Ⅱ. 暗号が語る過去の秘密
ヴィクターがエリオットを呼び出した場所からしばらく歩いた路地の一角に、エリオットが住むフラットはあった。こじんまりとしているが、彼の人柄が表れたような居心地の良い部屋だ。柔らかな灯が照らし出す壁一面には、古い本や研究資料がぎっしりと収められた棚が並んでいる。
「随分とささやかな食事会だったんだな」
ヴィクターは室内に足を踏み入れるなり、テーブルの上に飾られた花束に目を留めた。そして花瓶の脇に残されたワイングラスをひと嗅き。さらには人差し指でテーブルをなぞると、指についたわずかなバケットのカスをちろりと舐める。
「どれもこれも安物だ。花なんて枯れかけている」
「ヴィクター」
呆れたようなため息に少しの非難を込めて、エリオットはこの偏屈な友人の名前を呼ぶ。
「大切なのはそこに込められた気持ちだよ。そして、そんな温かな心をもつ友人達と過ごすかけがえのない時間だ。どんなに高価で美しくても物質はいずれ朽ち果てる。見た目や値段は重要なことじゃない」
「目に見えず、触れられもしない"感情"なんぞに価値はない。信用もできない」
「はいはい。ところで、結構なご高説の後には喉が渇かないかい? ボトルに残ったワインでもどうぞ。いっつも不機嫌そうな君に幸せのお裾分けだ」
「遠慮しておく」
ヴィクターはコートも脱がず一人掛けのソファへ身を沈ませると、いささか乱暴にオットマンへと両足を乗せた。エリオットは軽く肩をすくめたが、それ以上は何も言わなかった。帰宅時のルーチン通りにコートを脱ぎ、ブラシで軽く表面を掃ってからポールハンガーへと掛ける。そして外気で乱れた金髪をかき上げ、さてどうしたものかと思案することしばし、一つだけこの事態を打開する取っ掛かりになりそうな記憶を思い起こした。
数年前、エリオットが亡くなった祖母の遺品整理を手伝った時のことだ。屋根裏でクモの巣まみれになっていたボール箱をいくつか譲り受けていたのだ。その箱の中に詰め込まれていた大量の紙束に価値を見出したわけではない。根っからの研究者気質で活字中毒の彼は、曾祖父が遺したと考えられたそれらの紙束に多少の興味を抱いただけだ。しかし日々の多忙さも相まって、今日まで箱を開く機会さえなかった。もしかしたら、あの中に……。
エリオットは寝室へと向かうと、クローゼットの奥深くに押し込んでいたボール箱を苦労して引っ張り出した。そして埃が舞い上がるのも構わず、次々と箱の中身を取り出しては内容を確認していく。
ほとんどは新聞や雑誌記事をスクラップした紙束だった。曾祖父が書いたのだろうか。それらの余白には几帳面な筆記体でなにやらメモが書き込まれている。それ以外は蝋で封がされていない古びた封筒の束と、胸ポケットに収まる程度の手帳が数冊。そして、お目当ての名前が書かれた紙束は三つ目の箱の底にひっそりと眠っていた。
「ヴィクター、見てくれ。曾祖父が集めたハロルド・クラークの事件記録があったぞ!」
エリオットは興奮気味にリビングへと戻ると、いつくかの紙束をテーブルへと広げた。先ほどまでの不機嫌さが嘘のようにヴィクターも素早くソファから立ち上がると、彼の背後から好奇心に満ちた目を覗かせる。
「新聞の切り抜きか。当時は連日この事件が取り上げられていたようだな」
「そうだね。えっと……エドワード・クラークは1880年代にロンドンで五人の女性を殺害した男だ。彼は貧しい労働者階級の出身で、事件は貴族たちへの恨みを動機にしていたようだよ」
「そんなありきたりな事件概要は知っている。もっと目新しい情報はないか?」
「僕にとってはたった今知り得た新情報なんだけどなぁ……あ、これならどうだい?」
眉間にしわを寄せながら紙束に目を通していたエリオットは、とある記事を指さして声を上げた。それは政府に公認された新聞社から発行されたものではなく、大衆向けの娯楽雑誌に掲載されていた記事のようだ。首に縄をかけられた髭面の男が凄い形相で大口を開けている挿絵は、怖さよりも滑稽さが勝っている。
「ハロルドは刑が執行される直前、『私の肉体は滅んでも、私の魂は必ずこの街に戻ってくる』と叫んだそうだ。その数週間後、彼を埋葬したはずの墓場が荒らされて、遺体が忽然と消えてしまったらしい。それと同時期に被害女性達の墓も荒らされたらしいけど、こちらは遺体の一部が持ち去られていたって書かれているね。どうやら"ハロルドを死者の国から復活させるための邪悪な儀式が行われようとしているんじゃないか。儀式が実行される場所はおそらく、五人の女性が殺害された現場のうちのどこかだろう"――そう、記事は締めくくられているよ」
「なるほどな。情報統制されたお行儀の良い新聞記事より、実は低俗な娯楽雑誌のほうが真実を言い当てているのかもな」
「まさか、君は本当にこの儀式が行われて、ハロルドが再びこの街に蘇ったとでも考えているのかい?」
「ある意味では、おそらくな。ハロルドの刑が執行されて事件が解決したにも関わらず、君のひい爺さんがこの記事を残しているんだ。彼も少なからずこの与太話を信じていたんだろう。今回の事件と何かしら関係があるのかもしれん」
ヴィクターはエリオットの隣から手を伸ばし、様々な記事がスクラップされた紙束を適当にめくっていく。しかし、すぐにとあるページで手を止めた。
「セオドア・ハワード……?」
彼が思わずといった口調で呟いた名前は、当時ハロルドの事件を担当していた警部だった。事件解決に貢献した人物としてその名前が大々的に取り上げられていたのだ。そしてその記事にはもう一人、セオドア同様にハロルド逮捕に貢献した人物の名前が取り上げられていた。
「パーシヴァル・グレイ……これって曾祖父の名前だ! やっぱり彼もハロルドの事件に関わっていたんだ!」
「……ハワード、か」
目を輝かせるエリオットとは対照的にヴィクターの表情が陰る。
「なにか気になることでも?」
「いや、今朝遺体で発見された被害者のファミリーネームも"ハワード"だったと思ってな」
「偶然じゃないのかい? そう珍しいファミリーネームでもないし」
「……そう、だな」
ヴィクターは自身を無理やり納得させるように何度か頷くと、暗い表情を改めてエリオットに向き直った。
「さて、次は俺に送り付けられた手紙の解読にかかろう」
「わかった」
エリオットはヴィクターに促されるまま、コートのポケットから取り出していた手紙をテーブルに広げた。
『REFZ』
二人して何度見返したところで、その古びた羊皮紙には四つのアルファベットと『ハロルド・クラーク』のサインしか記されていない。
「きっと何かの暗号ってことだよね?」
「まぁそうとしか考えられないな」
「だったら、まずはこの暗号の形式を特定する必要がある。ハロルド・クラークが百年前に使っていた暗号だとしたら、当時の暗号技術を考慮しなきゃならないね」
エリオットは壁際の棚に歩み寄ると、一冊の古い本を取り出した。『ヴィクトリア朝の暗号術』というタイトルのその本は彼が大学時代、興味の赴くままに任せて購入した数多くの本のうちのひとつだ。ページをめくりながら、エリオットは当時の暗号手法について考えを巡らせる。
「ヴィクトリア朝の暗号にはシーザー暗号やヴィジュネル暗号がよく使われたんだ。でも、この暗号はたったの四文字だ。そう複雑な方法を使うとは思えない。すぐに解読は可能だろう。ただ、ひとつ。解読するためには大きな問題があるんだ」
エリオットはここで意味ありげに言葉を切った。くすんだ青い双眸に見つめられたヴィクターは軽く眉を上げてみせる。
「それはなんだ?」
「この暗号を解くための鍵がどこにもないんだ」
「……鍵?」
「そう、鍵だ」
エリオットは鷹揚に頷くと、手にした本のとあるページを広げたままテーブルへと置く。
「いいかい? シーザー暗号にしてもヴィジュネル暗号にしても、解読方法を知っているだけじゃダメだ。それぞれの手法に合わせて相手と鍵を共有しておく必要がある。シーザー暗号なら"ずらす数"、ヴィジュネル暗号なら"ずらす数の順番を表す単語"っていう風にね。まぁ鍵がわからない場合でも解読する方法はあるけど……今回は文字数が少なすぎるからパターンの推測が難しいんだ」
「なるほどな」
口早に説明を続けるエリオットに対して、ヴィクターはおざなりに頷く。
当然、今エリオットが話していることなどヴィクターにとっては目新しくもない知識だ。だが、研究者や学者といった類の人間は知識をひけらかすのが好きだし、それ以上に話を遮られるのが嫌いだ。普段のエリオットもその例に漏れない。ただ、他人が同じことをしようものなら即刻口を挟み、相手よりも圧倒的な知識量でその天狗っ鼻をへし折ってやるのがいつのもヴィクターではあったが、今この瞬間に限っては違った。エリオットからはただ、暗号を解読したいという純粋な気持ちしか感じられない。熱心に本とにらめっこをしている彼に対して、ヴィクターは穏やかに問いかける。
「鍵が見当たらないというが、ハロルド・クラークのサインはどうだ。これが鍵にはならないのか?」
「あ、そうだね! 暗号文が4文字だから、鍵は『Harold』かな。ヴィジュネル暗号の解読方法を試してみようか」
ヴィクターに指摘に、しかしエリオットは気を悪くするでもなく嬉々としてペンを手にした。そしてなにやら手元の紙に計算式を書き始める。
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暗号『RESZ』→『17・4・18・25』
鍵『Harold』→『7・0・17・14・11・3』
計算『OTAF』-『Harold』
・R(17) - H(7) = K(10)
・E(4) - A(0) = E(4)
・S(18) - R(17) = B(1)
・Z(25) - O(14) = J(9)
解読結果『KEBJ』
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「う~ん『KEBJ』かぁ。何か意味がありそうな気はするけど、僕にはよくわからないなぁ」
エリオットは難しい顔で、計算式を書いた紙をヴィクターにも見せる。
「君はこの四文字に何か心当たりはあるかい?」
「いいや、まったく」
「だよね」
二人は次に『Clarke』を鍵にして同じように暗号を解いてみたが、やはり意味のある単語が出来上がることはなかった。
「まいったな。お手上げだ」
ついにエリオットは椅子に腰かけると、そう言いながら天井を仰いだ。
「KEBJの最初のKは『Kensington』の頭文字とか? そしてEは『EAST(東)』の頭文字? ケンジントンの東か……そういえば、三番目の被害者が殺害されたのがケンジントン地区のどこかだったっけ?」
それでもひとりぶつぶつと呟きながら、記事がスクラップされた紙束を再びめくり始めるエリオットを横目に、ヴィクターも思案顔で自身のコートのポケットから空の封筒を取り出した。特別何かを期待したわけではなかった。だが、そこに鍵となる別の単語が記されていないか、もう一度隅々まで確認する必要があると思ったのだ。
「あ、それ! ちょっとその封筒をよく見せてくれ!」
その時、ヴィクターが手にした封筒に目を留めたエリオットが声を上げた。突然のことに驚きながらもヴィクターが空の封筒を差し出せば、エリオットはソレをひっくり返したり灯に透かしてみたりした後で、慌てた様子で隣の寝室へと駆けだした。
「どうしたんだ、エリオット?」
「ヴィクター、見てくれ! 大発見だよ!」
寝室から興奮した声が聞こえた。何事かとヴィクターも後を追うと、ボール箱と紙束が散乱した室内の真ん中でエリオットが座り込んでいた。その右手には先ほどヴィクターが手渡した封筒が、そして何故かもう片方の手にもまるきり同じ封筒が握り締められていた。
「この封筒、どうりで見たことがあると思ったんだ! ハロルド・クラークの事件資料が入っていた箱に、同じ封筒の束があったんだよ! でも、この箱の中にある封筒は使用前のものらしい。中身が入ってない。ただこの一通だけは、違う」
エリオットは左手に握り締めた封筒を、ヴィクターに向かってこれ見よがしにヒラヒラと振ってみせる。
「さっきのスクラップ帳に挟まっていたんだ。ちょうど紙同士が糊でくっついてて、簡単には開かないページの中でぺちゃんこになってたんだよ。取り出すのにちょっとだけスクラップ記事を破いちゃったけど……まぁ曾祖父も許してくれるよね?」
「怒るんじゃないのか? もしかしたら誰かに気が付かれないよう、わざとそんな場所に保管していたのかもしれん」
「つまり、隠さなきゃいけないほどの内容が書かれているってことだね。それはますます興味が湧いてくるな」
エリオットは蝋で封がされていた痕跡のある古びた封筒から、一枚の羊皮紙を取り出した。小さく折りたたまれていたソレを慎重に広げていくと、几帳面な筆記体で短い文面が綴られていた。
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Dearest Companion,
(最愛の友へ)
The fog of London veils many secrets.
(ロンドンの霧は数多くの秘密を隠している)
Seek me where devotion stands eternal, in the sacred haven of our bond.
(永遠に変わらぬ献身がそびえる場所、私たちの絆の神聖な安息所で私を探してほしい)
The word of "truth" shapes the square of secrets.
("真実"の言葉が秘密の広場を形作る)
Turn back the path to unveil the sacred name.
(道を遡り、神聖な名を明らかにしなさい)
This guides you to the place of our union.
(それが貴方を私たちの結びつきの場所へと導くだろう)
In secrecy,
A Shadowed Correspondent
(秘密裏に、影の通信者より)
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「ああ、なるほど。ようやくわかったぞ」
真っ先に得心の声を上げたのはヴィクターだった。戸惑うエリオットから手紙を取り上げると、一瞬の閃きを逃さないよう急いでリビングへと引き返す。そうして先ほどエリオットが暗号の計算式を記した紙の途中から、堰を切るように文字を羅列し始めた。
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『RESZ』→『RE / SZ』
T R U H A
B C D E F
G I K L M
N O P Q S
V W X Y Z
RE → HC
SZ → MS
『HCMS』→『SMCH』
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「S-M-C-H。これだ!」
ヴィクターは彼にしては珍しく興奮した声で叫んだ。
「これはおそらくセント・マーガレット教会のイニシャル。『St. Margaret Church』の略称だ!」
「そうか、なるほど……と一緒に喜んであげたいところだけどねぇ」
いつの間にか、エリオットがヴィクターの背後からその紙を覗き込んでいた。
「僕には何が何やらさっぱりだよ。もしよろしければ凡人にもわかるように詳しく説明してくれるかい、名探偵様?」
「簡単な話だ。俺に送り付けられた手紙の暗号を解く鍵は、君が持っていたひい爺さんの手紙だったんだ」
ヴィクターは手にしたペンで、エリオットの曾祖父が保有していた手紙の文面をなぞっていく。
「The word of "truth" shapes the square of secrets.
("真実"の言葉が秘密の広場を形作る)
Turn back the path to unveil the sacred name.
(道を遡り、神聖な名を明らかにしなさい)
この手紙で鍵となるのはこの二つの文だ。『秘密の広場』はプレイフェア暗号を、強調された『真実(truth)』が5×5のマス目を作る際のキーワードだったんだ。そして、それによって導き出された『HCMS』を『遡り、神聖な名を明らかに』することで――つまり、逆順から読むことで『SMCH』となる」
「プレイフェア暗号と逆順暗号の複合か。確かに、ハロルドの時代にもよく使われていた手法だね」
テーブルに置きっぱなしにしていた暗号の本をめくりながら、エリオットは感心したように呟いた。
プレイフェア暗号とは、キーワードをもとに5×5の文字マスを作成(重複文字は省略。I/Jは置換)し、二文字づつのペアに分けた暗号を作成した文字マスを使い、ある一定のルールに沿って動かすことで解読できる方法だ。逆順暗号はもっと単純で、暗号文を逆から読むことで解読できる方法だった。
「暗号の手法を判別した根拠はわかったけれど、『SMCH』なんて他にも意味がありそうじゃないかい? なんで真っ先にセント・マーガレット教会の略称だと思ったんだい?」
「文章の中に『永遠に変わらぬ献身がそびえる場所』『神聖な安息所』『神聖な名』といった言葉が使われていただろう? あえて似たような雰囲気の表現をすることで、この暗号が何かしら『神聖さを表すものや場所』であることを示唆したかったのだろうと思ったのさ。しかも、セント・マーガレット教会はハロルド・クラークが捕まった場所なんだ。ヤツにとっちゃいわくつきの場所だよ」
「……ふぅん? でもさ、まず前提がおかしいとは思わないかい?」
「前提?」
「君に送られてきた暗号を解く鍵が、僕の曾祖父が保管していた手紙だったってことだよ。本当にこの手紙が暗号を解く鍵で合ってるのか? そもそもこの手紙は何なんだ? 曾祖父に送られてきたものなのか? それとも曾祖父が誰かに宛てて書いたものなのか?」
「そうだ。まさに、それこそが最大の謎だ。俺に送られてきた暗号よりも遥かにな」
エリオットの矢継ぎ早な質問に対して、ヴィクターは顎に手を当てて深く考え込む。
「だが、この暗号を解く鍵はこの手紙で間違いないはずだ。全てがハロルド・クラークに関係しているからな。この暗号を俺に送り付けてきた相手は、単に俺と頭脳戦をしたかったわけじゃないんだろう。おそらく、その目的は——」
ふと、ヴィクターが言葉を切った。
室内の灯が一瞬、なんの前触れもなく明滅したからだ。
「……ハロルド・クラークの亡霊に盗み聞きでもされてるのかな?」
「かもな」
風もないのにふわりと揺れるカーテンから目をそらしたエリオットが、少しだけぎこちない笑みをヴィクターへと向ける。
「じゃあ、次はセント・マーガレット教会に行ってみるかい?」
「いや、君はここまでで十分だ」
ヴィクターはおもむろにコートの襟を正すと、エリオットの肩を叩いた。
「助かったよ、エリオット。君がいなければ、ここまで辿り着けなかった。今夜はもう遅い。ゆっくり休んでくれ」
「……本当に君ってやつは」
その場で踵を返し、足早に玄関へと向かう背中をエリオットのため息が追う。
「ここまでしといて、あとはお預けって酷くないかい? 僕も一緒に行くよ。当然だろう?」
「あとは探偵や警察の仕事だ。素人の君には関係ない」
「ここまで関わらせておいて、今更それは言いっこなしだ」
「頭でっかちなだけのひ弱な学者様の助力はもう必要ない」
「本当に君は素直じゃないね。僕を心配してくれるのは嬉しいけど、僕だって君が心配なんだ。もしかしたらまだ、役に立てることがあるかもしれない。一緒についていくよ」
「足手まといだ。ついてくるな」
「あはは。きっと君は、足手まといがひとりくっついていたほうが無茶しないさ。——ほら、早くセント・マーガレット教会へ向かおう。次の犠牲者が出る前に、さ」
ヴィクターの抗議などどこ吹く風で、エリオットはポールハンガーからコートを取り上げると、先に玄関から出て行ってしまう。時折自分以上に頑固な幼馴染に対してヴィクターは大きなため息を一つ。エリオットを追って、霧深いロンドンの夜へと再び飛び出した。