑したような視線が向けられる。なんかどっかでと一人の刑事のほうが唸っていた。
「ああ、思い出しました! 女子高生女将がいるってどこかで特集してたの見ました」
うむむと唸っていた刑事がそういう。
「そうでーす! 受験成功したら女子大生女将になります」
「お家のお手伝いして偉いねぇ」
などといった彼は赤川と名乗った。もう一人は横溝と紹介され、お互いに軽く頭を下げる。
「で、女将さんはどうしたのかな」
「父さん……ええとオーナー? と出張中で先月からいません。
うちの旅館は夏場の宿泊はあまりなくて、いなくても大丈夫なんです。今週のお客さんもこの方だけなんですよ。代わりに日帰り入浴、ランチプランは絶好調です」
「夏休みなんかは混みそうだけどねぇ」
「そこは地元の色々との兼ね合いで、って話です」
「成瀬さんの家はここら一帯の地主でね、温泉街のほうが儲かるほうが助かるとかそういうのですよ」
「……なるほど」
「貴重品もあるんで、特別な人じゃないと宿泊はご遠慮してもらいたいってところもあります」
え? と工藤が呟いているのが聞こえたが、優待チケットを譲ってくれた相手から何も聞いてなかったようだ。
「部屋の壺、掛け軸、鑑定団出してもいいかなってくらいの感じの」
「怖っ」
「大丈夫、壊しても損害賠償とか言いませんから」
「こわっ!」
優しいはずの言葉に更に青ざめられた。優姫は納得がいかない。しかし、刑事たちは確かに怖いと同意していた。
「一つお聞きしていいですかね?」
「どうぞ」
「ご親族は」
「父、母、弟三人、私、で終わりですね。母方の祖父母、伯父夫婦と従兄弟が三人いますが、年に2回くらいしか会いません。父は一人っ子で、祖父も一人っ子で、その前も一人でといういつ途絶えてもおかしくない一族だったので、親族ほとんどいません」
さらに言えば、父も祖父も曽祖父もなんか同じような怪異であるのだが、そういう話はいらないだろう。要は遺産問題があるのか、という話を聞きたいのだろうから。
失踪した人が実は資産家の隠し子で、強請っていて、それが面倒になって殺したとかそういうことの有無が知りたいんだろう。たぶん。
優姫はわくわくしながら、他にないですか? と尋ね返す。
「私、一度本物の刑事さんから、もう一ついいですか? って聞きたかったんですよっ!」
「すみません。お嬢、刑事ドラマも好きで……」
「…………そうかい」
も、というところで何かを察したのか横溝のほうがあきれたように相槌を打った。赤川の方はなにかツボに入ったのか肩を震わせてわらっている。
「なんかないですか? あ、やっぱり素人は口出しするなとか」
「いや、二人見つかって、二人行方不明になった」
「……はい?」
「無断欠勤してた人は、借金取りから逃げるために夜逃げしたらしいよ」
「はぁ」
「もう一人の帰宅しなかった人は毒親つーのかな、まあ、こっちも夜逃げ。温泉街の人に匿われてたってところよ。
そっちは誘拐とか揉めそうだから他の刑事に投げちゃった」
ちゃった、でいいのだろうか。
優姫は首を傾げながらも納得することにした。その匿ったのが、人外でないことを祈るばかりだ。洗脳とかしてないよな? ないよな!? という不安からは目をそらす。
今どき、SNSで勧誘とかあるから薄っすら嫌な予感はしているが、今はそれも相手している暇もない。
「じゃあ、あたらしい一人は? あ、聞いてよかったんですか?」
「本当は駄目だけど、ほら、地主さんの口添えがね」
「ああ、なるほど」
客商売をしている都合上、守秘義務を盾になにも言わないということもあり得る。ココだけの話なんだけどねと優姫を通したほうが都合が良いということだ。
「捜査に同行してもよいということですね!」
「それは駄目。証言をもらう時だけ、顔出ししてください」
あっさりと赤川に断られた。優姫は不満ですという顔のままに、黙った。
「ええとですね。新しい行方不明者というのは、昨日です。ふらっと夜中に出ていったきり、もどってきませんでした。チェックアウトの時間になっても荷物はそのままだったそうです。今どき、スマホも置いたままなので関連事件ではとホテルの方から連絡がありました」
不満のままでは後々に支障があるかと思ったのか慌てたように赤川が一息で状況を説明した。
「チェックアウト、だいたい10時くらいで、それから調べたということですか」
「レイトチェックアウトで14時だったそうです。半端な時間ですね……」
次の予約が入っているのに部屋が用意できない阿鼻叫喚がありそうだ。夏休み、ほぼ満室。宿関係者だけがわかる苦笑いをする。
現場の確保などされた日には、一部屋どうすんのよという話になる。
「ダブルブッキングしたことにして、他のお宿を紹介をしていただきました。まだ、事件ともただの失踪とも判断が付きませんからいうわけにはいきません」
気を使っていかにも刑事という格好でも入っていないという。好奇心で拡散されてはという考えかもしれないが。まだ公開していない捜査を拡散されては温泉街の評判に関わる。
あそこでは行方不明事件がとなると一時期のように閑古鳥が巣をつくりそうだ。
望まぬ来客ばかりが増えて良いことはない。
「状況はわかりました。
では、ホテルまで同行して、マネージャーさんとお話してくればいいんですね?」
「できれば、お父さんから連絡をしてもらったほうが」
「たぶん、つながりません。し」
「山奥にいるので、回線が不安定なんすよ。衛生回線を使った携帯電話つーのを使ってほしいっていってるんすけどね」
気配のなかった八代が慌てたように割り込んできた。刑事二人からそちらは? と目線で問われたので、うちの従業員でと優姫は説明した。もう一人は宿泊客だが、そこまで言わなくてもいいだろう。詳細を知らなくても現場のヤンキー上がりと経理みたいに見える。
「というわけで、同行してそのまま一回帰りますね」
「そういえば、そちらのお宿のお客さんは大丈夫だったんですか?」
「ええ。ほんと数えるほどしか、連絡を取らなくてよかったので。
うちの繁忙期は9月と10月と11月なんです。年末年始はほぼ閉めますし……」
「なんでまた?」
「雪が心を折ります。ええ、ドカ雪がドカドカと!」
「ああ、いくのも大変ということですか……」
心底同情しているという赤川とそんななのかと慄いている横溝。出身地が違いそうである。
温泉協会を出て、外に出るともう夕方だった。意外と時間が経っていた。




