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これはフィクションです。
実在する都市伝説、怪異、神様、妖怪などをベースとした創作です。類似したなにかがいたら他人の空似です。
怪異等人外の方々は、そうお見知り置きをよろしくお願いします。
お、俺か? じゃないですよ。他人です。怪奇現象はお断りです。
なお、触手ちゃんがでてきますのでにょろりんとした物体が苦手な方はご注意ください。
今年は例年以上の猛暑でとすでにわかっていることを天気予報が告げる。
わかってんのよ、と彼は呟く。朝の支度中に流しているテレビ番組は時計代わりにすぎないが、聞こえた言葉に一人ツッコミをすることはある。
ちょっと寂しい中年男性である。自覚はあるので自虐込みでおっさんはねと言い出すところもある。
テレビからはこの夏を快適に過ごすために何をしますか?という街頭インタビューが流れている。
夏休みですか、沖縄で! 実家帰省くらい? 友達と海行きますぅ、など聞こえてくる。
「あー、避暑、行きてーっ!」
この世の終わりのような灼熱地獄の中を通勤する苦行たるや筆舌に尽くしがたい。
と彼は思っている。言ってもいる。でも会社は家に来ない。現物を扱う仕事なので、リモート勤務できないのだ。他の部署は一部リモート可なのだから恨み節もでてくる。
その恨みが届いたのか会社の上司から温泉いかないか? と誘いが来た。
「知り合いから優待券をもらったんだが、今年は行けそうになくってね。代わりに泊まりに行かないか?」
そういって部長がチケットを差し出す。
旅行に興味の薄い彼でもうっすら聞いた覚えのある温泉街の名前が入っている。
一泊二日、2食付。一部屋の料金が書いてある。昨今のビジネスホテルと同じくらいの価格だった。そう考えると破格と思える。
「電車と車を使うけど、いい温泉だよ。
いつもは自分たちで使ってるんだが、今年は妻が孫のところに行きたいと言ってね。ついでに観光することにしたらお盆休みが消えた」
言われてみれば例年、温泉まんじゅうをお盆明けに配っていたような気がした。
夏に温泉という気分でもないが、山は涼しいような気もした。
しかし、一人で温泉。流石に寂しい気もする。迷っているのを見て取ったのかぴらぴらとチケットを揺らして部長は少し困ったように眉を下げた。
「消費期限も迫っているし、行けそうにないなら他の誰かに回すが」
「ありがたくいただきます」
彼がその日した判断が非日常のお誘いだとは思わなかったのである。