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「温泉街の一大事っすよっ!」


 耳がキーンとするような大声に優姫は顔をしかめた。

 自宅の縁側でのんびりとアイスを食べていたらこれである。

 見れば知り合いの青年が立っていた。


「知ってるわよ。

 行方不明事件。警察のお兄ちゃんも、こ、こんな田舎で事件!? 県警から人来る? と狼狽えてたわ」


 パニックになりすぎて、とりあえず旅館の空きを確認していた。


「一大事っすからね」


 彼は麦わら帽子を取り、優姫の隣りに座る。汗をかいている様子に優姫は麦茶を取りに立った。

 冷蔵庫まで行くのが面倒すぎて、保冷できるポットを夏は置いている。


「どうぞ」


「ありがとうっす」


 受け取った青年はごくごくと飲み干して、物欲しそうに優姫のアイスに視線を向けた。


「八代さん、欲しいときは?」


「アイスください」


 素直にお願いしてきたので、優姫は台所に向かった。優姫ももう一本食べようかと思ったところもある。

 せっかくなので二人で分けるアイスを食べようと取り出す。

 元の部屋に戻り、半分ずつ分け合う。


「で? 行方不明だっけ?」


「そうっす。なんか、今週で二人もいなくなったらしいっすね」


「なんだか、なんとか湯煙旅情ロマンが始まりそうよねぇ」


 温泉街で突如起こる連続行方不明事件、サスペンスの匂いがする。

 一応は電車も来ているし、時刻表を駆使してと優姫は思った。最寄りの駅まで車で30分というところは目をつぶるとしてだが。

 他人事としてはおもしろそーとは思う。

 ただし、訴えてきている青年にとっては死活問題でもある。


 アイスを楽しんでいる八代は先程から変化しているところがある。ひょこひょこと動くキツネ耳とばふっと膨らんでいるしっぽが三本。

 八代はご近所の山にお住まいのおキツネ様である。ご近所と観光客からのお賽銭と畏敬の念を吸って生活していた。まあ、勤労もしているのだがそれだけでは生気は賄えないらしい。

 キツネ耳としっぽ以外は、キツネ目の妖しい兄ちゃんである。いつもは隠していたが優姫の眼の前では出し放題である。


 悪い人でもないし、優姫には優しいのだが威厳はない。

 もともとはもっと重々しい話し方をする方だったらしいが、祠破壊事件の結果、山を降りて働くようになり、周囲の影響の末にっすとかいう軽い兄ちゃんになったらしい。

 そんなことってある!? ではあるが、そうなったんだから仕方ないそうだ。


「お嬢は、そんなこと言って! 旅館の売上減るっすよ」


「それは父さんが悩む話だし……」


 優姫の家は旅館である。さらに林業の会社も経営していた。どちらかが不調でもどちらかが支えることになっており、廃業でもしない限り困りはしない。

 その父は、半月ほど出張で不在である。母もついて行ったので旅館は開店休業状態だ。女将なんで出かけたと突っ込むところではある。

 夏休みはお客さんが少ないのもあったのだが。繁忙期は9月、11月である。仕事ついでに立ち寄って遊んでいく感じが多い。


「若女将が頑張るところっす!」


「うーん。若女将ねぇ。

 若女将の事件簿。お狐様は見た! なんとか殺人事件とか」


「……真面目にしてほしいっす」


「いや、女子高生に求めるのが間違ってない?」


 優姫は高校2年生。受験の足音を聞きながら、夏期講習に行っていた。塾はお盆お休みである。来年はお盆でものんびりもできそうもないので、これでのんびり納めのつもりだった。


「留守居を任されたのはお嬢っすよ?」


「まあ、ここいらで一番強いのは私だけどねぇ。お山の方々を抜いたら、だけど……。

 はいはい、探しますよ。夏休みの宿題の監修後で付き合ってよね」


 優姫には弟が三人もいる。どれもが学生であり、学生である以上、夏休みの宿題というものがある。残り少ない夏休みに自由研究と読書感想文と残りの宿題を片付けさせねばならない。

 上と下はまだやるが、真ん中がだめだ。


「頑張るっす」


 暗い表情で八代が応じる。今は不在の三兄弟はなかなかにやんちゃだ。


「人の事件だと思うんだけどなぁ。軽装で山に登って遭難とかするじゃない?

 見つけ次第、みんな返してくれるけど」


「そぉだといいんすけどねぇ」


 八代がそう言いながら、立ち上がった。そして優姫に手を差し出す。

 すぐに行くというところだろう。


「後片付けしたらね。ほら、コップ洗う。ゴミ捨てる。尻尾も耳も片して」


 なんだか遊びに行きたがる弟に行っているようなことを話していた。優姫はやれやれと思った。

 それに反応するように髪が揺れていた。

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