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「では、ヘイスティングス、情報収集へ行ってみようではないか」
「いや、俺、八代」
「もー、ノリが悪いなぁ。じゃあ、ワトスン!」
「ワトソンでは?」
「どっちでもいいじゃん!」
優姫と八代はそんな事を言いながら、行方不明者の情報を得ることにした。
八代は大騒ぎしたわりに知っていることは優姫とほぼ差がなかった。ここだけの話と知り合いから聞き込んでピンときたっすということらしい。
ちゃんとした情報を得るため、関係者が居そうなところに向かうことにした。
温泉街からやや離れたところに優姫の自宅はあった。自家用車は家に置いてあったが、優姫は高校生、八代は免許証を持っていないということで移動手段は徒歩か自転車である。
二人は自転車をかっ飛ばし、温泉街にやってきた。
「今年はほんっと人多いね」
温泉街に入った途端に増えた人。優姫たちは自転車から降りて押していくことにした。
「テレビとインフルエンサー様々っす」
お盆はいつもそれなりに人はいたが、その前後も満室となるくらい盛況だ。
その状況で行方不明事件が勃発しているとなると一気に評判がガタ落ちになる可能性はある。
反動のようにだれもこなくなってしまうことを地元の人は恐れている。
最初に向かった温泉協会の事務所は深刻そうな顔の大人たちがいた。皆、優姫と顔なじみで、どうしたんですか? と心配そうに尋ねるとそれがねぇと怒涛のように話された。
一応は身内なので、気が緩んだのだろう。
情報をまとめると行方不明者は3人。八代から聞いたより一人増えていた。
最初の一人は2週間前にチェックアウトしたはずが、帰宅していなかった。運悪く一人暮らしだったため、休暇が終わり出社していないことに気がつくまで時間がかかったため、先週まで気が付かれていなかった。
警察が足取りを追い、最後に目撃されたのがこの温泉にある旅館の一つ。そこから、送迎の車にも、駅にも、記録は残っていない。
それがわかったのが一昨日。
2人目は、10日前、同じようにチェックアウト後に行方不明だった。こちらは無断欠勤が多い人で数日放置されて、さすがにおかしくないかと変死体になってない? と恐る恐る確認されたそうだ。
もちろん、家にはおらず、やはり温泉街を出ていった様子もない。
3人目は、1週間前。
こちらは実家住まいで、放浪のたびにでてくるわと言って青春18切符を握りしめて出ていった、らしい。土日月を超えても帰ってこないので、どうなってんのと家族が連絡しても電話も繋がらず、メッセージアプリも既読にならず、警察に捜索願を出した。
現在、温泉街中の防犯カメラから3人の足取りを追っている途中らしい。
また、他にも行方不明者がいないか確認するため、この一ヶ月泊まった相手に所在の確認の電話をしているらしい。
表向きは、精算にミスがあったようなので確認したいとか忘れ物をしていなかとか、そういう用件にしているそうだ。
「あれ? うちも?」
「黒部さんがやってんじゃないのかい?」
「ああ、黒部さんね……」
黒部さんは昔、このあたりをまとめていた伝説のヤンキーである。やんちゃの末に祠を壊すという武勇伝を作るつもりが、祟られて大変なことになった。
その結果、八代のマブダチである。
なにがあったら、祠壊された怪異と祠壊したヤンキーがマブダチになるのかと優姫は思う。普通、そいつは最初の生贄だろうに。
「連絡ないなぁ。知ってた?」
「そこは知らないっすね。
つっても今月の宿泊客って10人もいないんで、ちゃっちゃと終わらせたんじゃないっすか?」
「そうね」
優姫には報告するまでもないと思われのかもしれない。
そもそも優姫の実家である旅館はかなり訳ありのモノしか泊まらないので、普通に行方不明なんてならないのだが。
「……いや、待って。
そういえば、毎年お盆って母さんの元同僚の人泊まりに来てなかった?」
「そ、そおっすね! 一応確認取りましょ」
慌てる二人を周囲は不思議そうに見ている。
その客は、本当に普通の普通な人なのだ。
温泉協会の人々にお礼を告げて、二人は旅館へ向かう。電話をしてもいいが、結局行くことになるのだからと自転車を爆速で飛ばすことにしたのだ。
温泉街から少し離れたところにその旅館はあった。
木造2階建てで日本庭園があり、50畳の大広間が自慢である。また、庭の隅には土俵があり、一部固定客をひきつけていた。
昨今はなんか映画で見たことある、なんて言われることもあったりする。
見学と日帰り入浴、昼食を食べるのは可能だが、宿泊は一般客お断りの老舗、ということにもなっている。
その実態は……。
「お、嬢ちゃん、おかえりー」
白髪の老人が迎えてくれた。頭頂部の白い皿がきらりと光って眩しい。
「おかえりなさーい」
ほよほよと黒い毛玉が転がってきた。そして、ぱたぱたと小さな羽で優姫の頭の位置まで飛び上がってきた。
「にゃにゃい」
二足歩行の猫がいた。
どう見ても普通ではない。来客がないと油断しきっているなと優姫はちょっと頭が痛かった。
ここは怪異の怪異による怪異のための温泉宿であった。
なお、黒部は素の人間である。
「ただいま。黒部さんは?」
優姫の問いに3人は首を傾げた。一部転がったが。
そのまま、優姫と八代は宿に入る。暇を持て余した従業員から優姫は声をかけられ、返事をしながら宿の中を歩く。従業員は半分人で半分怪異だ。人のほうも見えるからと虐げられたものから、志願者まで色々だ。怪異のほうも色々な事情があり勤めているものもいる。
「ああ、若女将、おかえりですか。
ちょうどよかった」
宿の奥から渋い顔の男が出てきた。探していた人の方からやってきたが、優姫にはそっちのほうがまずいような気がした。
黒部は優姫と八代にロビーの椅子に座るよう促した。
お暑かったでしょうと麦茶まで用意してくるあたり、嫌な話の予感がする。八代は何も思わず、飲み干しておかわりは? と無邪気に聞いている。黒部に無言でピッチャーを指さされていたが。
「今年は、佐藤さんが来れないということで代わりにうちの若いのにチケットあげた、という連絡は頂いていたんです。
一昨日、おいでになりまして2泊される予定なのですが、朝から姿が見えません。
いつもなら温泉街の散策をしているのだろうと思うところなのですが……」
今のこの時期にどこにもいない、というのは不安がよぎる。
「カラスが、山に行くのを見たらしいのです」
「山……」
思わず優姫は呟いた。
この山は、普通の山ではない。かつては山崩れなどをよく起こし、麓の村を飲み込んだり、小川が雨により氾濫したりと言うことがあった。
そのたびに、あるいは、大雨が降るときに、山の神が怒らぬようにと捧げ物をしていた。そういう場所だ。
元々いたのか、新たに生まれたかは知らないが山には、今でも神が住む。あるいは、神と呼ばれるなにかが。
「八代さん知ってる?」
「いや、俺、最近、都会の人っすよ?」
「山神、ちゃんとして」
「あの山、いっぱいいて分け前少ないのだから、仕事も均等に振ってほしいっす」
ご近所の山にお住まいの御狐様なのに。じーっと優姫が見るとちょっとだけ気まずそうに、麦茶おかわりどうっすか? と聞いてくる。
優姫としては、威厳、どこ行ったと思うところだ。
八代が言うには、俺、新参者のうちっす。ということらしい。近隣のお社からの分社で明治時代にやってきたとか。
それはともかく、仕事以外で山に入るというのはあまり勧められた話ではない。山道もちゃんとあるわけではなく、観光用の登山向きではない。
「そういえば、最近ちょっと変、とは父さんも言ってたのよね」
山から流れる川の水が減ったと。麓まで来る間に温泉水などが混じって減ったようには見えないが、本筋が減った。
山の風が少しひんやりする。それはいつものことだが、今年はいつもよりも少しだけ冷たかった。
過ごしやすくていいじゃない? と優姫も優姫の母もスルーしていたし、父もなんか、うーんと唸ってそれで話はおしまいになっていた。
そのあと、他の場所よりも涼しいと話題になり、テレビの取材が来て、今は、温泉街はかつてないほどの盛り上がりを見せている。
そこに行方不明事件である。
「わかったわ! これは、全部つながっているのよ!」
「……若女将は、ちょっと黙ってていただけますかね?」
「えー?」
「八代に山の捜索をお願いしたい」
「わかったっす。
知り合いにも聞いてみるっすね。優姫は」
「行きますぅ。私の推理が正しいことを証明してあげますぅ」
「ふてくされたところ、女将にそっくりっすね」
「うっさいっ」
その後、黒部が優姫にほどほどに、山を荒らさないようにと厳重注意されて送り出されることになった。
某探偵の助手、ワトソンでもワトスンで良いらしいですが、厳密な発音で言うと両方間違っているようです。